傾国の鉄宰 第二十一話 【副隊長の策略】 〜ロストジェネレーションって何だ!
♢深夜〜銀の月亭・客室♢
「まずは私から説明させて頂きたく」
ランゼルが入室と同時にケインに申し出る。その言葉に全員が注目する。
今、部屋に居るのはケイン、ヴォルター、マイヤー、そしてランゼルの四人だけだ。黎明の盾のメンバーは階下の食事処で諜報阻害に勤しんで貰っている。
「わかったよ。お願い」
ランゼルは承諾するケインに視線を送り、目礼をしてから静かに口を開いた。
「まず、密偵の口封じの為の一名の部屋への侵入を、私と他二名にて確認致しました。侵入者のその後の足取りは、現在二名にて追っております。今回は部外者、おそらくは密偵と同じ組織の者による暗殺だと思われます。敵対勢力がセブルスの組織内にどれ位、根を張っているかは今のところは不明です。ただ…セブルスの防衛軍の副隊長がおそらく敵対勢力側についております」
「何故そう思うの?現状ランゼルが知り得た範囲の事実と…推論も聞かせて貰えますか?」
「はい。ケイン様が逗留される『銀の月亭』周辺の警備の増強を防衛隊長殿が指示をされました。その指示に応じて実際に防衛網の再構築を行ったのが副隊長でした」
「防衛網に何か問題でも?」
ヴォルターが問う。
「一見何の問題もない、無難なものですが防衛網の構築を副隊長が、たった一人で行ったらしいのです。任務からすれば複数人で確認しながら行うべき職務です。有能で現場を知らない士官に有りがちな独断専行とも考えましたが…、配備された人間の個々の能力に注視すると戦力の偏りが極端なのです。騎士は全て『銀の月亭』周辺の警邏に回され、防衛隊詰所には剣の腕がそこそこの兵士が二名と騎士とは名ばかりの副隊長の縁者が一名しかおりませんでした。この割り振りは副隊長が現場を知り尽くしながら、あえて割り振ったと考えるべきでしょう」
ヴォルターが顔をしかめる。
「名ばかりの騎士か…。ケイン様の警護に最大戦力である騎士をまわした結果。実力の伴わない騎士だけが残ったとは考えられないのか?」
「それは考えづらいですね。少し見て回っただけですがこの街には適正戦力として、ちゃんとした騎士30名以上が在籍しているようです。それが全て、北の防衛隊詰所を避けるように配置されています。そしてもう一点…気になることが。古参の衛士の中に『覇気』や『気配探知』を使えるものがおりました。その者は本来詰所での当直予定だったのですが副隊長の指示で詰所周辺の警邏に変更されています」
「古参の衛士?騎士ではないの?」
ケインが首を傾げる。
覇気や気配探知は習得が難しく、どちらかでも習得出来れば身分に関係なく、騎士に叙爵されるのはハイデル子爵家の特徴だと最近の修練時に教わったばかりだったからだ。
ケインの当然の疑問にランゼルが哀しげに答える。
「副隊長の縁者を騎士にするために、叙爵を差し止められたようです。本人は実力と人格不足だと気にも留めていないようです。今は副隊長の縁者の指導に当たっているようです」
「縁者を騎士にするために挿げ替えた人物の実力ならば、副隊長も熟知しているだろうな。敢えて騎士どころか小隊長クラスの実力者を詰所から遠ざけた…となれば十中八九、敵対勢力に内通しているだろうな」
ヴォルターの眉間のシワが一層深くなる。
「はい。副隊長が敵対勢力と内通しているとなると、何処までその手が伸びているかを見極める必要があります。今回の件、副隊長が一人で直接行動しているあたり、まだ内通者の人数も少ないと考えられますが、慎重に探るべきでしょう。誰が敵で誰が味方か。猜疑心は密偵や敵対勢力だけにあるものではありませんから」
「なるほど、下手に対処すればこちら側にも疑心暗鬼が現れるというわけですね。そこまで考えての行動だとすれば厄介な相手ですね」
ケインが嘆息してティーカップに口をつける。中身はハーブティーに変わっていた。ストレスを感じると紅茶を飲む量が増えることに気付いたマイヤーの気遣いに緊張が少し緩んだ。
「はい。ゆっくり調べ上げるしかありませんね。……二人が帰ったようです」
マイヤーが部屋の端に視線を向ける。するとカーテンが微かに揺れ、二つの人影が滑り込むように入ってきた。
いつもの柔らかい印象のメイド服とは掛け離れた、光を一切反射しないグレーマットな質感の闇衣と呼ばれる服を着ている。視認阻害効果のあるアサシン・スネークの革を極限まで薄く伸ばしたことで、衣擦れの音も無く、ハイデル子爵家の暗部の通常装備になっている。衣は鍛え抜かれた肢体を包み込み、第二の皮膚のように脈打っている。追跡偵察と狙撃に特化した工作兵である「ライ」と「シモーヌ」だ。二人の表情は穏やかだが、平時より少し息が荒いようだ。
