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待つ身はつらく、しかし楽し

 叔父は親戚一同から見放されていた。若い頃、良家のお嬢様との婚約を一方的に破棄したのがきっかけだっと聞く。それで別の想い人と結ばれた、なんてことならまだ美談と捉えることもできた。しかし、叔父は結局生涯結婚はしなかった。

「顔だけはよかったからな。遊びたかったんだろ」親戚はそう吐き捨てた。美男子だった叔父へのやっかみに思えなくもない。

 俺はそんな叔父の家に挨拶にきていた。○大学に合格し、1人暮らしをするにあたって生活費の一部を工面してくれるのだという。

 家の中は異様なほど整理されていた。と、いうよりはモノがない。まるで引越しする前みたいだ。

「綺麗に片付いていますね」

じろじろ見るのもどうかと思ったが、やはり気になる。夜逃げでもする気なのか。

叔父はあぁ、と気のない返事を返してきた。

「△△や。この家を下宿替わりに使えばよい」

唐突な申し出に俺は驚いた。しかし、よく知りもしない叔父の家にやっかいになるなどゴメンだ。それに俺は1人暮らしがしたいのだ。

「あの、申し出はありがたいのですが、そんなご迷惑をおかけするわけには」

「心配するな。明日にはわしはおらんくなる」

いま、話題の認知症か。これは厄介だ。

「わしがおかしくなったと思うか。まぁそう思ってもらって構わん。しかし、今日だけは放っておいてくれ」

静かで、淡々とはしていたが妙な迫力があった。俺は思わず頷いた。


 惣菜で簡単に夕食を済ませ、特に会話もなく夜更けになった。叔父は居間で、俺はふすまを隔てて和室で横になっていた。

 カバンを枕にスマホをいじる。両親に叔父がいよいよおかしくなったことは明日言おう。

 と、ふすまの隙間から急に灯が和室に漏れこんできた。叔父が起きたのだろうか。何気なくふすまを開く。

 そこには、叔父、そして見知らぬ女性が立っていた。その女性の周りを取り囲むように蛍のひかりのような柔らかな灯が漂っている。

「おひさしぶりです。長らくお待たせいたしました」女性がそっと細い指で目元をぬぐう。真珠のような涙がころり、と床に落ちる。その涙は『ころころと居間を転がっていった』。

叔父は女性の肩にそっと手を置いた。労わるように。女性の手が叔父のやせ細った手に重ねられる。

「こうして再開出来る日を想うと、待つ身も楽しいものです」

俺の目の錯覚だろうか、老いた叔父の姿に一瞬、凛々しい青年の影がかさなったように見えたのは。

 女性と叔父はまるで長年の連れ合いのように、自然に手に手を取り合った。

「ゆきましょう」

女性が鈴のような声でそう言った。


 翌朝、俺が目覚めると居間にいたはずの叔父はいなくなっていた。その後親戚一同が探したが、ついに叔父の行方を突き止めることはできなかった。

 叔父はきっと「人」には見つけられない場所に行ったのだろう。あの女性と一緒に。

 叔父の家にただ一つ残された「真珠」を手に、俺はそんなことを考えていた。


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