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傾国の鉄宰〜ロストジェネレーション、ふざけた名前つけやがって。奪われ続けた俺たちが異世界で全てを取り戻す〜  作者: 高梨京司
辺境への赴任

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傾国の鉄宰 第二十四話 【オーケンの放逐】 〜ロストジェネレーションって何だ!

◇銀の月亭:密議◇


 ケインが口にした「任務(おねがい)」は、現状を鑑みれば当然のものが一つと、奇妙なものがもう一つだった。

 

 一つ目は、巧妙にオーケンを追い詰め、軍を追放しようとした副隊長ガストンについて。彼の息がかかっていない「信頼に足る仲間」と、彼に冷遇され「不遇をかこっている者たち」――敵の敵と成り得る者たちの名簿を書き上げること。


そして、二つ目は――。


「オーケン。あなたは『非道な子爵家の出涸らしの小僧に、家族共々街を追い出された悲劇の衛士』として、セブルスを去るのだとガストンたちに思い込ませなければなりません」


「……どうして、そのようなことを。これ以上ケイン様の、ひいてはハイデル子爵家の名が落ちれば、セブルスの街の統治にも影が差すでしょう」


「ええ。そう思って、()()も付け入る準備を始めるはずです」


 オーケンはケインの言葉の裏にある意図を察し、息を呑んだ。


「……潜り込んだ『ネズミ』を、おびき寄せるためですか?」


「残念ながら今回の件で、セブルスの街に不穏なネズミが住み着いていることははっきりしました。ですが、無闇に網を張っても、巣穴の奥までは見えません。ここは先人に倣って『ネズミは餌で誘き出す』のが一番です。何年もかけて少しずつ濁らせ、腐らせてきた統治への不満を、今回、親切で優秀な衛士(友人)を追放された不満を利用して、一気に領主家に向けさせる。そのための(ケイン)は、彼らにとって中々の御馳走だと思いませんか?」


 恐らくだが、ガストンたちは背後にいる敵対勢力(やつら)の指示の有無を、問わず、私利私欲のために軍を腐らせるだろう。それと同じことが行政でも行われていれば…いずれ街の守りと統治は瓦解する。そうなれば、敵対勢力(やつら)の思うつぼだ。

 

 その前に、内通者であるガストンや、孤児院『静寂の揺り籠』の院長を手掛かりに、セブルスの裏側を調べ尽くす。その報告を父に上げるか、あるいはケイン自身が動くかは、今後の時勢次第となる。


「とはいえ、今の僕には人心を完全に掌握するほどのカリスマも、敵を翻弄する神謀もありません。子爵家の威勢が(かげ)れば、さらに新たなネズミも寄ってくるでしょうが、現状、彼らを一網打尽にする力は、僕にもハイデル家にも……正直に言って、無い。数ヶ月、オーケンの追放を利用して、この街の内情を調べたいんですが…。そこが悩ましいところです」



 深刻な表情で実力不足を認めたケインだったが、ふと表情を和らげ、いたずらっぽく笑った。


「ですから、今回は『完勝』は諦めて、身の丈に合った『小さな勝利』で良しとしようと思います」

 

「小さな勝利…ですか?」


「そうです。被害を最小限に抑えつつ、可能な限り彼らの情報の糸口を集めます。そこからは時間をかけてゆっくりと『ネズミ』の住処を探します」


〈急いては事を仕損じる〉


ケインが年相応の笑顔を浮かべて語る『任務(おねがい)』の具体的な手順を聞き、オーケンは背筋に空寒いものを感じた。この少年は、自らの評判を泥に投げ打ってでも、実利と平和を毟り取ろうとしているのだ。

――だが、その覚悟が、今の自分には眩しかった。


「ケイン様にお仕えして初めての任務……このオーケン、全身全霊をもって務めさせていただきます!」


 オーケンは立ち上がり、右拳を固めて心臓の前に当てる『帝国騎士の正式敬礼』を執った。式典や謁見の場でしか使われないその格式高い所作は、彼がケインを単なる「主人の息子」ではなく、自身の「主君」として認めた証だった。


「オーケン。……顔が笑っているぞ」


ヴォルターの指摘にオーケンは驚き、自らの顔に触れる。それと同時に自分は笑っていたのかと妙に納得もした。オーケンが表情を引き締めたのを確認してケインは話を続ける。


「共闘できる人々を厳選し、情報が集まり次第、短期決戦でセブルスに巣食うネズミだけを駆除できれば、あとは『汚職官吏と腐敗軍部の摘発』という形で、子爵家の権限のみで話を収められます」