「お待たせ致しました、ケイン様。追跡完了致しました」
「密偵の暗殺を図ったと思われる者を追跡しましたところ、かなり入念に尾行対策を取られましたが最終的には『孤児院』の中に入りました。院長とおぼしき者と面談したのち、古い民家に入りました。こちらは住処だと思われます。そうなると十中八九、院長が指示役かと…。ただ、ドズリィ本人かは現状不明です」
「孤児院ねぇ。…ここの運営は『静寂の揺り籠』とかいう連中だったかしら?」
マイヤーの発言にヴォルターは頷き、ケインに補足をする。
「帝国のみならず大陸中に存在する孤児院です。教会が運営する孤児院とは違い、色々と問題や噂があるそうですが…。今は不問とされております。報告書はタリム様にも上がっており気に掛けておられますが、街の規模に対して孤児が多過ぎるのです」
ヴォルターが忌々しげに声を強める。
「南東辺境の帝国直轄領の…影響ですか…」
ランゼルが言葉を濁すがそれで充分だった。ケインはサクヤに代官として赴くに当たり、サクヤ周辺の地勢や経済、軍事、統治状況などを調べ上げた。
その中に南東辺境領の報告も含まれていた。
帝国直轄の南東辺境領は、先の大戦の前線の一つであり帝国軍の駐屯地であった。
大戦での疲弊や損害も著しく、帝国の直轄領として復興が急がれた。そこまでは良かったのだが戦後十年もすると文官武官問わず不正が蔓延り始める。
戦時中、大雑把に管理されていた予算が中央により厳しく管理され、地方行政も防衛軍も予算不足に陥った。正確には予算は足りるはずなのだが、行政部や軍部は勿論、官吏や軍人たち個人の予算の着服が横行し始めたのだ。
戦時中も予算の一部を抜いて、組織維持や資材調達のための資金確保は行われていたが現在は私的着服が大半を占めている。
大義も大志もない者たちの欲望は際限がなく、南東辺境領では弱者救済の予算を削減したり、貧民層まで増税を行うなどの不正が蔓延しており住民の流出が深刻化している。
〈平和ボケした組織はどこも似たような腐敗が蔓延るものだな〉
(まったくだね。サクヤの街はもっと影響を受けているはずなのだから、気を引き締めていかないとね)
マイヤーが部下であるライとシモーヌに声を掛ける。
「ライ、シモーヌ、密偵の男の死因は分かったのかしら?」
「はい。孤児院から戻る時に確認してきました。外傷はなく、まるで眠るように死んでいました。遺体の魔力残滓と細胞の活性状況から推測するに、戦場で新兵が引き起こす『過剰な自己再生による生命力の枯渇』……いわゆる、粗悪な高濃度回復薬によるショック死に類似しております」
「朝まで気づかなければ魔力残滓と細胞の活性状況は分かりませんので、体調の急変による突然死で片付けられるでしょう」
(…「回復薬」だと言って、薬を見せれば実際治癒系統の薬だから抵抗なく飲むかもね。治癒の力で殺す。毒はどこでも研究が進むから足が付きやすいけど、回復薬の副作用なんて、こちらの世界じゃ気にも掛けていないだろうね)
〈論理的かつ打算的な手法だな。証拠を残さず、かつ組織内の人間には「助けようとした」という言い訳も立つ。人を陥れることに特化した組織ということか…〉
次郎の声にケインはハッとする。
「……嫌な予感がします。ランゼル、覇気と気配探知を習得しているという兵士について少し教えてください」
「名前はオーケンと言います。 先ほども申しましたが、申し分ない実力がありながら騎士になれず、不遇な扱いを受けております。しかし、その忠誠心は揺るぎなく、セブルスの治安維持と後進の育成に注力しているようです」
ランゼルの言葉に、ケインは深く頷く。
「副隊長が内通者だとすれば、彼は邪魔な『正義漢』を遠ざけようとするはず。今までそれをしなかったのは、あえて身近に置いて今回の様な機会に彼を『盾』にするつもりだからじゃないかな?」
「盾ですか?」
「ええ。何か事件が起きた時、現場にいた『経験豊かなベテラン』に責任を擦り付ける……。あるいは『歳若い者たちの未来』の為にとでも言われれば、自ら引責のために職を辞す可能性もあるんじゃないかと」
「まさか…」
(いや、オーケン殿ならばあり得るか。強く優しく潔い、騎士の鑑の様な男だが、それだけに操られやすい危うさがある)
