『最初の一枚』【4】
――数日後。
アルヴェリアを発ったシオンは、
国境を越え、
一つの街へ辿り着いていた。
大通りには商人の荷車が並び、
旅人や傭兵たちが行き交っている。
シオン「…………」
人が集まる場所には、
情報も集まる。
シオンは通りを見渡し、
一軒の酒場へと入った。
◇ ◇ ◇
扉を開けた瞬間、
酒と料理の匂い、
そして男たちの騒がしい声が押し寄せる。
傭兵「ガハハハハ!」
旅人「それでよ! そいつが――!」
商人「おい、もう一杯くれ!」
シオン「…………」
昼間だというのに、
店内は多くの客で賑わっていた。
シオンはカウンターへ向かい、
空いていた席に腰を下ろす。
店主「いらっしゃい」
シオン「少し聞きたいことがある」
店主「注文より先にそれか?」
シオン「……悪い」
店主「冗談だよ」
店主は、
手にしていたグラスを拭きながら笑う。
店主「旅人の探し物なら、ここに来たのは正解だ」
店主「何を探してる?」
シオン「人だ」
店主「名前は?」
シオン「分からない」
店主「……おいおい」
シオン「ただ、特徴はある」
店主「言ってみな」
シオン「頬に、数字か文字の印が刻まれている」
店主の手が、
僅かに止まった。
シオン「十三人いる」
店主「…………」
シオン「《凶宴-CARD》」
その名を口にした瞬間――
周囲の喧騒が、
僅かに弱まった。
シオン「……?」
数人の客が、
こちらを見ている。
店主「兄ちゃん」
シオン「?」
店主「その名前……あんまり大声で言わねぇ方がいい」
シオン「何か知ってるのか?」
店主「知ってるっていうより……聞いたことがある程度だ」
シオン「何でもいい。教えてくれ」
店主「…………」
その時。
傭兵「おいおい」
背後から、
低い声が聞こえた。
シオン「…………」
傭兵「さっきから聞いてりゃ、随分物騒な名前出してんじゃねぇか」
大柄な男が、
仲間を連れて近づいてくる。
傭兵「《凶宴-CARD》を探してる?」
傭兵「お前みてぇなガキが?」
仲間たちが笑う。
シオン「…………」
傭兵「やめとけ、やめとけ」
傭兵「命が惜しいなら国に帰って、母ちゃんの飯でも食ってな」
再び、
笑い声が上がる。
シオン「……忠告ありがとう」
傭兵「あ?」
シオン「だが、帰るつもりはない」
傭兵「…………」
シオンは、
店主へ視線を戻す。
シオン「続きを頼む」
傭兵「おい」
シオン「…………」
傭兵「無視してんじゃねぇぞ」
男の手が、
シオンの肩を掴む。
――次の瞬間。
ドンッ!!
