傾国の鉄宰 第十九話 【密偵の死】 〜ロストジェネレーションって何だ!
♢セブルス衛兵詰め所客室♢
双子月がはっきりと姿を現して中天にかかった頃、密偵の男、ゴズは目を覚ました。それは偶然か、長らく裏の世界で生きた者の勘だろうか。男の足元にはいつの間にか人が立っていた。窓から差し込む月明かりを背に受けて髪は金褐色に輝き、穏やかな笑みをたたえて此方を見つめている。
「スワン。てめえ、なんの用だ?」
「勿論、助けに来たんだよ」
スワンと呼ばれた男が誇らしげに答える。
「てめえが?ハッ、怪しすぎるだろう」
「酷い言われようだねぇ。同じ組織の仲間じゃないか。お互い助け合わないと…」
やたら多弁で軽薄な言葉を連発するため、本性や感情がまったく分からず、スワンは組織内でも異質の存在だ。念の為にと布団の中に隠しておいた、暖炉に備え付けられていた火かき棒を握り込む。
「そんなに警戒しなくても。僕がその気なら目を覚ます前に殺してるよ。でしょ?」
「ちッ……」
隙を晒した自覚があるため否定できないでいると、スワンが液体の入った瓶を差し出す。
「はい。中級回復薬。傷と失血が治まれば君ほどの腕があれば、自力で何とか出来るでしょ?」
差し出された瓶はハイデルの騎士が使ったものによく似ている。だがスワンを信じていいかの覚悟が決まらない。
(こいつとは話は何度もしているが仕事をした事はない。信じて大丈夫なのか?何より組織が俺を生かすかメリットは何だ?)
「まだ信用出来ない?僕って、そんなに胡散臭いかなぁ。じゃあこれでどうだい?」
スワンは自ら中級回復薬を一口飲んで見せる。
「これでも信用できないかな?これ以上飲んじゃうと回復薬の効果が足りなくなるし。ハイデル子爵家に寝返ったって事にして討伐させてもらうよ」
スワンの身体から力が抜ける。
「分かった。分かったぜ、スワン」
少し慌てて回復薬の瓶を受け取るゴズ。
(気の短けぇ野郎だな。この傷でやり合うのはまずい。先ずは回復だ。どちらにつくかはその後考えるとしよう。コイツを手土産にハイデル子爵家に擦り寄るのもありだしな)
「最初から素直に受け取れば良かったのにぃ」
「お前はすべてが嘘臭いんだよ」
悪態をつきながら中級回復薬を飲み切る男。直ぐに身体が温まる。
「こいつは凄ぇ。助かったぜ、スワン」
「助けは必要なかったかな?ずいぶんと丁重な扱いを受けているみたいだね」
「子爵家のガキが聞きしに勝る、お優しいお方でな。ふん。そんなもんで懐柔されるかよ」
「本当に?何か話したんじゃないの?」
「馬鹿ぬかせ。組織に不利益になりそうな話は一切口にしちゃいねぇよ。必要なら直接お頭に話すぜ」
「それは、もう必要ないかな。僕はそろそろ行くよ。そろそろちゃんとした騎士が巡回にくるからね」
「…じゃぁ、俺も…行…く…ぜ」
「君は無理かな。いい部屋だし、ゆっくりしなよ」
「てめ…どう…いう…毒…か」
力がはいらなくなったゴズは完全に横になりスワンを睨む。
「毒だなんて物騒な。僕が渡したのは間違いなく回復薬だよ。モグリの薬師の力作さ。回復力だけなら正規の中級回復薬より何倍も効くはずだよ。…ただ傷を治すことだけに振りっきってるから、失血のダメージや傷の修復で使った生命力なんかの補填が全く考えられて無いんだよね。傷が深くて大きいほど、回復に一気に生命力を消費しちゃうんだ。 君の傷は結構深手だったから一気に直すと生命力が全然足りないだろうねぇ」
「……」
「あれ?…もう眠っちゃったかな?火かき棒を振り回すぐらいは期待していたんだけどねえ。まぁ末端とはいえ、一応は仲間だったんだからね。冥福くらい祈らせて貰うよ」
一瞬で祈りを終えるとスワンは扉の向こうで寝息を立てている騎士の気配を感じとり、肩を竦める。
「人も組織も、殺すのに毒なんて必要ないんだよ。それよりも厄介なものが、いくらだってあるんだから…」
回復薬の瓶を回収するとスワンは姿を消した。残ったのは眠るように息を引き取った 密偵の男、ゴズの遺体だけだった。




