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恩返し

「なるほど」

 地方の小さな営業所。そこの所長は神妙にうなずいた。彼の前にはひとりの若い女性。大人しそうな、美人だ。

「はい。夜道で他に移動手段もなく、財布もおとしてしまい、困り果てていた私を、その運転手の方が、ご親切にものせてくださったのです」

 一息で言い切り、女性は悩ましげに息をついた。所長は業務日誌をぺらぺらとめくり、彼女の言う日付に現場を走っていたタクシーを探す。やがて、彼の手が止まった。

「あぁ、ありました、ありました。○○ですね、あなたがおっしゃっているのは」

「本当ですか?!」

「間違いないでしょう。ただ、彼は都合で退職してしまったんですよ」

「では、住所を教えていただけませんか?是非ともオレイがしたいのです」

 食いぎみに、女性が意気込む。

 所長は内心うなっていた。個人情報うんぬんの時代だ。いくら美談とはいえ、退職した従業員の住所を教えてもいいものだろうか。もっとも、転居しているかもしれないが。

「お願いします!」

 女性が土下座せんばかりの勢いで身を乗り出す。目が、綺麗な、その瞳は血走っている。指は真っ白になるほど握りこんでいるのがはっきりわかった。

「そこまでいうなら…。ただ、内緒にしてくださいよ」

 ○○の住所がかかれたメモを手渡す。

 女性はメモを手とると、じっとそれに視線を落とす。能面のような、色のない、しかし妙な熱を放つ表情。

 所長の背に冷たい汗がひとつ、流れる。

「ありがとうございます」ぽつり、と。しぼりだすように。

「これでやっと『オレイ』ができますわ」

 女性はにっこりと笑った。

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