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捧げる前にケーキをひとつ

 私には双子の姉がいる。クラスの誰それがカッコいいとかイケてるとか、浮かれたことばかりヌカすので正直鬱陶しかった。

 ところがある日を境に、ぴたりとそういう発言をやめた。加えて、ぽうっと蕩けたような目で遠くをみていることが増えた。

本命でもできたか。イイコトだ。

 とある冬。姉がインフルエンザに倒れた。

 自室にこもっていると、雪だるまみたいに着膨れた姉がやって来た。

「お願いがあんだけど」

「なに?」とげのある声が出る。勉強の邪魔をしないで欲しい。

「今日、窓開けてて」

「いや。寒いのになんでそんなこと、」

 姉は万札を取り出した。

「やるわよ」諭吉さまを受け取る。「網戸でいいでしょ」

 くしゅん!大きく、くしゃみをして姉は頷いた。

 

 ミルフィーユみたく布団を重ね、目を閉じる。寒い。開け放った窓から容赦なく寒気が入り込んでくる。

姉はなぜこんな馬鹿げたことを頼んだのだろう。熱のせいかしら?

 一万円で欲しいものを脳内でリストアップする。お菓子、漫画、ゲーム…。

 からから。網戸の開く音に、一気に覚醒する。

そこには、一人の男性。月明かりをバックに、音もなく私の部屋に降り立った。

「さ、行こうか」


 目覚めるとそこは見知らぬ部屋。私は白いシーツのベッドの上に横たえられていた。空調が効いているのか、部屋は温かい。

 ぐるりと視線を巡らすと、この部屋がかなり広いことが見てとれた。絨毯が一杯に敷き詰められ、猫足の机と椅子が一脚。隅にはなんと暖炉が明々と燃えていた。

「こんにちは」

 鈴の鳴るような綺麗な声。暖炉に目を奪われていた私の背後に、いつの間にか少女がたっていた。

 陶磁器を思わせる白く、あたたかみのある肌、黒髪は撫でたくなるほど艶めいている。どこぞの姫様めいた少女を前に、ださださの寝巻き姿の私はしどろもどろになってしまった。

 彼女はそっと私の手を取った。素肌のあたたかさが伝わり、気持ちが落ち着く。そうだ。いまはあたふたしてる場合じゃない。私は誘拐されたのだ。そして恐らくこの子も。

「あ!なにやってんだ」

 例の男がいた。灯りのもとで見るとかなりイケてる。だけど、誘拐犯、犯罪者だ。

 私は暖炉の火掻き棒を手に、剣のように男に突きつけた。

「私とこの子を家にかえし---」

「誤解があるみたいだな」男の手には火掻き棒。私の手は空っぽ。男はゆったりとした動きで、暖炉に棒を突き刺した。

「窓を開けてたってことはOKの証だと取り決めたはずだぞ」

「し、しらない!私はそんなこと」

「知らない?…てか、なんか雰囲気が違う」

 まさか。私の心に疑惑がもくもくと立ち上る。姉は私を「代役」として差し出したのでは?

 男は私と姉を勘違いしたのだ。つまり、姉はインフルでしんどい自分に代わって私に白羽の矢たてた。

 あいつ!沸き立つ怒り。しかし、それを抑えて恐怖が這い出してくる。私はいったい何をされるの?

