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フェンス

 かつてこの国にはミンシュシュギというものがあったらしい。

 

 ある日、巨大なフェンスが日本を分断した。前触れなく、躊躇なく、容赦なく、見境なく、配慮なく。

 当然猛烈な反発が起こった。

 菓子に集る蟻のように、フェンスに群衆が群がった。

 そして人々は思い知らされる。武器を持った公権力の力を。

「警告する。直ちにフェンスから離れよ。この警告を無視した場合、我々報国軍は武力を以てこれを排除する」

迷彩柄の男が叫ぶ。

しかし、民衆には届かない。

 銃声。

 空に向けて放たれたそれも、興奮した人々の耳には入らない。

「…撃て!」

 光る銃口、飛び散る血渋き。

 記憶からついぞ忘れ去られていた、「死」の一文字が、明確にその醜い顔を表す。

 散り散りになる民衆。そして残されたのは死体と、巨大に聳え立つフェンスのみだった。


「元気?」

「相変わらずだよ。そっちも元気そうで何よりだよ」

フェンスの隙間を通して指を絡め、恋人同士だろうか、若いふたりは再会を喜んだ。

 フェンス建設後、日本はかつての鎖国状態よろしく、殻に籠った。国民はフェンス内でのみ生活を許され、フェンス外へいくことは固く禁じられた。もちろん、海外などは論外だ。

 例え恋人でも、親子であっても、フェンスによって分断されてしまったら、もう抱き合うことはできない。せいぜい、あの恋人たちのように顔を合わせ、互いの無事を報告する程度しか術がない。

 フェンスを破ろうとする者には、等間隔に並び立つ報国軍兵士が容赦なく銃弾を浴びせた。しかし一方で、フェンスさえ壊そうとしなければ彼らは何もしなかった。

 フェンスは切れ目なく続いており、その果てを知るものはいない。

 基地局や放送局などは日本国直下の軍隊である報国軍によって制圧され、国営化された。インターネットは使用不可となり、当然衛星画像などは入手しようがなくなった。

 悪いことばかりではない。

強権を得た政府は次々と革新的な政策を実行にうつした。それらは少なからず国民に恩恵をもたらした。

 フェンス建設後、フェンスがなかった時代を知らない世代が誕生し始めた。彼らはいう。フェンスがない頃なんて想像もできないと。

 とある老人と孫の会話。

「20××年代の犯罪統計とかみるとビビる。毎日なんしかの犯罪が起こってるし。怖いよー」

「確かにね。だけどその時代には少なくとも「自由」があったんだよ」

武装した兵士たちが巡回するフェンスのなかには、確かに秩序が存在している。犯罪数は激減した。

「自由?毎日平和に過ごすこともできないのが自由?」

「今の若い世代は鳥かごの鳥だよ。羽を切り落とされて、その上に籠で一生を過ごす鳥だ。安全だが、自由はない。わしらにとっては窮屈だと感じるんだよ」

「わかんないなー。安全なら自由なんかいらないじゃんか」


孫は、本を知らない。政府発行の娯楽紙はあるが、勧善懲悪ばかりだ。

孫は、世界をしらない。フェンスのなかだけが全てだと思っている。未知の国へ足をいれる興奮を、感動を知らない。

孫は、自由を知らない。


 最後に老人はこう締め括る。

「まあ、平和に勝るものはないからな…」


 

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