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傾国の鉄宰〜ロストジェネレーション、ふざけた名前つけやがって。奪われ続けた俺たちが異世界で全てを取り戻す〜  作者: 高梨京司
辺境への赴任

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傾国の鉄宰 第二十二話 【副隊長ガストンの罠】 〜ロストジェネレーションって何だ!

♢西の防衛隊詰所♢


 ケインは翌朝早く、身支度を整えてヴォルターとマイヤー、ランゼルと護衛騎士三人を引き連れ、馬車で西の防衛隊詰所へ向かう。

 詰所に至る少し手前で馬車を降りると、先行して内部を探っていた()()()のライとシモーヌから「侵入の好機」を告げる合図が届いた。


 マイヤーと護衛騎士の二人には、門兵が内部に余計な連絡を入れないよう監視と足止めを指示した。

 詰所の外扉は片開きで扉口も狭く、二人が同時に入るのがやっとの広さだ。かなり頑丈な造りで、ケインの今の実力では外から中の様子を窺うことは難しい。


『ライとシモーヌはどうやって中を探ったんだろう?』

〈少年の周りは皆優秀だな。『我以外皆我師』としては最高の環境だ〉

(自分以外からは、何かしら学ぶことがあるってことだよ)


 次郎(先生)からの無言の圧を感じながら建屋内に入る。ロビーを通りホールへと向かうと、内扉は外扉とは正反対の、間口の広い両開きの扉だった。

 ランゼルと護衛騎士一人にはロビーで待機してもらう。二人には、しかるべきタイミングでホールに入室してもらうよう前もって打ち合わせてある。


 この詰所はかつて最前線を守る要塞施設の一部として造られた経緯があり、外扉は狭く、逆に内扉は広く設計されている。侵入者を限定し、内部で包囲殲滅するための構造だ。その閉鎖的な造りのせいで、ホールに響く怒声は反響し、より一層の威圧感を放っていた。


『堅固な造りだけに、副隊長はこちらの気配に気付かなかったようですね』

(せっかくの堅牢さも客室に大きな窓を作ったら台無しだよね。ガストンって人の差配じゃないよね?)

〈何にせよ、内と外が連携できるよう何かしらの準備が必要だな〉


 防衛施設の視察を兼ねた侵入を終え、ケインがホールに一歩足を踏み入れると、内部には異様な緊張感が漂っていた。怒声はその中心から聞こえてくる。ケインに気付き敬礼しようとする門兵を手で制し、静かに奥へと進む。

 ホールどころか詰所内では、副隊長ガストンが怒声を発する以外、誰一人として声を上げる者はいなかった。

 ガストンの前には若き騎士ボナイが呆然とした様子で跪かされており、その横には古参の衛士オーケンも並んで膝を突いている。


「……言い訳は無用だ、ボナイ! 昨晩、密偵を拘束した部屋の監視を任せたのは貴様だ。にもかかわらず、客室の密偵が『急死』した。遺体は冷え切り、死後数時間は経っている。貴様が一時間ごとに入室して監視を怠らなければ、異変に気付けたはずだ!」


「お、伯父上、……いえ、副隊長。薬師も、し、し、死因は『おそらく失血が起因の突然死』だと……」


「黙れ!!」


 ガストンは順調に事が運び、内心でほくそ笑んでいた。それとは別に、甥のボナイには深く失望もしていた。剣の才能はそこそこあるものの、怠惰で短慮な青年に育ったものだ。少年をそう育てたのは他ならぬガストン自身なのだが、それゆえに今回の件を収めるための捨て駒にすることに、何の痛痒も感じない。それよりも、ガストンはボナイの隣で跪くオーケンを意識しながら言葉を紡ぐ。


