傾国の鉄宰 第二十話 【影を追う影】 〜ロストジェネレーションって何だ!
♢銀の月亭・客室♢
窓の外、夕闇に沈みゆくセブルスの街を見下ろしていたマイヤーが、小さく息を吐いた。指先でラッチを外すと、冷え始めた夜の空気を招き入れるように窓をわずかに開けた。
「……動きがありました」
その言葉に含まれた重みを察し、ケインは持っていたティーカップをゆっくりとソーサーに戻した。
カチャリ、という硬質な音が、静寂に満ちた部屋では驚くほど大きく響く。
「二人は無事?」
「はい。二人に怪我はありません。ただ、口封じは速やかに行われたようで、密偵は死亡したようです。実行者の追跡と周辺の確認を終え次第、二人とも戻る予定です」
「敵対勢力の動きが早いのは想定の内でしたが、ここまで鮮やかに、ことを進められるとは……」
ヴォルターが悔しげに拳を握り呟く。
「僕が生まれて十二年。皇弟殿下の発言からでも六年以上が経っているし、敵対勢力の食指がセブルスまで届いている可能性は考えていたけど…」
ケインは眉間に若さには不釣り合いな皺を寄せて目を閉じる。
『考えてはいました。…いましたけれど……実際に目の当たりにすると、背筋が凍る思いがします』
〈慌てるな少年。感情は、恐れは視界を曇らせる。それでは敵を利するだけだ。今回の件、敵が組織的に連携した結果なのか、あるいは独断か。密偵を葬った組織の規模や練度……それらを見極めなければ、何も判断できんぞ〉
(そうだね。ここで焦ったら負けだよ。注意深く観察して、傍観、駆除、あるいは利用……。複雑な選択肢をパズルのように組み合わせなきゃ。情報は武器になるはずだよ。まずは二人とランゼルさんの報告を待って、盤面を整理しよう)
「先ずは情報の精査だね。何をするにしても、皆の帰還を待つことにするよ」
ケインが目を開けて告げると、マイヤーも深く頷き、同意を示した。
「そうですね。……ただ、一点。敵の行動には奇妙な矛盾を感じます。もし彼らがセブルスの防衛隊にまで手を回せるほど深く根を張っているのだとしたら、なぜ失敗した末端を即座に消すほど焦っているのでしょう?」
マイヤーの疑問の後を継ぐようにヴォルターが唸る。
「密偵を放った組織に前もってゾルバ殿たちの襲撃が周知されていたなら、なぜ慌てて密偵を殺す必要があったのか。男を放ってから組織を潜伏させて、上層部だけ街を離れることも出来たはずだ」
二人の推測を聴きながら、ケインは立ち上がり窓際へと向かう。
「……周到な『計画性』と、余裕のない『場当たり的な行動』。一つの組織としては意思決定がチグハグで、二つの組織が個別に存在しているのだとしても、連携がお粗末だね。組織内に亀裂があるのか、あるいはドズリィという男が、二つの組織の理屈を捻じ曲げるほどの『何か』を握っているのか……」
ケインは窓ガラスに映る自分の顔を見つめた。そこには、前世の記憶に頼るだけの子供ではなく、領主の息子として、一人の当事者として現実に向き合う覚悟を決めた強張った自分の顔があった。
(……それにしても、異世界のガラスって分厚くて歪んでるよねぇ。外の景色がゆらゆらして見える。何とか改良できないかなぁ)
〈それも中世の趣があって私は嫌いではないがね。まぁ、光学機器や産業の観点からすれば落第点だな〉
『……お二人は、こんな時でも平常運転ですね。少し安心しました』
「尻尾は切られた。胴体まで辿り着けるといいのだけれど…。でもマイヤー、二人に無理な追跡をさせないでね。二人には伝えたけど、僕にとっては敵の正体よりも、二人の命の方が遥かに価値があるんだから」
ケインの言葉にマイヤーは驚いたように目を瞬かせ、次いで優しい微笑みを浮かべた。
「ええ、もちろんです」
「よし。そろそろランゼルが戻るだろうから準備を」
ケインの号令に、ヴォルターとマイヤーが深く頭を下げる。
夜の帳が下りたセブルスの街。その平和な夜景の中に、わずかに漂う不穏な空気をケインは感じていた。




