ニール、きみこそ美しい
「ニール」
細身の青年が、ガールフレンドの名を呼ぶ。
「待った?」
呼吸を整え、抑えきれない喜びを込めて呼び掛ける。
「いいえ」凪いだ水面のような穏やかな声で、彼女は応じる。
「わたしも今きたところよ」
ふたりは絹に触れるように優しく、柔らかく、互いにふれあう。
一週間ぶりの再会。しかし、その僅かな別離でさえ、愛し合うふたりにとっては身を焼くほどの苦痛なのであった。
ニールが、その刃物のような爪で彼を傷つけないよう前足の位置をずらす。
彼はニールの銀色の鱗を一撫でし、彼女のつくったスペースに収まった。ちょうど、ニールが彼を抱きかかえるようなかたちだ。
銀色のドラゴンであるニール。そして、人間の彼。
ふたりの逢い引きの場所は、決まって森林の奥地だった。誰も来ない場所。ふたり以外は。
木々のすきまから暖かな日がさす。うららかなよく晴れた春の一日。
何気ない会話を交わすふたりは、まるで幸せの国の住人であるかのようだ。
ところが、彼が気づいた。
「ニール!どうしたんだ!この傷は?!」
彼の視線の先、ニールの前足には何か鋭い刃物で斬られたような傷があった。
「気にしないで…。ほら、わたしはこうして無事なんだから」
「そんなわけにいくか!まさか、またやつらが?!」
ニールは熱くなる彼に、ダイヤのようなその瞳を向ける。
「仕方ないのよ。わたしは、「かわってる」から…」
「くそっ」
彼はくやしそうに、みずからの腿を叩く。己の非力を嘆くかのように、責めるかのように。
「僕が、もっと強ければ!あいつらみたいに!」
「そんなこと言わないで」ニールがそっと彼の頬に、彼女の顔を近づける。「あいつらみたいになるなんて。そんな恐ろしいこと」
「ニール。僕が耐えられないのは、僕がきみの枷になることだ」
「わたしが耐えられないことは、あなたがその優しさを失うことよ」
ふたりは互いを労るように、見つめあった。
こうして時間は過ぎ、あっというまに日が落ちてきた。
「もう、いかないと」ニールが絞り出すように言う。
「ああ。そうだな」彼がニールの鱗を撫でる。
愛し合うふたりを引き離すもの、それは時間だ。
ニールと彼は再度の再会を願って別れた。
ニールの銀色の鱗が月光を浴びて輝く。
その時、雲の影からさっとなにか大きなものが飛び出してきた。ニールに向かって飛んでくる。
ドラゴンだ。鈍い淀んだ色の鱗が光る。その口にはぶらんっとナニかがくわえられている。哀れなその獲物は、どうやら狩られたばかりのようだ。血が滴り落ちている。
ニールが牙を剥き出す。
「まだそんなことをやっているの?!」
鈍色のドラゴンが、獲物をごくんと飲み込む。
「遊びさ。ただのな」
ニールが視線を巡らすと、周囲は大勢の同種たち、つまりドラゴンに囲まれていることに気づいた。
グググッ…。唸り声が、夜の闇に混じって響く。
どうやら「かわりもの」への制裁は、いよいよ一線を越えようとしているようだ。
ニールは思う。
どうかあなたはそのままの優しいあなたでいて欲しい、と。
鈍色のドラゴンが、咆哮をあげニールに向かって矢のように襲いかかる。
ニールは弧を描くように空中で身をかわす。そして、その勢いで鈍色ドラゴンの背に、爪を突き立てる。
鮮血が舞い散る。
ニールは誓う。
ドラゴンの支配するこの世界で、人であるあなたと添い遂げたいと。そしてそのための障害は、すべてこの爪と牙で引き裂いてやる、と。