「いかに甥といえども、今回の件を不問にすれば軍の綱紀に関わる。ボナイ、貴様は謹慎だ。追って隊長から正式な辞令が下る。それまでに故郷に帰る準備でもしておけ」


「……っ」


 項垂れるボナイの隣から、オーケンがゆっくりと声を上げた。


「お待ちください、副隊長。ボナイ殿は初めての監視任務で、勝手が分からぬことも多かったのでしょう。今一度、軍に身を置き、子爵家に献身する機会を頂けないでしょうか」


「控えよ、オーケン。貴様は、任務を命じた私の采配ミスだと言うのか?」


「決してそのようなことは。ただ、今回は突然の事態に我々が十全に対応できたとは言い難いのではと思いまして」


「では、皆で責任を分け合えと言うのか? 捕虜の監視など、仮にも騎士たる者が『分からない』では済まされぬぞ。このような単純な任務もこなせぬ騎士を育てた責を誰が取る? ボナイ自身の職務怠慢の責を、誰が引き受けると言うのだ!」


 ガストンは、ボナイが日頃の行いから周囲に疎まれていることを知っていた。そして、この状況で誰も名乗り出なくともオーケンだけは声を上げるだろうということも。


「…私がおります、副隊長」


 ガストンは緩みそうになる頬を必死に引き締め、さらに追い込む。


「貴様もボナイの指導官として謹慎を言い渡される身だぞ。この上ボナイの責を負えば、除隊は避けられん。騎士を衛士が指導するなど歪な話だ。ボナイを()()()()としても、誰も貴様を責めはせぬぞ」


 オーケンは無言で拳を握りしめた。

彼は知っていた。ボナイが客室前の廊下で居眠りをし、持ち場を度々離れていたことを。それでもボナイは副隊長ガストンの甥であり、除隊したとしても野垂れ死ぬ心配はない。中年に差し掛かった自分の方が、除隊後の身の振り方は厳しいだろう。

 さらに、自分が衛士に留まり、ボナイが騎士として叙爵されたのはガストンの働きかけが大きいこともオーケンは察していた。

 それでも、歳若いボナイを指導するのは自分が隊長から拝命した任務だ。副隊長の甘言に乗ってその任務から目を逸らし、ボナイを見捨てることはオーケンにはできなかった。


「私の除隊とボナイ殿の従士への降格にて、今回の件を収めていただくよう、伏してお願い申し上げます」


 オーケンの言葉に、ボナイは目を見開いた。そして驚愕をうけとめると一度強く目を瞑り、そしてゆっくりと目を開ける。その後に発せられた声は、別人のように落ち着いていた。


「副隊長……いえ、伯父上! これは私の慢心が招いたこと。オーケン殿には何の責もありません。私が謹慎し、故郷へ帰る準備をいたします!」


 ボナイは憑き物が落ちたように堂々と答える。ガストンは内心で慌てた。ボナイのことなどどうでもいいが、オーケンが防衛軍に残るのは極めて不都合だ。

 ガストンの見立てでは、防衛軍の中でも上位の実力者であるオーケンは、誠実な人柄で同僚や街の人間からも深く慕われている。オーケンを差し置いてボナイを騎士に叙爵したときも、あちこちで不満の声が上がっていたほどだ。

 「ボナイの故郷での士官育成のため」という名分で何とか抑え込んだが、反感は拭いきれていない。だからこそ、オーケンの「お人好しな性格」を利用して、ボナイと共に軍から放り出すつもりだったのだ。

(ままならぬものよ。だが、オーケンの件は隊長の判断で除隊させるという方向で押し切るか。反感の矛先を自分ではなく、隊長に向けさせることができれば…)


