射抜いて!鈴木さん
卒業式。ひとつ年下の後輩から校舎裏に呼び出された。
高まる鼓動、膨らむ妄想。風船みたいにふわふわとした足取りで向かう。
満開前の桜がさわさわと揺れる。すこし陰った校舎裏に後輩の鈴木がいた。小柄ながら、ぴんっと伸びた背筋が凛として堂々たる風格がある。
「来ていただいて恐縮です、先輩」
ハキハキした物言い。個人的には照れているくらいがよかったのだが、鈴木のキャラ的にそれは似合わないと思い直す。
「どうした。こんなトコに呼び出して」一応、聞く。
「はい、実は先輩にどうしてもお伝えしたいことがございまして」
「うんうん」
「私と、」
「わかった!」
思わず、言葉が先走った。
「すまん。つい焦ってしまって」
「いえ。それよりも私は嬉しいです」気持ちが高ぶっているのか、頬を赤くして鈴木が言葉をつぐ。「先輩も同じことを考えていただなんて」
「俺もだ」ここは熱い抱擁からの…。リップあったっけ?
「では早速弓道場に向かいましょう。いざ勝負です」
明後日の方向に事態が転がる。
いい忘れたが俺と鈴木は弓道部の先輩後輩なのだ。
「勝負?弓の?」
「はい」他になにが?と言わんばかりに言い切る鈴木。
「もっとこう、薔薇色の」
「なんです?薔薇って」
キョトンとする鈴木を見て、そして一足早く春気分だった自分を振り返り、急激に羞恥が襲ってきた。
俺はとんだ勘違い野郎だ。だが、待て。この状況で、「そう」じゃないと思えるヤツの方がオカシイ。
「思わせ振りすぎんだろ」
「先輩のことは好きですよ」
さらりとメガトン級の発言が飛び出す。目をむく俺に対し、鈴木はどこ吹く風だ。
「先輩+弓道=好き、です」
「弓ありきかよ。引いたからどうなる?」それでも顔がにやける。
「先輩+弓道-先輩=青春、です」
「そっちじゃなくて」
「先輩+弓道-弓道=先輩、です」
「…どう捉えたらいい?」
「お好きに」
「勘違いするぞ」
「それはダメです」
鼻っ柱を折られ、膝の力が抜ける。
鈴木と初めて会ったのは部活のオリエンテーションの後だった。
無駄に背の高い俺は、袴が似合うというただその一点でオリエンテーションに参加させられ、新入生の前で弓を引かされた。いい見世物だ。
弓道場前で、当時の先輩たちとあーだこーだとくっちゃべっていた時、鈴木がやってきた。たった一人で、凛と背筋を伸ばして。そしてこう言いきった。
「袴が着たいです」
そんな彼女がいまや現部長だ。
がらんとした弓道場。顧問に事情を説明するとあっさり許可がおりた。どうやら過去に何度かこういうことがあったらしい。
袴に着替えると、何故か気持ちが引き締まる。不思議なもんだ。
「お待たせしました」
鈴木が弓を手にさっそうと現れた。鈴木に袴はよく似合う。武家の娘っぽい。
「やるか」
「はい」
言葉少なく、勝負に入る。
入部当時、鈴木は持ち前のクールビューティーさを遺憾なく発揮した。そっけない物言い、人に流されない我が道を行く姿勢、そしてなにより近寄りがたい美人。遠巻きにされたわけでも、したわけでもなく、ただなんとなく鈴木は輪から外れていた。
教育係と勝手に任命されていた俺は、彼女をなんとか輪に入れようと努力した。その結果わかったのは、鈴木は極度の人見知りだということだった。
そこで俺はあえてバカを演じ、あくまでわざと!、鈴木に突っ込ませるという手段をとった。この漫才作戦がハマッた。
鈴木はどんなボケも拾ってくれるツッコミの名手として、一方俺は希代のアホとして弓道部の歴史に名を刻んだ。
弓道場は小高い丘の上にある。そこに続く道には長い石段があり、両脇の坂に植えられた木々が心地よい影を作ってくれる。
