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傾国の鉄宰〜ロストジェネレーション、ふざけた名前つけやがって。奪われ続けた俺たちが異世界で全てを取り戻す〜  作者: 高梨京司
第二章 サクヤの街

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傾国の鉄宰 第三十五話 【少年の成長とメイドの不安】 〜ロストジェネレーションって何だ!

 「蒼空の舟亭」の朝食は、下手に飾り立てず、滋味深く上品なものだった。

 ケインはオーケンの子供たちも交えた皆との賑やかな食卓に終始上機嫌で、深夜まで及んだ激務を案じていたメイドのシモーヌも、その様子に胸をなでおろした。


「あぁそうだ、シモーヌ。この後出かけるから、簡単な旅装に着替えておいて」


「承知いたしました。……どちらへ行かれるのですか?」


「うーん、買い物……かな。あとは、まあ、散歩かな?」


主のあやふやな物言いに、シモーヌの直感が警鐘を鳴らした。


「……すぐに準備いたします」


返事とともに気を引き締める彼女を見て、ケインは不思議そうに首を傾げる。


『本当に買い物と散歩のつもりなんですけど…』

〈少年の臣下は皆、主の本質を実によく理解しているな。素晴らしいことだ〉

(本人以上にケイン君のことを知っている人がたくさんいて、幸せなことだね)


 脳内で交わされる2人の言葉に、ケインは納得がいかず、首を傾げたまま食堂を後にした。


 ほどなくして、シモーヌはケインの部屋の前で待機していた。

デザートボアの脂を塗り込んだ防汚の外套、麻のシャツ、そして動きやすさを重視して紐で締め上げた厚手のズボン。

主の「簡単な旅装」という言葉に「突発的な出来事」に対応できる隙のない装備で臨むシモーヌ。


 すると間を置かずに居室の扉が開き、マイヤーが顔を出した。シモーヌの服装を見て合格とばかり微笑み、入室を促す。


「ご苦労さま、シモーヌ。私の希望通りの旅装で安心したわ。さあ、入って」


労いの言葉をかけるマイヤーだったが、その装いは屋内で着る普段使いのものだった。そのことに疑問を覚えながらも、シモーヌは主の待つ部屋へと足を踏み入れた。


「やぁお待たせ。中々納得の行く服装がなくて、時間がかかっちゃいました」


楽しみげな声とともに姿を現した主の姿に、シモーヌは自らの直感が鳴らした警鐘の正しさを確信した。


「…ケイン様、…そのお姿は?」


「領内の再建を目指すと言っても、漠然としすぎてるでしょ?だから、先ず領内に住む人たちの生活を見ることにしたんだ。今日は街中を散歩して、街の雰囲気や問題点、疑問点が少しでも見つかればって思ってる」


 主が言うことは理解できた。だが目の前に立つ、主の姿は理解できなかった。

ケインの服装は街の散歩どころか、下町で生活をするにも浮いてしまうほどに薄汚れていたのだ。

(これでは、まるでスラムの子供ではないですか)


「スラムの子供に見えるかな?」


シモーヌの感想を読んだかのように、ケインが問う。


「…はい。そう見えます。なぜ、そのような格好をしているのかは、(はなは)だ疑問ですが…」


「昨日読んだ書類や、皆の報告を聞いて疑問に思ったことがあるんだ。それを確認するために、今日はスラムにも行きたいんだよ。もちろん大通りや下町にも行くけど、そこは外套を着てガルドさん達の後をついて回れば、目立たないでしょ?」


「ガルド殿…黎明の盾の方々ですか?」


主の言葉に不安が過ぎる。

ケインが生まれた時からメイドという肩書きで警護してきたマイヤー。ここ何年も最側近として、悪意からケインを守り続けたヴォルター。2人が今なお、普段着を身につけているのはなぜか。