黙り込むランゼルを見つめながらケインは机の上に置かれた街の地図を指でなぞった。代官と防衛隊長は間違いなくタリムに忠誠を誓っているというヴォルターとマイヤーの言葉を信じるなら副隊長が動くのは代官と隊長が庁舎に籠る早朝だ。
「明日の朝、治療士が来てゴズの死が発覚すれば、詰め所は大騒ぎになります。副隊長は必ず、誰かに責任を押し付けるでしょう。その矛先が若い騎士ではなく、オーケンに向くようであれば…。今晩のウチにオーケンに手紙を渡す事は可能でしょうか?」
「……。勿論可能です。オーケンなら私の『覇気』を探知出来るはずです。夜半に詰所から呼び出して、手紙を渡しましょう」
ケインは椅子に深く腰掛け、窓の外、双子月を見上げた。
「ヴォルター、マイヤー。明日の朝、僕は『サクヤの街の代官』として詰め所に顔を出すよ。密偵の尋問に参加しようと、何も知らずにのこのことね。そこで、副隊長の反応を見よう」
「危険です、ケイン様。敵が街道での襲撃に深く関与していれば、直接的な攻撃の可能性は低いとは思いますが何かしらの行動に出る可能性はあります」
「だからこそ、です。今回の件…襲撃への関与はさておき、敵は密偵の死に事件性が無いと押し通したいでしょう。併せて目障りな『正義漢』の排除に動くでしょう。そこに僕が現れば『焦り』を生むはずです。焦りは綻びを生みます。綻びが生まれなかったとしても、こちら主導で話を進めやすい。なにしろ…」
ケインは少しだけ悪戯っぽく、しかし冷徹な光を瞳に宿して微笑んだ。
「……僕は『甘っちょろい貴族の子供』だからね。短慮の上の行動と思わせておけば…。世の中の評価を利用しない手はないよね?」
その微笑みにヴォルターは一瞬圧倒されたものの、直ぐに頼もしげに口角を上げた。
「承知いたしました。そこまでお考えでしたら、我らケイン様の駒として、如何様にもお使い下さい」
深く頭を下げるヴォルターとランゼル。
その横ではマイヤーとシモーヌが部屋を片付けている。ライはいつの間にか姿を消していた。
ライがオーケン関連の報告書を携えて戻ったのは一時間も掛からなかった。それを元に手紙を書きランゼルに渡す。
「お願いね。ランゼル」
「お任せ下さい」
「明日は忙しくなります。ケイン様は速やかにお休み下さいませ」
話は一区切りついたとばかりにマイヤーが促す。いつもと変わらぬ、その態度にケインは快活に応えた。
「分かったよ。皆、後のことはお願いね」
▽▽
ベッドに入ったケインは眠れずにいた。
見えざる敵であった者たちの初めての明確な襲撃を退けて半日。ゾルバの最後に心を痛めている暇もなくハイデル子爵家の内通者との対決が更に半日後に起ころうとしている。
(眠れないのかい)
裕翔の声が優しく頭に響く
「はい。ゾルバさんたちの事を考えていたら内通者たちにも、彼らなりの事情があるのかもと…私の明日の行動次第で多くの人の将来を狂わすのではないかと不安になります」
ケインはヴォルターやマイヤーを信頼している。自分の命が懸かろうとも信頼に揺らぎはない。だが彼等に弱音を吐くことはためらわれる。
〈少年早く眠りたまえ。下手な考え休むに似たりだ。君の周りは有能な先達が数多くいる。何もすべてを抱え込む必要はない。頼ることも任せることも上に立つ者には必要だ。格好をつけるな〉
「格好をつける?」
(あぁ、それは分かる気がするよ。ケイン君は家臣の人たち、特にヴォルターさんとマイヤーさんの前ではカッコつけてるよねぇ)
「えっ!?そんなつもりは…」
〈臣下を不安にさせないのは大切ではあるがな〉
(サクヤ行きに追従してる家臣の皆って、ケイン君を大切にしてるよね。勿論臣下だってこともあるけど、ヴォルターさんは自分の子供を見るような眼差しの時があるよ。マイヤーさんなんて常に子供や弟を観る眼差しで、部外者がいる時だけ臣下の表情だよね)
「そ、そんな」
〈恥ずかしがることではない。むしろ誇るべきだ。深き愛情を示す彼らと深く愛される自分を〉
(そういう事だね。だからケイン君も照れていないで、愛情を示せば良いよ。カッコつけないで助けを求めれば良いよ。君の周りの人たちは、それを受け止め、喜んでくれる人たちだから)
「はい!」
ケインは愛情深い臣下を派遣してくれた父に感謝した。そして次郎と裕翔を連れてきてくれた神に感謝した。
数年間で荒んだ心が柔らかくなるようで、結局この日は気持ち良く眠りにつくことが出来た。
数時間後。セブルスの街に、夜明けを告げる一番鶏の声が響く。
それは、ケインの静かな潜伏期間の終わりと、ハイデル子爵家による「反撃」の始まりを告げる合図のようだった。