〈敵が大きな争いを求めるからといって、こちらも大きく受けるなどという決まりはない〉

(市民を巻き込んで暴動でも起こす気だろうけど、その前に芽を摘めれば、それに越したことはないからね)

〈いつの時代も、どんな場所でも搾取する側の考えることに大差はない。損害は少なく、利益を大きくだ〉

(搾取する側の人間を兵士として()()調()()出来れば最良なんだろう)


 脳内の二人の言葉に応えるように、ケインは小さく、だが力強く呟いた。


敵対勢力(やつら)の思い通りにはさせない」


 その言葉は、朝日が差し込む部屋の中に、確かな決意として響き渡った。



セブルスの街〜午後〜


 午後になり、セブルスの西門付近は異様な雰囲気に包まれていた。


 通りに跪くオーケンとボナイ。その後ろには、ケインの命令を受けたランゼルにより官舎から強引に連れ出されたオーケンの妻子が、粗末な荷馬車の前で立ち尽くしている。


「おい、見ろよ……本当にオーケンさんが追い出されるのか」


「あれが噂の子爵家の坊ちゃんか。噂通りの暴君じゃないか」


 遠巻きに眺める兵士や住人たちの視線は冷ややかだ。押し殺した非難の声はさざ波のように広がり、辺りを満たしていく。その様子に、ガストンは内心でほくそ笑んでいた。


 住民の不満に一切気付く素振りも見せず、ケインは馬車のステップに立つと、感情の失せた冷淡な態度で宣言した。


「今回の職務怠慢の罪、騎士ボナイの降格と元衛士オーケンの街からの退去をもって、以降は不問とする。早々にこの街から立ち去るがいい」


その言葉を合図に、馬車が動き出す。

オーケンは家族を馬車に乗せ、自らはその横を歩く。彼はかつての同僚や市民の間をわずかに手を挙げて挨拶とし、街を後にする。


「我々も、そろそろ失礼致します」


 街を去るオーケンの背中を無感動な眼差しで見送るケインに、『黎明の盾』のリーダー、ガルドが声を掛けた。周囲のセブルスの市民は冷ややかに二人の会話を聞いている。


「また近いうちにな。優秀な人材を見つけたらサクヤの街に連れてきてくれ。歓迎しよう」


「ありがとうございます」


 旅装を整えた他の五名も深く一礼すると、オーケンの後を追うように、黎明の盾のメンバーもまた西へと向かっていった。


「ケイン様。セブルス代官ギリム様と防衛隊長ウカジ様が、今回の件の謝罪のため『銀の月亭』にお見えです」


マイヤーの声にケインは頷き、側に控えていたガストンに声を掛ける。


「サクヤの街への出発は遅くなりそうだ」


「面目次第もございません。宿までお供させて頂きます」


慇懃な礼をとりながらガストンが申し出たが、ケインはそれを一蹴した。


「無用だ。そなたも暇ではあるまい。職務に戻れ」


「お気遣い、ありがとうございます。では、これにて。道中の御安全を願っております」


 敬礼をして踵を返すガストン。ケインが街を出るまで連れ回される覚悟をしていた彼は、内心とても驚いていた。


(……少しは気遣いができるのか。まあ、今更遅いがな)


 ケインとオーケンのやり取りを見ていた者の中には、ガストンの影響下にある者が多く紛れていた。

『ケインの横暴で命を落としかけたオーケンを、副隊長ガストンが懇願して追放という温情ある処遇に導いた』

そんな噂が一日と掛からずセブルスの街に広まるだろう。 


(思いがけないこともあったが、全体としては上出来だ。街の連中の不満は、あの役立たずの小僧とハイデル子爵家に押しつけてやる。内乱状態になれば、混乱に乗じて蜜を吸い尽くしてやるさ。他の貴族に所領を移される前にな。ふふふ……)

 満足げに街の中へと消えていくガストン。その姿が人混みに完全に紛れたのを確認し、ヴォルターがマイヤーに囁いた。


「街の者たちの反応は?」


「上々ね。失言も横柄な態度もとっていないのに、ガストンの息がかかった者たちのフィルターを通せば、完璧な『悪役』に見えたはずだわ」


「……今までの流言飛語の蓄積があるとはいえ、ケイン様の演技は大したものだな」


「ええ、ランゼル以上の役者だわ」


 好き勝手な評価を下す二人に文句の一つも言いたいケインだったが、二人は読唇術を警戒し、唇をほとんど動かさずに喉を震わせる技術で会話をしていたため、声を上げられずにいた。