「これは、どういう…」


 シモーヌがその疑問を口にしようとした瞬間、隣室へと繋がる扉が静かに開いた。


「お待たせしました、ケイン様。シモーヌ殿もお待たせして申し訳ありません」


 入ってきたのは、見間違うほどに薄汚れた格好をした二人の男――オーケンとリュカだった。

 オーケンは使い込まれて色褪せた革鎧を、くすんだ布で隠すように纏い、ショートソードを一切の違和感なく帯びている。いかにも「日雇いの用心棒」といった風貌だ。

一方のリュカは、顔に薄くすすを塗り、影に紛れやすい色褪せたボロを身に付けている。


「この2人はどうかな? スラムに馴染むだろうし、これで僕が浮くこともないでしょう」


 ケインが満足げに胸を張る。

 主の「散歩」とは、自分たちが考える「視察」でも「散策」でもなく、ほぼ「潜入」なのだとシモーヌは理解した。


「マイヤー様とヴォルター様は一緒ではないのですか?」


「マイヤーはエルフで()()()()()からね。スラムに連れて行くのはトラブルを巻き起こしに行くようなものだよ」


その言葉を聞いて、シモーヌはマイヤーを仰ぎ見た。そこにあったのは歴戦の魔導士の顔ではなく、少女のように顔を赤らめながら困り顔をするメイド長の姿だった。


 そうなのだ。「千雷」の二つ名を持ち、シモーヌ(自分)たちを絶望の中から救いだし、育て導いてくれた、尊敬してやまない上司(マイヤー)。ほぼ完璧な彼女に弱点が有るとしたら、ケインに甘いことだ。いや、とんでもなく甘いことだ。訓練や勉強、礼儀作法、どれも厳しく教えてはいるのだが、それ以外のところはからきしなのだ。普段の生活ではマイヤーも、厳しく引き締めるところはしっかりと引き締めている。ケイン自身も子爵家の次男として自分を律するため目立たないが、ここぞという時にケインが甘え、マイヤーが許す。この構図はおそらく、ケインが生まれた時から変わっていないのだ。

 

 シモーヌは大きな溜め息をついた。

主と上司を前にして些か無礼な態度ではあるが、それを咎める者はいない。


(このタイミングで甘えますか、ケイン様…。それも褒めて甘えるとは…ならば)


「なるほど。では、ヴォルター様は?」


「もちろんヴォルターが側に居てくれれば、これ以上に心強いことはないよ。ただ、ヴォルターは父上の腹心として名前が知られているからね。街中に放たれている監視の誰かが、万が一にでも顔を知っていたら「散歩」が台無しでしょ?それに…いつまでもヴォルターに守られるだけの自分では駄目だからね。少しは自立して動かないと、ヴォルターの()()()の名折れだからね」


「グッ…」


鉄皮面(ポーカーフェイス)で誤魔化しても、嬉しそうな声が漏れ出ていますよ。ヴォルター様。実際どのぐらい危険があるか分からないというのに)


「はぁ〜。それでオーケンさんとリュカさんは、準備万端というわけですね」


「はい。スラムでは私がケイン様の護衛につきます。『装備や雰囲気』が一番スラムに馴染むそうですから…」


寂しそうに微笑むオーケン。

(仲間になって間もないというのに、なんて失礼なこと…誰が)

シモーヌが周りを見渡すとケイン、ヴォルター、マイヤーの三人が三人とも、目を逸らす。

(全員ですか……)


 オーケンが苦笑しながら、腰に差した無骨な短剣を撫でた。


「表通りから下町までは『黎明の盾』が護衛をしやす。スラムはオーケン様が警護、周辺の警戒はあっしの役目です。シモーヌさんにはスラムから距離を取りつつ、周辺の警戒と、何かあった際にケイン様の救護をお願いしたいんでさぁ」


 リュカはそう言いながら、ひらひらと手を振る。するとその姿は室内の影に溶け込むかのように希薄になった。

 次の瞬間シモーヌのすぐ横にリュカが現れ、貫手を繰り出した。しかし旅装のメイドは慌てることもなく、貫手を掴んだ。


「えっ!」

「ほう」

「「……」」


突然姿を消したリュカに驚くケイン。

リュカの動きを目で追いながら、シモーヌの反応速度に感嘆するオーケン。

泰然として無言を貫く、ヴォルターとマイヤー。


「予想はしてやしたが、ここまでとは…。闇討ちには、結構自信があったんすがねぇ」


「闇夜で無警戒な時であれば、私に防げたかどうか…。それにリュカさん、全然本気を出していないでしょう?」


「へへへ…。オーケン様とあっしの二人で大概のことは何とかしやすから、万が一に備えておいて下さぇ」


「…わかりました。よろしくお願いします」


その後、他の黎明盾のメンバーも入室して、簡単な打ち合わせが行われた。

今日の予定をケインが話し、護衛の打ち合わせをする。ヴォルターとマイヤーが口を挟むことはほとんどなかった。


「じゃあ、行ってくるよ。ヴォルター。マイヤー」


「ご無事のお帰りをお待ちしております」


「無理はせず、護衛の者たちの話をよく聞くんですよ」


シモーヌが扉を開けると皆が外へ出ていく。シモーヌは最後に振り返り、部屋に残る2人に挨拶をしてから、扉を静かに閉めた。少しの違和感と少しの不安がシモーヌの心に影を落とした。

 

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