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傾国の鉄宰〜ロストジェネレーション、ふざけた名前つけやがって。奪われ続けた俺たちが異世界で全てを取り戻す〜  作者: 高梨京司
辺境への赴任

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傾国の鉄宰 第二十三話 【新たな仲間】 〜ロストジェネレーションって何だ!

◇銀の月亭◇


 詰め所から馬車に付き従って駆けること十五分。馬車は宿屋『銀の月亭』の車寄せに到着した。そのさらに十五分後、ケインが宿泊する客室へと通されたオーケンは、状況が飲み込めず困惑したまま立ち尽くしていた。


 宿に着くや否や、メイド長のマイヤーから湯の入った木桶を手渡され、「まずは汗を拭い、身なりを整えてからケイン様との面談に臨まれますよう」と丁寧に告げられた。懲罰を受ける者への扱いとは思えない厚遇に戸惑いながらも、相手は「当主家のご子息」である。オーケンは失礼のないよう、急いで身を清めた。


護衛騎士に剣を預け、緊張で心臓の鼓動を高く鳴らしながら部屋へ入ると、そこには先ほどまでの冷徹な表情が嘘のように、穏やかな眼差しを向けるケインが待っていた。


「お疲れ様でした、オーケンさん。急がせてしまってすみません。喉が渇いたでしょう、まずはお茶でもいかがですか?」


 その声に合わせて、マイヤーが静かにカップを置く。


「……ありがとうございます」


礼を述べながらも、オーケンは立ったまま言葉を探した。しかし沈黙を続けるわけにもいかず、意を決して腹に力を込め、声を絞り出す。


「ケイン様。私の家族は……どうなるのでしょうか。私への罰は、どのようなものでも甘んじて受けます。ですから、家族には……どうか寛大な処遇をお願い致します」


自分でも驚くほど必死な声だった。その勢いのまま膝をつこうとするオーケンを見て、今度はケインが困惑したように首を傾げた。


「まずはお座りください。せっかくのお茶が冷めてしまいますよ」


マイヤーの柔らかな声に、オーケンは戸惑いながら周囲を見渡す。傍らに立つヴォルターが深く頷いたのを見て、ようやくソファの端に遠慮がちに腰を下ろした。


「昨晩、ランゼル隊長からの手紙は受け取りましたよね?」


「はい。拝読いたしました」


「なら、僕があなたや家族を害するつもりがないことは分かっていただけているはずです。どうしてそんな不安を抱いたんですか?」


心底不思議と言わんばかりの表情のケインに対し、オーケンは申し訳なさを感じつつも自らの胸のうちを明かした。


「……先ほど、詰め所で副隊長殿とやり取りされているお姿を拝見しまして。私への過分な評価と文面に自信が持てなくなりました。あの手紙は、ヴォルター殿が代筆された時に温情を添えられたのでは…、と思い込んでしまったのです」


(冷徹で傲慢な子爵家のご子息としての振舞(演技)を見た直後じゃ、信じられなくても仕方ないよ)


〈ふふ、先ほどの演技が迫真すぎたか〉


(手紙だけじゃケイン君の本当の性格は伝わらないし、代筆を疑うのも無理はないよね)


〈目の前の傲慢な少年と、手紙での思慮深く他人を思いやる文面との落差……やり過ぎたな、ケイン〉


『二人が「悪役っぽくて良い」とか言って焚き付けたんじゃないですか!』


〈……〉


(そんなこと言ったっけ?)


『もう!』


脳内の騒がしいやり取りを、咳払いで意識の外に吹き飛ばすと、ケインは殊更に穏やかな声で続けた。


「手紙の内容はすべて僕の本心です。オーケンさんのような優秀で誠実な人材を失うのは、ハイデル家にとって損失なんですよ」


そう言って、ケインは数枚の書類を差し出した。


「これは……?」


「あなたがサクヤの街で働く際の待遇と、『福利厚生』を記した契約書です。後々相違があってはいけませんから、よく読んでください」


「ふくり……こうせい?」


「聞き慣れない言葉ですよね。簡単に言えば、あなたが安心して、気持ちよく働いてもらうための約束事です。ウチでは、条件を明確に、書類として提示してからスカウトするのが基本なんです」


