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傾国の鉄宰〜ロストジェネレーション、ふざけた名前つけやがって。奪われ続けた俺たちが異世界で全てを取り戻す〜  作者: 高梨京司
第二章 サクヤの街

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傾国の鉄宰 第三十六話 【側近二人】〜ロストジェネレーションて、何だ。

 カチャっと微かな音を立てて扉が閉まる。一行の気配が遠ざかるまで、部屋は重厚な静寂に支配された。


 最初に静寂を打ち破ったのはマイヤーだった。彼女は、ゆっくりとソファに倒れ込む。


「……聞いた? ヴォルター。ケイン様ったら、私のことを……『綺麗すぎる』って。いつの間にあんなに口が上手くなったのかしら、ご当主様ともタジム様とも違うタイプの『人たらしの才能』があるようね」


「……」 


 ヴォルターは無言だったが、マイヤーを無視した訳でも、機嫌が悪いわけではなかった。


 マイヤーから視線を外し窓の外を見下ろす彼の背中は岩のようで、何ごとにも微動だにしない日頃の姿そのままだ。だが、その口元は抑えきれないほどに緩み、ついには喉の奥から「くっ、くくっ……」と、形容しがたい奇妙な笑い声が漏れ出ていた。


「ヴォルター。不気味よ。喜びを噛み締めすぎて、漏れ出ているわ」


「……いかんな。だが君も人のことは言えまい。それより聞いたか? マイヤー。『愛弟子』だ。あのケイン様が、私のことを師だと、誇りだと言ってくださったのだ…」


「ええ、ええ。聞いたわよ。さっきから心の中で何回も反芻しているでしょう、あなた」


 呆れたような、それでいて慈しむように微笑むマイヤー。その微笑みを背中に受け、ヴォルターは静かに続ける。


「ケイン様はここ数年、多くの人間の悪意に晒されてきた。時には親しいと思っていた者からの害意にも。多感な時代を、下らない、大人の思惑の中で過ごしてきた。人を信じられず、臆病になるのも当然だ。最近では、お父上や兄上さえも信じ切れずにおられた」


「そうね。でも…そんな状況でも攻撃的になることもなく、必死に耐えておられた。私は、その強さとその優しさを誇りに思っているわ」


いつもの厳しい表情に戻ったヴォルターも、万感を込めて頷いた。


「そんな中で「あの事件」が起こった。鬼火蘭の毒は弱く、致死性は低いと言われているが…、私はケイン様は死の危険と隣り合わせだったと考えている」


「そうね。私もそう思ったわ。それほどまでにケイン様の魂は擦り減っていたもの」


「側に侍りながら、魂の磨耗からも毒薬からも守ること、ままならず…無力なものだ」


 ヴォルターとマイヤーは旧知の仲であり、ケインの側近として共に行動することも少なくない。そんな二人だが鬼火蘭の毒でケインが意識を失ったことについて、今まで明確に話したことはなかった。


それほどまでに深刻で、危機的な問題だと認識し、無力感に苛まれていたからだ。


「…そうね」


 マイヤーは漏れ出る溜め息を抑えようともせず吐き出した。その瞬間、彼女の顔から「甘いメイド」の表情が消え去り、二つ名を持つ魔導士としての冷徹な眼光が宿った。


「毒薬を盛られたあの日。ケイン様の中で何かが明確に変わったわ。死の淵を垣間見て、価値観や思考基準が変わった――いいえ。そんなレベルの変化じゃないわ。ヴォルター貴方も気がついているでしょう?…まるで…」


「…別人と話しているようか?」


 ヴォルターは振り返り、いつもの厳しい表情でマイヤーに視線を向ける。

ソファの肘置きに体を預け頬杖をつき、マイヤーは慈しむように目を細めた。


「ええ。()()()そう思ったわ。でも、あの方は変わらず優しくて、不器用で、それでいて驚くほど理知的で。家族を何よりも思いやる。間違いなくケイン・ハイデル様だわ。生まれた時から側にいるんだもの、それぐらいは判るわ」