『人の気も知らないで、もう……。こっちは顔の筋肉が痙攣しそうだっていうのに』


 日々の鍛錬に「腹話術」や「不可視発声」の訓練を取り入れようかと、ケインは本気で思い悩んでいた。


◇銀の月亭 居室内◇


 宿に戻ると、神経質そうな中肉中背の男と、オーガのような体躯を持つ大男が直立不動でケインを待っていた。入室したケインに立礼をとる二人。

 ケインがソファーの前に立つのを待って、中肉中背のセブルス代官ギリムが声を上げた。


「ケイン様。政務が立て込み、挨拶が遅れましたこと、平にご容赦を」


 改めて深く頭を下げるギリムに、ケインは穏やかに答える。


「今の私は、サクヤに赴任する一介の新米代官でしかありません。こちらこそ、先達であるギリム殿への挨拶が遅くなり、申し訳ございません」


「いえ。職位が同格であろうとも、ケイン様はタリム様のご子息。私が挨拶に伺うのが筋です」


互いに恐縮する二人に割り込む形で、防衛隊長のウカジが豪快に笑いながらギリムの肩を叩いた。


「まあまあ、ケイン様もギリム様も、固いことは言いっこなしにしましょうや!」


「お前は態度が砕けすぎなのだ。大体だな……」


 肩をさすりながら小言を漏らそうとするギリムを、ウカジが節くれ立った大きな手で制した。


「俺たちは仲が悪い……とまではいかなくても、互いに興味がないってことになっていますからね。長話は『ネズミ』どもの詮索を招くだけですよ。……それはさておき」


 ウカジは不意に表情を消すと、どさりと片膝をつき、ケインに深く頭を垂れた。


「今回の密偵への対応、遅れを取りましたこと、すべて私の責任でございます。申し訳ございません。それとオーケンの事…、誠にありがとうございます。ご恩に報いるべく、このウカジ、犬馬の労を惜しみません」


「謝罪は受け取りました。元よりウカジ殿の献身に疑いの余地もありません。時間も有りませんし、手短に話をしましょうか」


「「はっ!」」


二人が席に着くのを見て、ケインも座席に深く体を預け、ようやく肩の力を抜いた。


「……もう、顔の筋肉が引きつりそうだよ。マイヤー、例のものをお願い」


 差し出されたのは、オーケンが西門へ向かう直前の僅かな時間、必死の思いで書き上げた名簿だ。


「こちらの人間の身辺調査をお願いします。問題がなければ、来たるべき日のための『力』として活用して下さい」


 大まかな打ち合わせを合わしても十五分にも満たない時間で話は終わる。隣接地を治める代官同士の会合としてはかなり短い。ましてや主家の子息との謁見と捉えれば、異常なほど短い時間だ。

貴族の常識では、接見時間は相手への敬意の表れとされる。この短さは、端から見れば「双方が相手を軽んじている」という決定的な証拠になるだろう。


「我々はこれにて失礼させて頂きます」


「ガストンの吠え面を拝めないのは残念ですが、今回は部下からの報告だけで我慢するとしましょう」


そう言うと2人は足早に銀の月亭を後にした。程なくして、マイヤーから声が掛かる。


「ケイン様、そろそろお時間です」


ケインは大きく頷くと、ヴォルターとマイヤーを従え宿を出た。

車寄せに停まった馬車へ乗り込もうとした、その時。街道から鋭い声が響いた。


「しばしお待ちを!」


声の主を見れば、先ほど西門で別れたはずの『黎明の盾』リーダー、ガルドの姿があった。即座に、ケインとガルドの間へ護衛騎士が割って入る。

 それと同時に、ヴォルターの怒気を含んだ声が辺りに響き渡った。


「出立前とはいえ、子爵家の馬車を呼び止めるとは何事か!」


ヴォルターの声だ。軍隊と日々の鍛練で鍛え抜いた身体から発せられる咆哮は凄まじく、通行人たちも足を止め、街中の注目を一気に集めた。


「先ほど以来ですねガルド殿。いかがなさいました?」


ヴォルターと護衛騎士の後から声を上げるケインの声も必然と大きくなる。


(舞台は整ったね。あと一踏ん張りだよ)

〈ハイデル子爵家の存続と、領民の未来のために〉

『はい』


 セブルスの街で、最後の「幕」が上がる。

 空はどこまでも晴れ渡っている。出立が多少遅れたとしても、このぶんなら明るいうちにサクヤの街へ入れるだろう――。

 騎乗をやめ、馬の横で待機するランゼルは、静かにその光景を見守っていた。



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