『内容は次郎さん監修だから完璧ですよね』


〈当然だ。労働の対価と権利という原則(プリンシプル)守ってこそ、人は真価を発揮するものだ〉


 オーケンは書類を読み進めるうちに、思わず息を呑んだ。待遇が悪いどころか、余りにも破格だったからだ。


一.希望があれば、当人及び家族は、サクヤの街の官舎に住まうことができる。

一.週に最低一日の公休を保証する。

一.任務により休めない場合は必ず後日に代休を与える。

そこには、今まで考えもしなかった細やかな配慮が記されていた。そして、極めつけの一文に目が止まる。


「私が……騎士。それも小隊長ですか?」


思わず口にした自分の声が、静かな部屋に小さく響く。膝の上で握りしめた手が、じっとりと汗ばんでいく。窓の外では街が朝を迎え、少しずつ活気づき始めていた。


「そうです、オーケンさん。貴方にはその力と資格があると、僕は信じています」


ケインは穏やかな微笑みを浮かべているが、その目は真剣だ。


「……しかし、私は一介の衛士にすぎません。騎士団のしきたりにも、貴族の作法にも明るいとは……」


不安が胸を締め付ける。だが同時に、かつて英雄タリム・ハイデルから掛けられた『騎士を目指す者は、心も強くなくてはならない』という言葉が脳裏をよぎった。憧れの人の子息を前に、いつまでも弱気でいるわけにはいかない。


 ケインは、そんなオーケンの葛藤を見透かしたように微笑み、語りかける。


「誰だって最初は不安です。僕も代官に任命されたときは、不安で足が震えました。正直に言えば今も不安はあります。うしろに控えるヴォルターは僕が知る限り、ハイデル最高の騎士の一人だと思っています。その彼をして騎士隊長として任務にあたった時も、執政官として叙任された時も『不安で押潰されそうだった』そうです。凡人である()()が不安に駆られるのは仕方のないことです」


冗談めかした口調に思わず視線を向けると、ヴォルターは照れくさそうに肩をすくめて見せた。


「大切なのは、その不安や困難に立ち向かうかどうかだと思うんです。偉そうに言ってますけど、僕自身も色々な人の支えがあってやっと最近になり、前を向くことが出来ました」


ケインは一度目を閉じ、これまでの歩みを噛みしめるように呟いた。そして再び目を開いたとき、その声は一層真剣なものへと変わった。


「僕にはあなたの力が必要なんです。サクヤの街は、子爵領に併合されてから日が浅い。表向きは平穏でも、裏では多くの問題を抱えているはずです。自分で見て、感じて、主体的に動ける人材が足りていない。……あなたの評判は聞いています。同僚や街の人々に慕われ、信頼されている。そんなあなたに、自身の裁量で動ける小隊長として、僕を支えてほしいんです」


オーケンは自分の手を見つめた。

粗く、節くれだった無骨な手だ。

だが――この手で守れるものがあるなら。


「……私に、務まるでしょうか」


「務まります。不満、不安、不信…それらに立ち向かうことが出来たなら」


「不満、不安、不信ですか?」


「ええ、そうです。それらは人の心を静かに蝕みます。時には集団をも蝕みます。オーケンさんは自分が奪われる側の人間だと思った事は?奪われ続ける自分と、その家族の将来を不安に思ったことは?そんな状態を是正しない上司や主家に不信を抱いたことはないですか?」


 忠誠を至高とする騎士道において、主家への不信など有ってはならない。

ましてや主家の一族であるケインに問われたならば、即否定するべきだ。

だがオーケンはケインの目に浮かぶ感情に気付いてしまった。

責めるでもなく、怒るでもなく、憐れむわけでもない。ただ共にあろうとする。自らも同じだと語り掛けてくるようなケインの目に嘘はつきたくはなかった。


「それは…」


言葉を失うオーケンにケインは微笑み掛ける。


「僕はかつて不安、不信、不満の中で(うずくま)るばかりでした。多くの人に(神様も含む)助けられて、立ち上がれましたが、世の中には生まれた場所や時期なんていう訳の分からないもので、多くの人が機会を失っています。そんなのはおかしい。変えていきましょう。私たち(自分たち)の手で。誰もが自らが信じる道を、生き方を勝ち取れる場所を創りましょう」