「ボナイ、オーケン。処遇は隊長に報告後、沙汰を下す。貴様らは自室にて謹慎せよ」


 そのとき、ホールの入り口から声が上がった。


「――これは何の騒ぎですかな?」


 静かだが力強い声が全体に響き渡る。ガストンが振り向き、ボナイとオーケンは顔を上げた。彼らの視線の先、扉口にはヴォルターが立っていた。


「これは、ヴォルター殿。お見苦しいところを」


 ガストンが慌てて近づく。


「たかだか小物の密偵の監視に、これほどの人数が必要とは思えませんが。何かありましたか?」


 ガストンは内心で舌打ちをした。来るのが早すぎる。あと少しで話がまとまったものを。


「……それが、昨晩、例の密偵が死亡しまして。薬師によれば死因は多量の失血による魔力欠乏が原因の突然死だそうです。ただ、監視が適正に行われていなかったようで、正確な死亡時刻が分からず、事情を確認しておりました」


「密偵が死んだのですか?」


「はっ! 申し訳ございません。この不手際、騎士ボナイの職務怠慢と衛兵オーケンの指導不足によるもの。早速、隊長に報告して厳正に対処し、ケイン様への誠意を示そうとしていたところであります!」


「僕への誠意ねぇ」


 呟くような、それでいてその場にいる全員に届く不思議な少年の声が響いた。皆の視線がヴォルターの背後に向く。そこには、いつの間にか詰所には不似合いな少年の姿があった。


(今の呟き、なかなか良かったよ。悪役っぽくて)

〈たった一つの言葉が場を支配する。こういう世界では、よくあることだ。今のうちに慣れておくのも悪くないな〉

『もう二人とも、好き勝手言って。僕はこういうのは苦手なのに……』


 ガストン自身は見覚えのない少年だが、このタイミングで詰所を訪れる者が誰であるかは想像がついた。


「ケイン様」

 

 ガストンは正式な騎士の礼を取りながらも、内心で計算を巡らせる。何も知らない周りの騎士や兵士たちも続いて礼をとった。


(この『出涸らしの小僧』が、短絡的な怒りに任せてオーケンを処罰してくれれば、すべては子爵家の悪評に繋がる……)


「密偵が死んだって聞こえたけど、暗殺の可能性はないの?」


 ケインの質問にガストンは冷静に答える。


「その可能性は低いかと。ヴォルター殿が斬りつけた胸の傷以外に外傷はなく、毒薬を使われた形跡もありません。薬師が言うには、失血が多い者の中には、傷が塞がった後に急死する者が一定数はいるようです」


(出血性ショックの遅発悪化とか、肺塞栓、あるいは貧血による心不全かな。まあ今回は全く違うけど。こっちの医療レベルでそれを証明するのは難しいね)

〈裕翔は小難しいことをよく知っているな。戦場に身を置く者が急死の理由を知らぬとしても、その可能性を想定して監視を行わなかったのは問題だな〉


 ケインは意識して、光を拒むような藍色の瞳で跪くボナイとオーケンを見下ろした。その視線は、「子爵家の次男は冷徹で容赦がない暴君だ」という噂を裏付けるに十分な冷たさを孕んでいた。


「なるほど。ハイデルの騎士ならば知っていて当然のことだ。それを知りながら監視を怠ったとすれば、事は除隊では済むまいね。ハイデルの名を汚す行為は、万死に値する重罪だ」


「申し訳ございません」


 ケインの言葉にガストンは顔を伏せ、口角が上がるのを必死に抑えていた。オーケンが死に、その命を下したのがハイデル子爵家の『出涸らし』となれば、兵士や住民の恨みはすべて子爵家に向く。ボナイを失ったとしても、十分すぎる釣りが来る。

「そこの若い騎士と中年の衛兵は即刻処分。隊長と副隊長は降格、新しい隊長を本領から派遣してもらう……といったところかな」


 何でもないように呟くケイン。まさか自分にまで処罰が及ぶとは思っていなかったガストンが、慌てて具申する。


「ケイン様! 二人の失態は厳罰に値するとは思いますが、密偵は自然死と思われます。処罰が厳しすぎれば他の兵士たちの士気にも関わります。どうか、ご再考をお願いいたします」


