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傾国の鉄宰〜ロストジェネレーション、ふざけた名前つけやがって。奪われ続けた俺たちが異世界で全てを取り戻す〜  作者: 高梨京司
第二章 サクヤの街

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傾国の鉄宰 第三十七話 【『光の網』と『絶界』】 〜ロストジェネレーションって何だ!

◇宿の一室◇


 二人がともに話すことを避けていた祝宴でケインが意識を失った時のことや、それ以降の互いの行動や現状での認識を把握し、そして何より今の主をどう捉えているのかについて胸の内を明かしながら、束の間の休息を取る二人。

だが、ケインがスラム街へと足を踏み入れたその瞬間から、残された二人の空気は一変した。


「ケイン様がスラム街へ向かわれたわ」


 ケインの意図としては、常に側にいて自分を支えてくれる二人からの自立と、戦い続ける二人に束の間の休息を取ってもらうための今回の行動だった。

だが、周りの思惑や悪意に晒され続け、自己肯定感が希薄なケインは、マイヤーとヴォルターにとっての自分の価値を見誤っていた。


 ハイデル子爵家に仕え、ケインを己の「歳若き主」と定めた者たちにとって、どこに居ようとも、主の危機に迅速に対応するのは当然であり、今も宿の一室が静かなる戦場となっていた。


 マイヤーはソファに深く腰掛け、静かに両の瞳を閉じた。彼女の指先から、目に見えぬほど微細な「光の糸」が窓の外へと流れ出ている。昼の陽光を浴びた糸は溶けたかのように姿を消す。


 それはかつて『千雷』と謳われた彼女の技術を限界まで研ぎ澄ました守護のための精霊術だ。


 数多(あまた)の敵を一瞬で打ち滅ぼした、マイヤーのオリジナルスペル『千雷』は、雷撃の極大魔法として周知されているが実情は大きく異なる。

 どんなに強大な魔力を持とうが、見渡す限りの大地に無差別に雷を落とすなど不可能だ。無理を通そうとすれば、たちまち魔力欠乏症を引き起こすだろう。戦場で失えば、それは即ち死と同義である。


 『千雷』の要は光の精霊術にあった。光の精霊を使役して敵の位置や数を把握し、効率的に雷を撃ち下ろす。

光の精霊を使役できる加護。雷撃魔法を複数同時に操る才能。圧倒的な魔力量。これらすべてを持つ者だけが実現できる、複合攻撃魔法の完成形――それが『千雷』である。

『千雷のマイヤー』は英雄にも手が届くほどの天才だった。強い信念や高き理想、誰をも惹きつけるカリスマ性、そのどれか一つでも揃っていれば『英雄』たり得たのだ。だがそれを求めず、『英雄タリム』を支えることを、幼き主を守り育てることをマイヤーは選んだ。


 『英雄』にたり得る才能。その全てを注ぎ込み作り上げた、魔導士マイヤーの最高傑作にして防衛魔法の極みともいうべきもの、それが『光の網(リヒット)』だ。


 その圧倒的な光景を目にして、ヴォルターは息を飲む。室内の影が消失するほどの光輝。その光の粒子一つひとつが、連なり糸のように紡がれていく。

 ヴォルターは、無意識に腰の剣の柄に手をかけていた。練り上げた「覇気」が、マイヤーが展開した術式の密度の高さに共鳴し、肌を粟立たせる。


(これほどまでとは……)


 『光の網(リヒット)』は本来、隠密性を重要視する探知魔法をベースにつくられていた。

探知魔法は存在を悟られぬよう魔力は薄く広く展開するのが定石だ。

だが、目の前で展開されているのは、視覚化されるほどの濃密な魔力による魔法の物質化だ。本来の探知魔法の『糸』と光の精霊の『力』を紡ぎ、それに規格外の魔力を注ぐことで、強引とも言える力技で()り上げているのだ。

 一本の細い糸で広範囲の探知を行い、必要とあらば、糸を網状に組み上げることで鎖帷子(くさりかたびら)どころかプレートアーマー以上の防御力を発揮する。


 加護を持たぬヴォルターでも、戦士としての「生存本能」が、今この部屋が異常な高エネルギー体に満たされていることを察知していた。


 かつて戦場で、大地を埋め尽くさんばかりの『千雷』を目にしたことはある。敵には恐怖を、味方からは畏敬を集めたその力。

それに比べ『光の網(リヒット)』は防衛魔法であり、直接的な殺傷力は皆無である。だが、攻撃のための魔法よりも遥かに恐ろしい。

ヴォルターは、戦場に豪雨の如く降り注いだ雷撃を見た時以上の驚愕をもって、目の前の光景を見つめていた。


 穏やかに渦巻く光の精霊。それが()られ、一本の糸のように細く長く、紡がれて窓の外、陽光の中で風景に溶け込んで消える。糸が纏う魔力は極めて微細であり、生活用魔法が溢れる街なかでその存在を捕捉することは至難の技だろう。

広大なスラムの隅々にまで張り巡らされた『(神経)』は、あらゆる事象をつぶさに見て取る。世界そのものを支配下に置く、神の領域とも言える魔術の極みだ。


「……やりすぎではないか、マイヤー。君の魔力量をもってしても、これほどの規模を維持するのは容易ではあるまい」


 ヴォルターは低く、だが鋼の薄板を叩いたような張りつめた響きを持つ声で言った。彼の視線は、金色の糸が流れ出る窓の外――ケインが向かったスラム街の方角へと向けられている。


 ヴォルターは主君を単身で危険地帯へ送り出したことに微かな焦燥を感じていた。それでも動かずにいるのは、焦りこそが大敵であることを経験として知っているからだ。マイヤーが魔法で「目」を配るならば、自分はここで「武の壁」となり、魔術に集中して隙だらけの彼女を守る。ケインが戻るべき場所を死守すること、それこそが己の役割だと理解しているからだ。


「我々に休めと仰った。……だが、ケイン様は未だにご存じない。我々にとって、ご自身と共に居られないことが、安全を確保できぬ時間が、どれほど苦痛であるかを」


 ヴォルターは深く息を吐き、自らの覇気を極限まで収束させる――『絶界』剣聖の域に達した者のみが見ることのできる高み。この部屋の周囲200メルト以内にネズミ一匹入り込む隙はない。誉れ高き古強者を『剣聖』の高みまで引き上げた少年への思い。誇り高き剣技を「盾」として捧げる価値がハイデル家の方々には、何より幼き主にはあるとヴォルターは信じていた。


「大丈夫よ……私たちなら、今度こそ」

「あぁ。私たちなら、今度こそ」


(ケイン様を守り抜いてみせる)

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