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傾国の鉄宰〜ロストジェネレーション、ふざけた名前つけやがって。奪われ続けた俺たちが異世界で全てを取り戻す〜  作者: 高梨京司
第二章 サクヤの街

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傾国の鉄宰 第三十三話 【ランゼルと副代官】 〜ロストジェネレーションって何だ!

 ランゼル達がくぐり抜けた重厚な東門の先。そこに広がっていたのは、一見すれば「国境の宝石」と讃えられたサクヤの街の、往時そのままの光景であった。

白く磨かれた石畳が、傾きかけ、わずかに残る陽光を跳ね返して真っ直ぐに伸びている。大通りに面した家々は軒並み立派な石造りで、窓辺を飾る花々や整然と並ぶ露店が、この街の変わらぬ安寧を謳歌しているかのように見えた。

だが、馬上のランゼルが微かに目を細めた瞬間、その「繁栄」という名の薄皮が、音もなく剥がれ落ちていく。

偽りの平安。


「……偏りすぎているな」


 ランゼルが低く呟くと、背後の騎士たちも無言で頷いた。騎士隊長として戦場で培った気配探知の網、そして新人騎士たちが領地巡回での経験から得た嗅覚。それらが、この街に満ちる「歪な澱み」を敏感に捉えていた。


 整然とした街並みは、あまりに作為的で、まるで舞台役者が施す厚化粧のようであった。

 大通りを歩く人々は一様に裕福そうで、皆が小綺麗な衣服を身にまとっている。しかし、夕刻を過ぎているというのに職人の姿はおろか、一般市民の姿も見られない。石畳を叩く足音はあまりに規則的で、一日中働いた疲れを感じさせる「生活の疲れ」が一切混じっていなかった。


 代官所へ近づくにつれ、空気は一層重く、湿り気を帯びていく。

小道や路地の奥、街灯の届かない場所からは、幾人もの「監視」の視線が突き刺さる。

(ふむ、余程自分たちのスキルに自信があるとみえる。確かに並の冒険者や騎士では気付くまい。だが我らはハイデルの騎士だ。この程度の隠密に気付けねば、御子息様たちの『闇討ち(イタズラ)』の餌食となり、領都から出ることすら許されぬわ。……そういった意味では、あのお二人方の悪ふざけも良い訓練になっていたのか)


 代官所が近づくにつれ、建物の装飾が不自然に華やかさを増していく。領政の中枢は綺羅びやかに磨き上げられ、日はとうに落ちているというのに、街灯の火を反射する金細工が妙に明るい。ランゼルは領民の困窮を、領民の血税で覆い隠したように見えるこの風景に嫌悪を抱いた。


「無残な瘡蓋かさぶたで覆い隠したような街並みだな」


 ハイデル子爵家の紋章入りの馬車が代官所の車寄せに静かにはいる。

伝令兵の報告を受け準備をしていたのであろう衛兵と文官らしき者たちが歩み寄る。

簡単な挨拶を終え、ランゼルは建物内へと案内された。

 代官所と言うよりは大邸宅と呼べそうな屋敷の最奥、深紅の絨毯が敷き詰められた応接室で、副代官ガザルは恭しく礼をして名代を迎えた。慇懃な言動と反して品定めをするような湿った視線だとランゼルは感じた。


「これはこれは、ランゼル殿()。遠路はるばる、誠にご苦労に存じます。サクヤの代官を務めておりました、ガザル・フェイシャーと申します。ハイデル子爵家が誇る『鉄壁の騎士』をこうしてお迎えできるとは、サクヤの街にとってもこの上ない光栄ですな」


 ガザルは手を差し伸べた。殿()をつけ名を呼ぶことで、まずは騎士隊長(ランゼル)は自分より序列上位でないと線引きをした。また代官相手であれば代官所前で行われた出迎えを、応接室で行ったことで「名代」より自分のほうが職位が上だと線引きをした。

(中々の食わせ者だな)

警戒心をお首にも出さず大柄な騎士隊長は差し出された手を握り返した。


 定型の時候の挨拶を済ませ、ソファに座ると早速ランゼルが口を開いた。


「ガザル殿。ケイン様が此処に現れるまでは、この私を代官だと思って対応して頂きたい」


 ランゼルはあえて無防備に、背もたれに深く体を預けた。ケインがすでに平服で街の深部へ潜り込んでいることなど、微塵も感じさせない完璧な「名代」として振る舞う。


「ほう…それは頼もしいことです。時に新代官様は何処に居られるのですかな?我々としては、新代官様にはこの街の『独自のしきたり』を、ゆっくりと、丁寧にご理解いただきたいと願っておりますからな」


 丁寧に選ばれた言葉の応酬。だがその実、二人の間には、主導権を賭けた駆け引きがあり、殺伐とした雰囲気が漂っていた。


(今日はこのあたりか…)


