ジュテ~無?
とある駅ビルで買い物の最中、突然の便意に襲われた。やむなく小汚ないドアを押し開け、個室に駆け込む。
一息つき、腰を降ろしたまま個室の中を見渡すと、ヒドイ有り様だとわかった。有りとあらゆる落書きの数々。卑猥な文言、イラスト…。そのなかでも一際目を引くものがあった。
『ジュテーム?』
暗い朱色で、便器の真っ正面の壁にでかでかと書かれている。
ジュテーム。たしか、愛してる、とかそんな意味だったかな。腰をあげ、水を流して、ズボンをはく。さて、行くか。個室のドアノブに手を掛けた、その時、不意に背後から聞こえてきた。
「ジュテーム?」
背後に人が立てるようなスペースなどない。
「ジュテーム?」
なのにこの声は、まるで耳元で恋人が囁くかのように聞こえてくる。
ドアノブを回す。しかし、ただ空しく金属音を立てるのみ。力任せにドアを引くがびくともしない。
「ジュテーム?」
ぬかるみを歩くような、なにかを咀嚼するような不快極まる声で、尋ねてくる。
「ジュ、てー、ムぅ?」
「あ、アイしてる!だから、出してくれ!」
肩からドアにぶち当たり、個室から脱することができた。なりふり構わず、トイレのドアを目指す。
小汚ないドアに突進する。だが、開かない。ノブを回しても空を切るばかり。
「おィ」
野太い、獣を思わせる声。
「ヨ、よクモ、お、おレの、オんナに」ずるずる、と。なにかを引きずる音と共に、声の主が近づいてくる。
「イロめ、ツカいヤがッテ」
最期の最期まで、振り返ることはできなかった。




