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傾国の鉄宰〜ロストジェネレーション、ふざけた名前つけやがって。奪われ続けた俺たちが異世界で全てを取り戻す〜  作者: 高梨京司
第二章 サクヤの街

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傾国の鉄宰 第三十八話 【街歩き】 〜ロストジェネレーション

 サクヤの街の大通り。ケインは開放感に浸っていた。


「いやぁ、たまにはこうして自由に歩かないとね。マイヤーもヴォルターも、たまには羽を伸ばしてほしいんだけどなぁ」


 ケインは、自分が『光の精霊』に監視されているとは露知らず、のんきに屋台の串焼きを頬張る。

 視線の先には、かつて「東の宝石」と謳われた貿易都市としての名残を感じさせる石造りの豪華な商店が立ち並んでいる。だが、その華やかな看板の影、路地裏の入り口、露店の隙間、あらゆる所に闇が淀んでいるように見える。


〈少年は危機感が足りないが…、あの二人は気を張りすぎではあるな。張り詰めた糸は容易に切れるものだ〉

(それはよく分かります。「自分がやらないと」が口癖だった人が、何かの切っ掛けで会社に突然来なくなるって、よくありますからね)

〈よくある時点で上司、経営者が無能なのだ。まさか…突然来なくなった人物とは裕翔ではないだろうな?〉

(えぇ!違いますよ。僕はそこまで無責任じゃないですよ。自分の仕事は死んでも熟しますよ)

〈……〉

『裕翔さん。その発言の方が怖いです』

(あれ?え?あれ?)


「……ケイン様、口の端にタレが。自立を謳歌するのは結構ですが、ご令息としての最低限の品位は保ってくださいませ」


 呆れたようにハンカチを差し出すのは、同行するメイドのシモーヌだ。

今はデザートボアの脂を塗り込んだ防汚の外套に麻のシャツ、そして動きやすさを重視して紐で締め上げた厚手のズボンを履いている。本来、肩まで伸びる月光を含んだような黒髪は、一つに束ねられ器用にフードの中に収まっている。


 シモーヌさは左前を歩くケインに視線を向けながらも、客観的に周りの状況を観察し、時おり鋭い視線を周囲にむけている。彼女の「斥候としての鑑識眼」が、街の景色に混じるわずかな違和感を拾い上げている。

 二階建ての建物の窓枠、干された洗濯物の隙間。一見すると平穏な日常の風景だが、誰かが「こちら」を窺うような、粘りつく視線が断続的に向けられている。


「この辺りが一番の繁華街だそうですが…いかがされますか?」


 先頭を行くオーケンが若き主に声を掛ける。大陸で一番多く見かける赤茶色の髪に無精髭を生やし、茶色の瞳は辺り全体を見渡す。

 賑わう雑踏の中、オーケンの視線はすれ違う人々の「手元」や「足運び」を冷徹に追っていた。派手な衣装を纏った商人の、懐に見えた不自然な膨らみ。客を呼び込む威勢の良い声とは裏腹に、全く笑っていない呼び込みの男の目。

 使い込まれて色褪せた革鎧、くすんだ色の外套、雑踏でショートソードが邪魔にならないように背中に担いでいる。いかにも「日雇いの用心棒」といった風貌だ。


 街を歩く事に慣れているのだろう。オーケンの身のこなしは自然体で、中肉中背、さして特徴のない男だ。周りに警戒されずに堂々と歩いている。その特徴の無さこそがオーケンの武器なのだと『黎明の盾』の斥候のリュカは感心していた。

(ヴォルター様とマイヤー様、二人の規格外がいるだけでも異常だっていうのに、お付きのメイドも新たに士官された衛士殿も凄腕だなんて、なんの冗談なんすかねぇ)


 リュカ自身は、顔に薄くすすを塗り、影に紛れやすい色褪せたボロを身に付けている。旅装束の外套を頭から被ってはいるが念の為、スラム街に入るまでケインたちとは少し距離を置き守衛士(タンク)のグラントと治療士のノアと共に後方の警戒にあたっている。


「リュカ、周囲の状況は?」


 最後尾で警戒にあたる守衛士から声が上がる。口数の少ないグラントとはパーティーを組んでから長い。グラントが問い掛け、リュカやガルドが答えるのが黎明の盾の通常スタイルだ。


「スリや当たり屋の気配は感じるんだが、行動する気配がねぇ。…オーケンの旦那やメイドの嬢ちゃんは警戒してはいるが、威圧はしてねぇから、技量不足(馬鹿)の一人や二人が何かしでかしてもおかしくねぇんだが…」


「ふむ。確かにこの辺りは昔「東の宝石」と呼ばれていたことが納得できる賑わいようだが、…何か異様な雰囲気を感じるな」


「……」


 黙り込む年長者二人を見て、双子の兄と共にパーティー最年少であるノアが質問の声を上げる。


「リュカさんはこの後、スラムに行くんですよね」


「あぁ、そうだぜ。何か気になるのかい?」


「はい。外套の下の服装は薄汚れていてスラム街に溶け込みそうですけど、匂いがしません。()()()()()()リュカさんのままです」

 

小柄で歳若く見えるノアからの自身の評価が()()()()()だと知り、苦笑いを浮かべるリュカ。

(職業柄、匂いには気を使うが、あっしがキレイ好きとはねぇ)


「フフフ、リュカがキレイ好きとはな…ククク」


 大柄なグラントが体を揺するように笑う。笑上戸な大柄な守衛士は中々笑いが収まらないようだ。その反応を訝しげに見るノアにリュカが声を掛ける。


「よく気が付いたな、ノア。この辺りで臭うと悪目立ちするからな。匂いはスラムに入ってから付けるんだよ」


「匂いをつける?」


「ノアたちもダンジョンや遠征なんかで臭い消しや香水は使うだろう?」


「はい。使いますし、ミレイユさんの香水はとても良い匂いですよ」


「あっしも何本か香水を持ってるんだが、今回はその内の一本を使うんだよ」


「リュカさんが香水ですか?」


 ノアが小柄な体を揺するように首を傾げる。リュカはキレイ好きだが香水を使うイメージがない。…というか匂いのイメージがないのだ。


「斥候に匂いは邪魔なだけなんだが、今回は護衛が仕事だからな。この香水を使う『カビと濁った体臭と汗の乾いた臭いの香水』だ。嗅いでみるかい?」

 

 そう言ってリュカが懐から取り出した瓶の中身は黒と黄色を混ぜたような液体がスライムのよう瓶に張り付いていた。

あまりの見た目の衝撃に臭いを嗅いでもいないのに鼻を指でつまむノア。


「イッヒッヒヒ。今はそんな反応でもいいが、コイツはケイン様にも振りかけるんだ。その時は微笑めとは言いやせんが、真顔で頼みやすよ」


「え!これをケイン様が!」


「当然だろ。スラムに潜入するなんて、ガキの遊びじゃねぇんだ。これを振りかけるぐらい平然とこなせないようなら潜入は諦めるべきだと提案しやしたら『それもそうか』と即答でしたぜ」


「そいつの臭いを嗅いで尚、即答か?」


グラントとが、やや真剣な声を上げる。


「嫌そうな表情はしやしたが、即答でしたよ」


ニヤニヤとした表情で歴戦の斥候は愉しげだ。対するグラントは一瞬だが真剣な眼差しをケインの背中に向けた。


「やはり、あの方は他の貴族とはどこかが違うようだ」


その後、香水(臭水)を嗅ぐ、嗅がないで盛り上がる黎明の盾の後衛組。

(これだけ隙を見せれば、スリの一組も出てくるはずだが…この街は何かが変だ)



 

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