「生まれた時より共に歩んだマイヤーが言うなら、間違いあるまい」


 二人が危惧したのは―『妖精の送り子』―と呼ばれる現象だ。幼子の魂に妖精が入り込むことがごくまれに有り、人ならざる力を得るというものだ。

隣国である『共和国』の、建国の祖となった英雄も『妖精の送り子』だったと言われている。

吟遊詩人が詠う『英雄譚』、――人外の力を得て英雄となる――しかし、その代償に「人間としての感情を失い、目的のために手段を選ばない冷酷な怪物になる」という一節もある。

ヴォルターもマイヤーもそんなことを、ケインに求めてはいなかった。兄であるタジム様を補佐して、穏やかに過ごせれば。そう願っていた。

しかし、状況は悪化する一方で、ケインが身を守るためには、力を付けるしかない。

英雄から最も遠い、心優しい少年こそが英雄のような活躍を必要とする。なんと皮肉なことだろうか。ケインが『妖精の送り子』でないというマイヤーの発言は、ヴォルター自身の考えとも一致しており、ただただ安堵する。


「あなただって、今のケイン様が別人だなんて思ってもいないでしょ?」


「…マイヤー。生まれた時から側にいる君の直感には及ばぬかもしれんが、私も政務官の執務の(かた)ら、ケイン様が幼少の(みぎり)より武の教官の一人として、あの方の歩みを見守ってきた。踏み込みの癖、呼吸の揺らぎ……。それらは何一つ変わっていない。初対面の相手に向ける微かな怯えも、自ら動こうとする瞬間の躊躇いも、私の知るケイン様のままだ」


無骨に節張った己の拳を見つめながら、漠然とした考えを言葉にするヴォルター。マイヤーに語りかけるというよりは、自らに問いかけるような静かな言葉が続く。


「武の技術で変わった点と言えば、…かつてのあの方は、窮地に陥ると必死に剣を振り回し、力を込めて対抗しようとする『泥臭さ』があった。だが今は、相手の力を利用して制圧しようとしたり、何十年も修羅場を潜り抜けた老練な剣士のように、最小限の動きで、こちらの死角を突こうとする気配が時折混じるのだ」


「他の教官から教わったとかではないの?」


「ハイデルに伝わるどの武術とも違う、異質なものを感じるのだ。、……どこか、遥か異邦の風を感じるような」


「それは悪いことなの?」


 わずかに不安の滲む声でマイヤーが問う。厳しい顔を緩め、安心させるように微笑むヴォルター。


「それは技術であり、実利だ。妖精が関わるようなものではないだろう。大きく変わったというならば。人としての『(ことわり)』だ。以前のあの方は、すべてを一人で背負う危うさがあった。鍛え続け、研ぎ続けた『鋭き細剣』のようだと言えば伝わるだろうか。……だが今のあの方は、刃の切れ味よりも、刃が鞘に収まったままの意味を考えておられる。納刀したまま戦場を見渡すような、かつてはなかった名刀の如き『余裕』があの方の中にはある」


ヴォルターの話を聴きながら目を閉じるマイヤー。


「余裕…確かにそうね。切っ掛けは『鬼火蘭の毒』というよりも、その後の闇の精霊が関わっているのかしら?闇の精霊がケイン様の体内に戻った時、魔力の波動にわずかだけど隙間があった気がするの、……まるで何かの居場所を作ったような」


「ケイン様は話してくださらないが。意識を失い、目覚めるまでのわずかな時間の中で、別人と見紛(みまご)うばかりの変化が如何にして起きたか、気にならぬかと問われれば、気には掛かるが…しかし」


ヴォルターはそこで言葉を切り、再び窓の外、街道の先へと視線を向けた。


「理由が何であれ、ケイン様が『前を向く』と決められたのならば、私はただ、その歩みを支えるのみだ。この左脚の怪我を忘れさせてくれるほどの、熱い高揚をあの方から感じているのだからな」


「…そうね」


 ソファから立ち上がり、ヴォルターの横に歩み寄るマイヤーからの呟きは小さく、短いものだった。

だが、何よりも心強い言葉だとヴォルターは感じていた。


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