段違いで腰を降ろし、ジュースを飲む。思いがけない引退試合。結果は芳しくなかったとはいえ、どこか清々しい。
木漏れ日に向かって掌をかざす。片目を閉じると、掌を通して向こう側の風景が透けてみえる。
「先輩。大学でも弓を続けるのですか?」
「わからん。迷ってる」
大学には合格した。地元から離れた都会の大学で、実力的に厳しいと思っていたが、どうも運が味方をしてくれたらしい。
「先輩の人生ですから私がとやかく言う権利はありませんが、辞めてしまうとしたら残念です。本当に」
本当に、という言葉を、鈴木は噛み締めるようにゆっくりといった。
「わたしが弓道をはじめるきっかけは先輩なのです」
「初耳だ。てっきり袴着たさの興味本意だとばかり」
「それもありましたけど、一番は袴姿の先輩を見て『カッコいい』ってびびっと来たからなのです」
「初めて言われた台詞だな、カッコいいなんて」
「わたし、中学生の時は勉強オンリーの生活でした。学校では授業を受けて、帰ってまた勉強して…。高校でもそれでいいって思ってました。でもオリエンテーションで袴を着た先輩を見て、あんな風になりたいって感じたんです。気がついたら道場に足を運んでました」
鈴木はやわらかい視線を宙に向け、滔々と言葉を紡いだ。俺はといえば、猛烈な照れで脳内回線がこんがらがっていた。
今までの付き合いから、鈴木は言葉を飾らない性格だと知っていた。鈴木が「カッコいい」と言えばそれは本当に「カッコいい」のだ。少なくとも鈴木はそうだと確信している。
「なるほど、それで俺+弓道=好きってわけか」
好き=ライク。もしかするとサンキューの意味も入っているのかもしれない。
茶化すように水を向けると、鈴木はすんっと鼻をならした。
「解釈は自由ですから」
今さらだが、今日の鈴木はなんか通常営業じゃない。いつもの明瞭さのなかに、どこかつかみどころのなさが加わっている。
「好き、の解釈はそれぞれです。音楽でもパクチーでも間違いじゃありませんから」
「パクチーは苦手だ」
「わたしは好きです。L.i.k.eです」
「弓道は?」
「Likeです」
「俺は?」とは言えない。そこまで自信過剰ではない。
会話が途切れ、さわさわと木々の揺れる音だけがやけに大きく響く。
気まずい。漫才作戦で駄々滑りした帰り道でさえ、これほどではなかった。ちらりと鈴木をみる。相変わらず涼しげな…。
いや、そうじゃない。耳たぶが朱色に染まってる。直球な物言いに定評のある鈴木。だけど、鈴木はロボットじゃない。照れもするし、強がりだってする。そしてそもそも彼女は人見知りなのだった。本当に口にしたいことが上手く言えないことだってある、はずだ。
「鈴木」
「はい」
「俺は鈴木が好きだ」
と、不意におーいと声がかかる。見れば石段の上から部員が俺たちに向かって手を振っていた。わいわいと道場が賑わっている。どうやら他の卒業生たちも集合し始めたようだ。
間の悪い!と思いつつ、すぐ行く、と応じる。
鈴木は駄々っ子のように石段の上に腰をかけたままだ。
「先輩、いまの好きは…」
「解釈は自由だ。だけど、好きなだけ勘違いしてくれていい」
石段を1つ飛ばしで駆け上がる。なんだか羽でも生えたように身体が軽い。
「鈴木、来ないのか?」
「いえ、その…」鈴木は俺に背をむけたまま座り込んでいる。「もう少し余韻にひたらせてください」
「わかった」
ひょいひょいと石段を上ってる最中、不意に背中に声がかかった。
「すぐに行きます。だからよろしくお願いします」
「どう捉えたらいい?」
「お好きに。でも、ラブの方向です」
さらさらと柔らかな髪が風に揺れる。鈴木は今までで一番の笑顔ではにかんだ。




