『最初の一枚』【5】
――武闘都市ヴァルガス。
巨大な闘技場を中心に栄える、
強者たちの街。
その日。
年に一度の大武闘祭は、
かつてない熱気に包まれていた。
観客「うおおおおおお!!」
観客「王者ァァァ!!」
観客「十一連覇だァァァ!!」
割れんばかりの歓声。
そして――
シオン「……ここか」
ようやくヴァルガスへ辿り着いたシオンは、
その歓声に導かれるように、
闘技場へと駆け込んだ。
係員「おい! 走るな!」
シオン「すまない!」
階段を駆け上がる。
通路を抜け――
視界が開けた。
シオン「――!」
巨大な円形闘技場。
数万人もの観客。
そして、
中央に立つ二人の男。
実況「さァァァ!!」
実況「ついに迎えました、大武闘祭決勝戦!!」
シオン「…………」
間に合った。
実況「まずは!!」
実況「十年間負け知らず!!」
実況「この大武闘祭を十年に渡り制し続ける絶対王者ァァァ!!」
王者が、
巨大な剣を掲げる。
観客「うおおおおおお!!!」
実況「そして対するは――!!」
実況「今大会最大の異端!!」
実況「一回戦から準決勝まで、名だたる強者をことごとく一撃で沈めてきた謎の剣士!!」
シオン「…………!」
実況「名乗った名はただ一つ!!」
実況「――Aァァァァァ!!!」
シオン「――!!」
男が、
ゆっくりと顔を上げる。
頬には――
“A”。
シオン「…………」
間違いない。
探していた印。
《凶宴-CARD》。
十三枚のうちの一枚。
だが――
シオンが息を呑んだ理由は、
それだけではなかった。
No.A「…………」
その顔。
その姿。
そして、
何より――
あの目。
シオン「……こいつ……」
脳裏に、
数年前の光景が蘇る。
燃える街。
崩れ落ちる建物。
逃げ惑う民。
泣き叫ぶ声。
そして――
王城の前に立つ、
十三人。
シオン「…………っ」
あの日。
王城から見下ろしていた自分と、
一瞬だけ目が合った男。
シオン「……あの時の……」
胸の奥から、
熱いものが込み上げる。
父の亡骸。
崩れた王城。
瓦礫に埋もれた街。
失われた、
数え切れない命。
シオン「…………!」
無意識に、
拳を強く握り締めていた。
やっと。
やっと見つけた。
父を殺した者たち。
国を滅ぼした者たち。
その一人が――
今、
目の前にいる。
実況「両者!!」
実況「構えェェェ!!」
王者「…………」
巨大な剣を構える王者。
対して――
No.Aは、
静かに剣を抜いた。
シオン「…………」
殺したい。
今すぐ、
あの場所へ飛び降りてでも。
その剣を抜いて、
斬りかかりたい。
だが――
実況「それではァァァ!!」
シオン「――!」
カァァァン!!
開始を告げるゴングが、
闘技場に響き渡った。
観客「うおおおおおお!!!」
王者「行くぞォォォ!!」
絶対王者が、
地面を蹴る。
十年間、
誰にも敗れなかった男。
その巨体からは想像もできない速度で、
No.Aへ迫る。
巨大な剣が、
振り上げられる。
王者「――ッ!!」
No.A「…………」
次の瞬間。
――ズバッ。
シオン「……え?」
王者「…………」
No.Aは――
すでに、
王者の背後に立っていた。
王者「…………がっ」
ドサッ。
巨体が、
地面へ倒れる。
シオン「…………」
観客「…………」
実況「…………」
誰も、
声を出さない。
何が起きたのか。
理解できていない。
実況「…………え?」
闘技場に、
実況者の声だけが響いた。
実況「…………」
実況「け……」
実況「決着ゥゥゥ――――!!!」
観客「――!!?」
実況「一撃!!」
実況「またしても一撃ィィィ!!」
実況「十年間負け知らず!!」
実況「大武闘祭の絶対王者がァァァ!!」
実況「たった一撃で沈んだァァァァァ!!!」
観客「…………」
実況「…………」
実況「……えー」
観客「…………」
実況「本来なら!!」
実況「まだ夕刻まで大会を予定していたのですがァァァ!!」
観客「…………」
実況「終わってしまいましたァァァ!!!」
観客「…………」
実況「ど、どうするんだこれェェェ!!」
観客「わははははは!!」
観客席に、
ようやく笑いと歓声が戻る。
実況「優勝は――A!!」
実況「突如現れた謎の剣士が、名だたる猛者を全員一撃で沈め!!」
実況「大武闘祭を制したァァァ!!」
No.A「…………」
歓声にも、
優勝にも、
興味を示さない。
No.Aは、
静かに剣を収める。
そして、
闘技場を去ろうとする。
その時――
シオン「――待て!!」
No.A「…………」
シオンの声が、
闘技場へ響いた。
観客「?」
実況「……ん?」
シオンは、
観客席から階段を駆け下りる。
係員「お、おい! 君!!」
シオン「…………」
係員「そこから先は関係者以外――」
シオンは止まらない。
そして――
闘技場へ降り立った。
実況「な、なんだ!?」
観客「誰だ、あいつ?」
観客「挑戦者か!?」
シオンは、