「ふ~ん」


 ケインが気のない返事をする。


「ガストン殿の言も一理ございます。信賞必罰は武門の習いではございますが、均衡も大切かと。それに現状、隊長が務まる人材の移動は容易ではなく、費用も嵩みます……。ご当主様が承諾されるとは思えません」


 ヴォルターがガストンの言葉を補足した。その言葉からも、形式上の主従以上の親子の溝が感じ取れる。


「ふん……分かったよ。この件に関しては隊長と副隊長に任せる。ただし二人の処罰は速やかに済ませるように。不始末を起こした衛士をいつまでも置いておくわけにはいかないからね。副隊長、その衛士は官舎に住んでいるの? 家族構成はわかる?」

「えっ? あ、はい。オーケンは妻と子供二人の四人家族で、北の官舎に住んでおります」


〈一衛士の家族構成や住居をよく覚えているものだ。優秀な士官なのか……それとも……〉

(注視しているか、監視しているか。いずれにせよ、あまり良い状況ではないね)

(人質に取られると厄介です。この混乱に乗じて連れて行こう)

『そうですね。ガザルさんの二の舞はいやですからね』


 三人の考えは一致した。ケインはできるだけ横柄に、可能な限り冷淡な声を上げる。


「僕の()を死なせた罪だ。家族全員、今すぐセブルスの街を出てもらおう。……綱紀粛正の見せしめは必要だろう?」

 ケインの提案に、ガストンは「冷徹で乱暴な出涸らしの小僧らしい」という本心をひた隠して、納得したように頷いた。完璧だ。オーケンは消え、ケインは暴君として街の者の恨みを買う。


「ランゼル。話は聞いていたね? オーケンが住む官舎に向かい、即刻引き払わせろ。家族が官舎にいないようなら、家財道具は捨てるなり売り払うなり好きにしろ。昼にはサクヤの街に向けて出発する。それまでに家族を追い出してこい」


「はっ」


 いつの間にか扉口に立っていた大柄な騎士が返事をし、踵を返す。

 ランゼルが護衛騎士一人と街の兵士一人を伴い詰所を出ていくのを見送ってから、ケインはホール内に視線を戻した。このタイミングで外に待機していた護衛騎士一人がヴォルターと合流し、ケインの背後に控える。威圧感を増したケインが声を上げた。


「……オーケンと言ったか。立て」


 ケインの声に応じ、オーケンが立ち上がった。その振る舞いは堂々としており、騎士の風格さえ感じさせた。


〈『騎士は、その剣によってではなく、その心によって知られる』を体現する男だな〉


「副隊長、この人は預かるよ。宿で事情聴取をするから、除隊の手続きはそちらで進めておいてくれ。以上だ」


「承りました」


 ケインは鷹揚に頷き、出口へと向かう。ガストンは深く頭を下げ、会心の勝利を確信していた。


「僕は馬車で帰るから、宿までついてきて」


「はっ」


 通常の任務を受けるような自然体で、オーケンは歩みを進める。ケインが馬車に乗ってからは、護衛の騎馬の横を駆け足で付いていった。

 西の詰所を後にして、ケインが馬車に乗り込むと、中にはマイヤーが待っていた。


「お疲れ様でした、ケイン様」


「詰所内にいたガストン一派は把握できたかな?」


「はい、ケイン様のおかげです。ケイン様が詰所を去った後、オーケン殿の処遇に多くの兵士が苛立ちを見せましたが、その中で明らかに他と態度の違う者が二名おりました。すでにライとシモーヌに尾行させております」


 マイヤーは光の精霊の加護持ちだ。ライたちとの意思疎通も、精霊の力を使えば造作もないことだろう。だが、彼女は今までその力を振るうことはなかった。加護持ちであることを隠し、穏やかに過ごしていた彼女の生活が、自分のせいで脅かされつつある。

 ケインが申し訳なさそうにしていると、マイヤーは微笑んで首を振った。


「私自身が決めたことです」


 早朝の街に、馬車の走り抜ける乾いた音だけが響いた。

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