 弱さと強さ、優しさと強かさを併せ持つ不思議な少年に、オーケンは心惹かれた。

 ケインはローテーブルを避けて立ち上がると、右手を差し出した。

外では朝を告げる教会の鐘が街に鳴り響いている。

オーケンは深く息を吸い、目の前に差し出された、その小さな手をしっかりと握り締めた。その掌は少し汗ばんでおり、ケインもまた緊張していることが伝わってきた。


「――このオーケン、精一杯の忠誠をもってケイン様の恩義に報います」


 その宣誓を聞き、ケインは安心したようで満足げに、そして一人の少年らしい顔で微笑んだ。


「ありがとう、オーケン。あなたは僕にとって心強い存在です」


その声音には、子爵家の嫡男としての威厳ではなく、一人の若き代官としての真摯さが宿っていた。

オーケンは胸の奥が熱くなるのを感じ、自然と背筋が伸びる。握り合った手が解かれると、マイヤーが静かに一歩前に出た。

 

「ケイン様、朝食の準備が整いました。オーケン殿も、このままご一緒されてはいかがでしょう。ご家族の状況や、今後の予定についても詳しくお話しすべきかと」


「そうだね。オーケン、一緒に食べよう。これからは仲間なんだから」


「な、仲間、ですか……」


オーケン本人の人柄もあり、騎士や兵士たちの多くは仲間として接しくれた。

だが今まで接した貴族――セブルスの代官や副隊長ガストンからは“兵士”として扱われることはあっても、“仲間”と呼ばれたことはない。貴族出身ではない防衛隊長は、オーケンを騎士と同等に扱ってはくれるが仲間とは違う。


貴族の、それも子爵家の子息から仲間と呼ばれるとは…。言葉を失っているオーケンの肩を、ヴォルターが軽く叩いた。


「緊張しすぎるな。ケイン様は話した通りのお方だ。世間に流布する、噂話のように冷徹でもなければ粗暴でもない。子爵家のご子息としては作法はまだまだ。時折に悪役の真似事をするのが玉に瑕だがな」


「ヴォルター、それは今言うことじゃないよ」


ケインが頬を膨らませるように抗議する様子に、一同から笑いが漏れる。その穏やかな空気の中で、オーケンの心は完全に解きほぐされていた。


「……あの、ケイン様。私の家族の安全につきましては……?」


その問いに、ケインはすぐに答えた。


「ああ、失礼しました。安心してください。すでにランゼル隊長が万事手配済みです。今頃は、彼の手の者がご家族を安全な場所へ誘導しているはずですよ。今後については―――」


家族を守れる、騎士として生きられる。自身の幸運をオーケンは感謝した。しかし、ケインの表情がふと引き締まる。


「……さて、オーケン。安堵したところで、今日の午後に二つ、お願いしたいことがあるんだけど」


「任務、ですか?」


「まぁ、任務と言えなくもないか。サクヤへ向かう前に、どうしてもね」


ケインの話を聞いてオーケンは息を呑んだ。数年前から不穏な気配は感じてはいたが、ハイデル子爵家を取り巻く環境は辺境の一衛兵の想像以上に厳しいものだった。


「厳しい状況だけど、任務内容はそんなに難しいことじゃない」


真剣な表情でケインは言葉を続けた。


「今後のセブルスとサクヤの街を守るために、協力して貰えるかな?」


その声音は子爵家の子息とも、若き代官と違う少年らしいが瑞々しさが滲んでいた。

話を聞くにつれ、それまでの不安を上回る胸の高鳴りを感じていた。


「……承知しました。どのような任務であれ、全力でお応えいたします」


「ありがとう。じゃあ、まずは朝食にしよう。腹が減っては戦もできないからね」


ケインが明るく笑うと、部屋が柔らかな雰囲気で満ちた。


――新しい一日が始まる。


そして、自分の新しい人生も。


銀の月亭の窓から差し込む朝の光が、オーケンの未来を照らしていた。



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