 気づくと私はへたりこんでしまっていた。思いがけず、涙が頬を伝う。

 少女がやさしく私の背をなでる。男は見るからに狼狽えている。

「なにか食べる?」少女はそっと私に語りかけてきた。「気分が落ち着くかも」

「そうだな」我が意を得たりとばかりに男が声を張る。「なにが食いたい?」

「…なんでもいいの?」

「ああ」

「"マロン"のケーキ」

「わかるわ。あそこのケーキはおいしいもの」

少女が大きくうなずく。

「わかった。待ってろすぐ買ってくる」

「フルーツ盛り盛りのやつがいい…」


 驚くべきことに男は僅か5分ほどで包みを手に帰ってきた。

 やっぱり"マロン"は最高だ。甘いものが苦手だという男を除き、少女と共に舌鼓を打つ。

 食は進み、食べ終わりが近づくと、途端にまた恐怖が顔を出す。

 それを察してか少女がまた口火をきる。

「もう少しゆっくりしたいわ。あなたは何か好きなものとかある?」

「漫画が好き」

そういえば今日はお気に入りの作品の新刊発売日だ。 

「こんな時間に本屋なんか開いてるわけない。11時過ぎだぞ」

「駅前に24時間営業の本屋さんがあるわ」

少女が言う。

「私、"お願い、天使さま"の新刊がよみたい」

私は最近話題の漫画の名を口にした。

「ごりごりの少女漫画じゃないか。俺にそれを買ってこいと?」

私の言葉に、男は見るからに嫌そうな顔をした。

「おねがい」

少女がそっと手を合わせ、可愛らしくねだる。なるほど、おねだりってのはこうやるのか。

 

 またしても男はすぐに帰ってきた。紙袋いっぱいに漫画やら話題の書籍を詰め込んで。

「ほれ」ぶっきらぼうに漫画を手渡してきた。どうやら他の漫画と一緒に"お願い、天使さま"を買ったらしい。

「えっちな漫画を買う中学生じゃないんだから」

「なんか言ったか」

「なんにも…」

 私は漫画、少女は小難しそうな小説、男は雑誌をそれぞれに読む。

 ひとしきり楽しんだ。

 ここまでくると怖さはもはやだいぶ薄まる。

 …。

「あの~」

男が顔をあげる。

「ゲームしたいんですけど」

「なんか調子にのってきてないか」

「そんなわけないけど、やっぱりまだキンチョーするというか」

少女が誰ともなくうなずく。

男ははぁとこれ見よがしにため息をついた。

「これで最後だからな」

「ありがとう!じゃあ"Devils soul"と"猛獣ノ狩人"を、あ、P○4ある?」

「待ってろ、買ってくるから」


 十数分後には話題の最新作を楽しむことができた。

 一時間ほど経ったろうか。眠気が襲ってきた。ゲームを置く。

「そろそろ、あの、私、なにをしたらいいの?」

 私の言葉に、男の目がきらりと光る。

「別にあんたは何もしなくていい。ただ血を分けてくれれば」 

「血を?…まさか、あなたは吸血鬼…?」

 これまでの数々の常人離れした出来事。それも人じゃないならば腑に落ちる。

「安心しろ。痛みはないらしいから」

男が腰をあげる。私は思わず後ずさる。

「そ、その私男の人に、えっと首、首でしょ?吸うのって。それは恥ずかしいというか…」

 とすん。少女が後ずさる私を受け止める。

「彼じゃないわ」

鈴の鳴るような澄んだ声。

 にっこりと微笑む彼女の桃色の唇から覗く、鋭い牙。

 男がその場に膝をつく。もちろん私に対してではない。

 どうやら彼女は、か弱い囚われのお姫様ではなかったらしい。


 翌朝、日の登る頃、私は自宅のベッドに横になっていた。机の上には漫画とゲームの山。

 血を吸われる感覚は、なんとも言えず背徳的なものだった。時おり、姉がぽうっと惚けていた理由はこれだったのだ。

 とんとん。ノックの音。返事を待たずドアがあく。雪だるまと化した姉が顔を覗かせる。

「どうだった?」

黙って枕を投げつける。怖がらせた罰だ。

「許してよ。インフルのせいで協力できなかったら、あの人たち困っちゃうから」ごほごほと咳き込みながら弁解する姉。

「許さない」

「どうやったら許してくれるのよ」

私はベッドから身体を起こし、そっと自分の首筋を撫でた。

「今度から私も連れていくこと。それが条件よ」

 なんだか面白くなってきた。そんな予感がする。


 

 

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