傭兵「がっ――!?」
巨体が、
酒場の床へ叩きつけられた。
店内が、
静まり返る。
傭兵「…………」
仲間「え……?」
誰も、
何が起きたのか分からなかった。
シオン「…………」
数年前。
何もできなかった。
国を守れず、
父を守れず、
たった一度の衝撃で吹き飛ばされ――
意識すら失った。
あの日から。
シオンは、
二度と同じ自分ではいないと決めた。
国を立て直す日々の中でも、
剣を置いた日は一日もない。
仲間「て、てめぇ!!」
三人の男が、
一斉に襲いかかる。
シオン「…………」
それでも――
シオンの手は、
腰の剣へ伸びなかった。
一人目の拳をかわす。
懐へ入り、
腹部へ一撃。
男「ぐっ――!」
二人目の腕を取り、
勢いを利用して床へ投げる。
男「がっ!」
三人目が、
背後から殴りかかる。
シオンは振り返ることなく身を沈め――
足を払った。
男「うおっ!?」
倒れる。
静寂。
シオン「…………」
四人。
剣すら抜かず、
ほんの数秒。
店主「……兄ちゃん」
シオン「?」
店主「強ぇんだな」
シオン「…………」
シオンは、
倒れた男たちを見る。
シオン「……違う」
店主「?」
シオン「俺が追っている奴らは――」
あの日。
十三人だけで、
一つの国を滅ぼした者たち。
シオン「こんなものじゃない」
店主「…………」
シオンは、
再びカウンターへ向き直った。
シオン「それで」
店主「?」
シオン「何か知ってるんだろ?」
店主「…………」
店主は、
しばらくシオンを見つめた。
やがて、
小さく息を吐く。
店主「……頬の印」
シオン「!」
店主「“A”なら――」
シオンの目が見開かれる。
店主「昨日まで、この街にいたぞ」
シオン「――!」
思わず、
椅子から立ち上がる。
シオン「本当か!?」
店主「ああ」
店主「この辺りじゃ名の知れた剣士が何人かいる」
店主「道場主、元騎士団長、傭兵上がりの剣豪……」
店主「昨日一日で――」
店主は、
指を一本立てる。
店主「全員やられた」
シオン「……全員?」
店主「ああ」
シオン「殺されたのか?」
店主「いや」
シオン「……?」
店主「生きてる」
店主「勝負がついたら、それで終わりだったそうだ」
シオン「…………」
店主「金も取らねぇ」
店主「名を売ろうともしねぇ」
店主「強い奴がいると聞けば会いに行って、勝負を挑む」
店主「勝ったら、また次の強い奴を探す」
シオン「……何のために」
店主「さあな」
店主は、
少し考え込み、
昨日の出来事を思い返すように呟いた。
店主「剣を振る理由が――」
店主「“もっと強い奴と戦いたい”」
店主「ただ、それだけに見えたって話だ」
シオン「…………」
店主「今朝、東門から出ていった」
シオン「どこへ?」
店主「この先の街道なら、行き着く街は一つしかない」
シオン「…………」
店主「――武闘都市ヴァルガス」
シオン「武闘都市……?」
店主「あそこじゃ今、年に一度の大武闘祭が開かれてる」
シオン「大武闘祭?」
店主「ああ」
店主「剣士、拳闘士、傭兵、冒険者――」
店主「各国から腕自慢が集まって、誰が一番強ぇか決める祭りだ」
シオン「…………!」
店主「しかも――」
店主は、
僅かに笑った。
店主「今年も、十年間負け知らずの絶対王者が出る」
シオン「…………!」
店主「十年間、誰もあいつを倒せてねぇ」
シオン「…………」
昨日。
この街の強者を、
片っ端から倒した男。
強者を求め、
次から次へと戦いを挑む男。
その男が――
各国から猛者の集まる場所を、
素通りするとは思えない。
シオン「……ヴァルガス」
店主「ああ」
店主「奴が本当に強い奴を求めて歩いてるなら――」
店主「まず間違いなく、そこへ向かってる」
シオン「…………」
店主「今から追えば――」
店主は、
東を指した。
店主「まだ間に合うかもしれねぇぞ」
シオン「――ありがとう」
店主「お、おい!」
シオンは、
すぐさま酒場の出口へ向かう。
店主「そんな急がなくても――」
バタン!!
扉が閉まる。
店主「…………」
床には、
未だに倒れたままの傭兵たち。
店主「……片付けてから行けよ」
傭兵「俺らゴミ扱い!?」
店内に、
笑い声が響いた。
◇ ◇ ◇
シオンは、
東へ続く街道を走っていた。
シオン「…………」
ついに。
見つけた。
数年間、
探すことすらできなかった仇。
十三枚のうち――
最初の一枚。
シオン「待っていろ……No.A」
その先。
武闘都市ヴァルガスでは――
すでに一人の男によって、
大武闘祭の予定が、
大きく狂い始めていた。