真っ直ぐNo.Aを見つめる。
シオン「俺と戦え」
観客「――!」
実況「おおっとォォォ!?」
実況「これはまさかァァァ!!」
係員「まさかじゃない!!」
係員が、
慌ててシオンへ駆け寄る。
係員「何をしてる! 大会は終わりだ!」
シオン「頼む」
係員「駄目に決まってるだろ!」
シオン「…………」
係員「参加登録もしてない! 予選にも出てない! そもそも今大会はたった今終了したんだ!」
実況「…………」
係員「?」
実況者は、
シオンを見る。
次に、
No.Aを見る。
そして――
満員の観客席を見る。
実況「…………」
予定より、
遥かに早く終わった大会。
まだ熱の冷めていない観客。
そして、
突如現れた挑戦者。
実況「…………ふっ」
係員「……嫌な予感がする」
実況「皆さァァァァん!!!」
係員「やめろ!!」
実況「どうやら!!」
実況「我らが新王者に挑みたいという命知らずが現れたようです!!!」
観客「うおおおおおお!!!」
係員「勝手に話を進めるなァァァ!!」
実況「大会は終わった!!」
実況「だがァァァ!!」
実況「祭りはまだ終わっていなァァァい!!!」
観客「うおおおおおお!!!」
観客「やれー!!」
観客「戦わせろォォ!!」
係員「お前が煽ったんだろうが!!」
実況「聞こえますか、この大歓声!!」
係員「聞こえてるわ!!」
実況「会場はすでに!!」
実況「追加試合を求めています!!!」
係員「だから大会には規則が――!」
シオン「…………」
その騒ぎの中。
ただ一人。
No.Aだけは、
観客にも、
実況にも、
目を向けていなかった。
No.A「…………」
シオンだけを、
見ている。
シオン「…………」
やがて――
No.Aの目が、
僅かに細くなる。
No.A「……お前」
シオン「?」
No.A「…………」
何かを思い出すように、
シオンの顔を見つめる。
そして――
No.A「……ああ」
口元が、
僅かに吊り上がった。
No.A「覚えてるぞ」
シオン「――!」
No.A「アルヴェリア」
シオン「…………!!」
その名を聞いた瞬間、
シオンの表情が変わる。
No.A「王城から――」
No.Aは、
あの日と同じ目でシオンを見る。
No.A「俺たちを見ていた奴だろ」
シオン「…………」
やはり。
あの日――
目が合っていた。
シオン「……お前」
怒りが、
再び込み上げる。
シオン「覚えているのか……」
No.A「ああ」
シオン「なら……」
シオンの手が、
剣の柄を強く握る。
シオン「俺が何のためにここに来たかも分かるな」
No.A「…………」
シオン「父の仇」
シオン「アルヴェリアを滅ぼした――」
シオン「《凶宴-CARD》」
周囲の空気が、
変わった。
観客「…………え?」
観客「今……凶宴って……」
実況「…………」
係員「お、おい……」
ざわめきが、
観客席へ広がっていく。
だが――
No.Aは笑っていた。
No.A「…………そうか」
シオン「何がおかしい」
No.A「いや」
No.Aは、
再び剣へ手を掛ける。
No.A「嬉しいんだよ」
シオン「……何?」
No.A「国を潰せば泣く」
No.A「奪えば憎む」
No.A「それでも――」
No.Aは、
シオンを真っ直ぐ見つめる。
No.A「俺たちを追ってくる奴は、誰もいなかった」
シオン「…………」
No.A「だから――」
ゆっくりと、
剣を抜く。
No.A「やっと、お前みたいな奴が現れたか」
シオン「…………!」
実況「…………」
係員「…………」
観客「…………」
先ほどまでの騒ぎが、
嘘のように消えていた。
二人の間にあるものが、
ただの飛び入り試合ではない。
誰もが、
それを感じ取っていた。
係員「……本当に、やるのか?」
シオン「ああ」
係員は、
No.Aを見る。
No.A「構わない」
係員「…………」
実況「……決まり、だな」
係員「お前は黙ってろ」
実況「いや、ここまで来たら俺の仕事だろ」
係員「…………」
観客席のどこかから、
一人の声が上がる。
観客「――やれ!!」
続いて。
観客「戦え!!」
観客「見せてくれ!!」
そして――
観客「うおおおおおお!!!」
再び、
巨大な歓声が闘技場を包み込んだ。
実況「さァァァァ!!」
実況「まさかの追加試合!!!」
実況「大武闘祭を一撃のみで駆け抜けた謎の剣士――A!!」
実況「対するは!!」
実況「突如現れた名も知れぬ挑戦者ァァァ!!」
シオン「シオンだ」
実況「――シオン!!!」
シオン「…………」
No.A「…………」
二人が、
向かい合う。
数年前。
すべてを奪われた青年と――
その日を、
ただの一つの出来事として通り過ぎた男。
シオンは、
剣を抜く。
No.Aもまた、
静かに剣を構えた。
実況「それではァァァ――!!」
シオン「…………」
No.A「…………」
カァァァン!!
再び、
ゴングが鳴り響く。
実況「開戦だァァァァァ!!!」




