「視える」
ヨミさんと出会ったのはシケた路地裏だった。
「今日はタクシーで帰った方がいいっス」
断ずる口調に思わず足が止まる。声の主を見ると、いかにもな格好をした占い師だった。ベールではっきりは見えないが、私と同じくらいの年齢の女性だろうか。
「なんで?」
「ここ2、3日男につけられてるっスよね。そいつ、今日襲う気っス」
「あたしを?」
「はいっス」
確かに最近誰かの気配を感じる。無視してもいいが、内容が内容だけにそういう気にもなれない。
「わかった。…で、いくら?」
「お代はいいっス。その金でタクシー拾ってください」
その日はタクシーで帰った。
翌日、女性を襲おうとした男が通行人に取り押さえられたというニュースをみた。
路地裏に足を運ぶと、やはり彼女はいた。客もおらずヒマそうに爪をいじっている。
「こんにちは。占い師さん」脇には、ヨミの占い、と手書きの看板があった。
占い師、ヨミさんはひょいと顔をあげた。
「昨日はありがとうね。おかげで助かった」
「いやー無事でなによりっス」
「ねぇ、アレって、占い?それとも予知能力ってやつ?」
「占いっス。今後もご贔屓に」
白い歯をみせ、ヨミさんはにこっと営業スマイルを浮かべた。
飲み代はすべて私持ち。その条件でヨミさんを飲みに誘った。
人気のない静かなバー。私の行きつけの店だ。マスターに無理を言って、しょうが焼きと白ご飯、味噌汁を出してもらった。
「バーじゃなくてもいいじゃん」カクテルをちびりと舐める。
「人混みが嫌いなんスよ。…あ、おいしい」ヨミさんはにこっと笑う。
ヨミさんはジーンズに、パーカーで化粧っ気はない、質素な格好。しかし、それを補って余りあるほど綺麗だった。体つきもちょっと羨ましくなるほどだ。
「で、ヨミさんはどうやって予知したの?」
「んー、だからアレは占いっス」
「あんな具体的な占い、ある?先のことが分かってたみたいじゃん。あと、飲みに誘ったのだって、ただただお礼言うためだけじゃないから」
「正直っスねー」
しばし沈黙。
やがてヨミさんはごくんとビールを飲み干し、グラスを手の内でくるりと回した。
「例えば他人の心の声が『視える』としたら、そんな力欲しいっスか?」
「うーん…、欲しい、かな。便利そう」
「それが視たくないモノだとしてもっスか?例えば、アイドルだって「大」はするっス。うちらがいま存在してるのは、親がえっちしたからっス。こーゆーのは、事実っスけど、わざわざ口にして欲しくはないっスよね」
「なるほど、確かに敢えて知りたくはないね。萎えるわ」
ヨミさんは、にへっと笑い、萎えーっス、呟いた。
「「どうやってホテルに連れてこー」とか「おっぱい揉みてー」とか「ヤりてー」とか。そりゃあ男だから仕方ないとは思うっスけど…聞きたくはないっス。マジで」
テーブルにうつ伏せ、ヨミさんはぷつぷつと言葉を紡ぐ。酔いが回ってきたのか、目の前にいる私の存在が薄れてきている。
「さみしいっス」
「ヨミさん、お水のむ?マスター!お水ちょうだい」
マスターが一礼して、水入りのグラスを2つ、席に運んでくる。
「「なにきどってんだよ」とか「色目つかってんなよ」とか、内心で毒を吐いてる人たちの表情は、満面の笑顔なんスよ。うち、そんな人らと上手くなんてやっていけないっス」
読めてきた。この子は、ヨミさんは予知をしていたわけじゃない。ただ、単に他人の心の声が「視える」んだ。それも本人の意思に関係なく。例え視たくなくても「視えて」しまうんだ。
「ヨミさん、お酒弱いでしょ?」
あと、極端にお酒に弱い。
ヨミさんは潤んだ瞳で私を見た。引き込まれそうな瞳の奥に、妖しげな光が覗く。
どくん。胸のうちを透かされた気がした。
ヨミさんはすっと私から視線をきった。
「だいじょーぶっス。酔ったら「ぼやける」んス」
席をたち、ヨミさんは万札をテーブルにおいた。そのまま出口へとまっすぐに向かう。酔っているとは思えないほど正確に。
「待ってよ!」
「久々に他人と話せて楽しかったっス。あなたはイイ人っスね」
あれからヨミさんとは一度も会っていない。
あのとき、ヨミさんは本当に酔っていたのか。その答えを確かめようにも、もはや術はない。




