一本背負い、のぞく胸元
早朝6時半。朝練するために、眠気をこらえて自転車をこいでいると「おーい」とお呼びの声がかかった。その場で止まるとすたすたと女の子が近寄ってきた。同じクラスの子だ。
「おはよう。朝練?」
俺の挨拶にAさんはにっと笑った。小柄な身体には少し大きな学生鞄をぶら下げて。
「テニス部ってけっこう早い時間にやってんだねー」
「いや、早いのは柔道部もでしょ」
実際柔道部は早い。テニス部の朝練も来る来ないは自由だが、柔道部はほぼ強制らしい。その成果もあってか柔道部は全国出場の常連だ。地区どまりの弱小のテニス部とは比較するのもおこがましい。
「まぁそうだけどね。これから校内10周、まじゆーうつ」
Aさんはいやいやと手を振った。
「陸上部並みだね」
「そのあとみっちり練習あるし、陸上に転部しようかな」
流石に本気ではない。Aさんは柔道部女子のなかでもそうとう強い方らしい。何度か表彰されているのを朝礼で見たことがある。
学校についてじゃあねと別れた。練習中、叫ぶような大声で柔道部がランニングをしてるのを見かけた。その中からAさんが俺によっと手をあげてきた。俺もそれに答えて手を振る。
なにやってんだ!と先輩から怒られた。たぶん、Aさんも怒られてた。
それから毎日Aさんと遭遇するようになった。合流してから学校までの10分ほど、俺とAさんは歩いてなんてことない話を交わした。部活のこと、宿題のこと、先生のこと。
「このまえテニス部、野球部とけんかしてなかった?」
「新入部員が野球部の外野部分にコート立てちゃってさ、詰められた」
「数学の宿題、どうだった?」
「おれ、やってない。写させて」
「いいけど、わたしも白紙なんだけど」
「やってないじゃん」
「○先生にめっちゃ怒られたんですけど」
「そりゃいっつも寝てるし」
「朝練きっついんだもん、いってくんない、うちの顧問に」
「無理。おれまだ死にたくない」
体育の授業科目が変更になった。男女合同の柔道だ。受身の練習をみっちりさせられたあと、ペアを組んでの技の練習になった。一本背負いだ。
こういう場合の常としておれは柔道部員のペアになるのだけは避け続けた。
その時、ぽんっと誰かがおれの肩をつかんだ。Aさんだった。女の子とは思えないほどの握力。
「やろっか」
小さな柔道着姿の悪魔がいた。
「こういうときにさ」襟元と袖口を互いに掴んだ状態でAさんは口を開く。「柔道部と組むのみんな嫌がるけど、それって損なんだよね」
ふんっと短く気合をいれ、Aさんがおれを投げ飛ばす。綺麗に世界が一回転した。受身をとり、天井を見上げる。
「どうよ」Aさんが俺の視界にひょいと入ってきた。
「いや、なんていうかきれーにまわったなーって」
Aさんは満足げにうなずいた。
「下手くそに投げられると痛いよー、こういう時は部員と組むのが一番だって」
「なるほど、そのとおりだわ」
立ち上がって再びAさんと組む。考えてみるとここまで女子と接近して、かつ柔道着とは言え服を掴んでいるなんて状況はこれまでの人生、ない。どきどきしてきた。
「ほら、さっさと投げて」
Aさんの声ではっと現実に戻る。教わった通りに脚をかけ、ぐっと力をこめてAさんを投げる。
おそらく、というか十中八九、Aさんのなんらかの補助があったと思う。しかし、それでもキレイに一本背負いが決まった。
ちなみに俺は襟元をはなさなかった。そのせいでAさんの胸もとがはだけてしまった。
「あっ」
つい視線が「そこ」集まる。そこには・・・厚手の白シャツがしっかり着込まれていた。
当たり前といえば当たり前だ。
俺の視線に気づいたのか、Aさんはぴょんっと自分で立ち上がり。ささっと柔道着を直してしまった。
俺は気まずさと恥ずかしさでかっーと熱くなった。おれは馬鹿か。なんであんなじろじろと見たんだ。
Aさんは襟元をしっかり手繰り寄せ、帯をぐっぐっと締めた。
「さ、もう一本いっとこか」
「はい・・・」
おれの世界は再びきれいに回った。少し強めに勢いよく。