ランゼルの判断に呼応するかのように、ガザルが話題を変える。


「固い話はここまでとしましょう。食事でもしながら帝都や領都、旅の話でも致しましょう」


 国境の街らしく迎賓室を備えた建物内で二番目に広い晩餐室でランゼル達は少し遅い夕食を摂ることになった。

顔面に笑顔を貼り付けたガザルが挨拶をする。


「長旅でさぞお疲れのことでしょう。難しい話は抜きにして、ランゼル殿は元より騎士の方々も今日はしっかりと食事を摂られて英気を養ってください」


 ガザルが差し出した銀の杯に、給仕人が銅製のデキャンタからワインを注ぐ。国境の街には不似合いな芳醇すぎる香りの名酒のようだ。


「乾杯」


「「乾杯!」」


(銀食器と銅食器を使うのは害意の無いこと表すためだろうな)

ランゼルはその杯に口を付けず、ただ鋼のような眼差しを相手の眉間に据えた。

乾杯の挨拶を済ませた副代官に声を掛ける。


「過分な歓待痛みいります、ガザル副代官。だが私はケイン様の到着が半月ぼど遅れるため、その間の名代としてこの街へ先遣されたに過ぎないのです」


「『先遣』……ですか。ケイン様の出立の報が届いてから逆算すれば、あと数日でご到着かと思っておりましたが何かございましたか?」


 ガザルは落ち着いた仕草で自らの杯を口に運び、今一度杯をランゼルに勧める。

ランゼルが一息にワインを飲み干すのを見届けると、穏やかに続ける。


「ケイン様がお見えになるまで、この街の差配は私が滞りなく執り行います。なぁに何ほどの事でもありません。今まで通りのことですから。報告は密にさせていただきますし、皆様にはまずは長旅の疲れを癒やして頂きたい。代官公邸をお使い下さい。…してケイン様は今どこに?」


 些末なことのように、それとなく探りを入れるガザル。

 ハイデルの出涸らしの噂は辺境の街でさえ耳に届いている。父であるハイデル子爵とも疎遠で、左遷としてサクヤにやってくるとも聞いている。それでも情報は有用だ。特に辺境の街ならば尚更だ。知りたい事は山程ある。


新代官がどこにいるのか?

万が一にも兵力を隠し持っていないか?

ハイデル子爵から統治にあたり、どれ位の支援を受けているのか?


食事の話、酒の話、街の盛り場の話、砂漠に出没する魔物の話、下世話な話から冒険の話まで多種多様な話題に織り交ぜて、ガザルは情報を吸い上げていく。


「ケイン様は、道中の風光をたいそう気に入られ、少々寄り道をされておいでだ。若さゆえの好奇心というやつだな。…ただ今回は赴任の理由が理由だけに、予定通りのサクヤへの到着を何度も諫言したのだが…」


何杯目かのワインを飲み干した口でランゼルが思いを吐露する。

それを聞いたガザルは大きく頷き、更に酒を勧める。


「忠臣の諫言をお聞き入れくださいませんか。ケイン様は余りにお若い。導く者が必要でしょうに…」


副代官の発言にわが意を得たとばかりにランゼルの発言が熱を帯びる。


「そうなのだ、代官殿。時には周りの大人が厳しく接せねばならぬというのに、側近の政務官もメイド頭も甘やかすばかりで…『視察(観光)してからサクヤには向かうので先に行け』と宣う始末だ!」


「何ということを…。『鉄壁の騎士』と呼ばれる貴殿を差し置いて、誰が護衛をなさるのです?」


「ふん。政務官の昔からの知り合いという何処の馬の骨とも判らぬ冒険者パーティーと、衛士崩れの男が一人ついているが…その者たちが食わせ者でな。歓楽街や賭場を案内しているのだ。今回の旅の遅れの原因の半分は奴らなのだ!」


 騎士隊長は飲み干した杯を叩きつけるように卓に置いた。


「お父上の勘気を被り、こちらへ赴任すると言う…のに…何たる…ことだ…」


 呂律が覚束なくなった隊長を見て副官が歩み寄る。


「副代官様。盛大な歓迎、感謝いたします。長旅の疲れが出たようで今日はここまでで休ませていただいてもよろしいでしょうか?」


「勿論です。気が回りませんで 失礼をいたしました」


「お気遣い感謝いたします――引き揚げるぞ」


「「はっ」」


 騎士たちに両脇を支えられ、大柄な騎士隊長が部屋を出ていく。

その様を無言で見守るガザルに副官が声を掛ける。


「隊長の不調法をお詫び致します」


「お気になさらずに。ランゼル殿の辛さは、よく分かりますから」


ガザルの言葉に副官が口を開く。


「隊長は焦っておいでなのです。ご当主様にも正面立って意見する自分が疎まれ、ケイン様諸共に左遷されたのです。部下四人のうち私以外は新人の騎士でして、武功を挙げる事は絶望的です。であれば代官としてケイン様が実績を積まれる事が唯一、領都や帝都に戻る方法です。ですが…その望みも早々に消え去ろうとしておりますので」


「副官殿は、落ち着いているようにお見受けしますが、どうしてですかな」


「…諦観からでしょうか。人材も資金も最低限、ご当主様が領地改革に本気とは、とても思えないのです。ならば実より利を取るべきだと考えております」


「…ご賢明な判断かも知れませんな」


「その事に付きましては隊長から改めて話があると思います。では失礼させて頂きます」


 酔いを感じさせない確かな足取りで立ち去る副官を見ながらガザルの表情が獰猛に歪む。


「今回の『お仲間』も、中々に食い甲斐がありそうだ」


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