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人が木になるとき

 人が木になる。これを奇病と呼ばずになんと言えばいいのか。

 20××年、春。春風が種子を運ぶように、その病の種もばらまかれた。

 世界中で突如として、人が一本の木になるという現象が起こり始めた。差別だらけのこの世で、この病気、以下樹化という、だけは「公平」に広がった。肌の色、宗教、思想、国、地域の別なく樹化の嵐は吹き荒れ、人々を恐怖に陥れた。

 僕の話は、樹化の恐怖を「仕方ない」と人々がやや諦念を覚えてきた、そんな終末染みた感じではじまる。

 朝、目覚めると家族が、全員、樹化していた。僕を除いて。

 両親の寝室には2本の木が寄り添うようにそびえ、妹の部屋にはまだ細い木が弱々しく生えていた。

 樹化には、苦痛は伴わないと聞く。まさに成仏するかのように穏やかに木になるのだと、政府系のニュースが告げていたことを思い出す。

「痛くなかった?苦しくはない?」

 両親だった木にそっと触れる。なめらかな木肌。体温は、感じない。

「漫画、ごめんな借りパクしてて」

 妹だった木の足元、根本に漫画本を置く。

 

 家を出、徒歩で役所へと向かう。家族が樹化した時には、届け出をしないといけないのだ。そうしないと補助が受けられない。

 住宅街の至るところに林立する木、木、木。かつての人。 

 樹化は思わぬ形で人に大打撃を与えた。例えば、道のど真ん中で樹化した木があるとしよう。ちょうど僕の歩いている道にも、たくさんの「木」が生えている。

 当然、道路は使えない。木が道を塞いでいるから。斬り倒せばいい?もしかしたら元の人に戻れるかもしれないのに?よしんば戻れないにしても、意識があったら?

 愛する家族が、恋人が切り刻まれる様を黙ってみている人などいない。

 こうして交通は麻痺していった。道路だけでなく、滑走路にも木はあるらしく、飛行機も使うに使えない。電車も、然りだ。

 そんなわけで僕は徒歩でえっちほっちら役所を目指していた。

「あれ?どうしたの?学校は?」

 突然声をかけられる。見ると、そこにはクラスメートの楓さんがいた。私服姿を見るのは初めてだったので、一瞬だれかわからなかった。

「おはよう。家族がちょっとね…」

 楓さんははっと目を見開き、しゅんと項垂れた。

「そうなんだ。…ごめんね」

「いや、楓さんのせいじゃないしさ、謝らないでよ。それより、楓さんは?…もしかして」

「うん。わたしンとこもね」にへっと笑う。

「じゃあ、今から役所?」

「よかったら一緒に行かない?」

「そうだね。お供するよ」

 僕と楓さんはならんで歩きだした。


 役所までは、徒歩で一時間はかかる。他にも樹化した家族の申請に向かう人がいると考えると丸1日潰れることは覚悟しないといけない。

 コンビニで朝食を買い、もそもそと食べ歩く。僕はおにぎり、楓さんはパン。

「でもまさか自分ン家がこうなるとはねぇ」

 楓さんはのんびりと呟いた。まるでちょっとコンビニに買い物にいくかのように。

 当初こそ樹化はまさに恐怖の代名詞だった。今でこそやや落ち着いてはいるが、それを抜きにしても楓さんは場違いな空気を醸し出している。

 まるで家族が木になったことを意に介していない。ように見える。

「不思議?」楓さんがいう。

「なにが?」僕が答える。

「わたしが、薄情に見える?家族が木になったのに、ぜーんぜん気にしてないみたいだから」

「うん」

 楓さんは、にへっと笑った。

「でも、木だよ木。しょーじき、そこらの山に生えてるやつとなーにも違いがわかんないの。…ドッキリ大成功ってな感じでひょっこり出てくるンじゃないかって、まだ信じてる部分があンだよねー、わたし」

「それは思うよ、僕も」

 誰も、樹化の瞬間を、人が木になる瞬間を、知らない。見ていない。どんなカメラでもそれを捉えられないのだ。忍法変わり身の術で入れ替わったみたいだ。

「なんなんだろうね、樹化って」

 楓さんはふー……っと大きく息をついた。

「木になっちゃいました!…ってふざけてンのかね、カミサマは。ヤるならもうちょい分かりやすくしてよねー」

「分かりやすく…って?」

 不穏な気配に、僕の背筋に寒いものが走る。

「死体の1つでも転がせってねー」

 笑顔の楓さん。

 僕は沈黙で応じるしかなかった。楓さんの笑みは、毒針を砂糖でコーティングしてるようだったから。 

「これまで散々ヒトのこと虐めといて、ふいっと木になるなんて、ズルいよ」

「ズルい?」

「やり返せないじゃン?今までのカリをねー。木だったら反撃しがいがないじゃン?」

 役所まではあと少し。

 僕はさりげなく視線を落とす。楓さんの手は包帯で覆われている。微かに血が滲んでいるのが見てとれる。まるで、バットか何かをずっと降り下ろし続けたあとのようだ。

 役所が見えてきた。

「わたし、思うンだけどねー」楓さんがいう。

「…」僕は黙って頷く。

「やましいとこがある人間が樹化するンじゃないかな」

「やましいって…」

「例えばー、不倫してますーとか会社のカネ使い込みましたーとか……ヒトを殺しましたーとか」

「僕だって聖人君子じゃないよ。なんで僕だけ無事なのさ」

 役所はもう目前。

「そうだね。きっと、「真っ白」なヒトなんていないンだよ。だからキット必ず、ヒトはみーんな木になっちゃうね。時期がずれてるだけでねー」

 役所の入り口をふたりでくぐる。人で溢れている。

家族が樹化すると、補助金を受け取れる。しかし、本当にその木が、その家族の一員だったのかはわからない。なにせ木だから。

 樹化が蔓延した後、樹化による補助申請が激増した。多くの人が消えた。いや木になった。本当に?

 タダ、ジメンノシタニデモウマッテイルダケナンジャナイノ?

 樹化申請は地区によって申請場所が異なる。僕は2階、楓さんは1階。

「じゃあね」ひらりと手をふって楓さんは人混みに、樹化申請待ちの人々の列に紛れる。

 役所のなかは怒声が飛び交っている。樹化申請が下りなかった人が、職員に詰め寄っている。血走った目で。

 僕は列の最後尾に付き、ふと視線を階下にめぐらす。

 楓さんの姿はなく、樹化を逃れた人々の、どろりとした熱だけがこもっていた。 

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