『狂奏の八枚目』【5】
トン――
静かなドラムの音。
そこへ――
ギターが優しく重なる。
ベースが
静かに支える。
ボーカルが――
ゆっくりと息を吸う。
Requiem:VIII――
四人で奏でる
最後の一曲。
『〜また、この場所で逢えたなら〜』が――
始まった。
◇
それまでとは――
まるで違う。
静かな音が
会場を包んでいた。
激しく跳ねていた観客も――
今は動きを止め。
ただ――
ステージを見つめている。
ボーカルの声。
ギターの旋律。
ベースの低音。
そして――
トン――
トン――
リズのドラム。
決して前には出ない。
三人の音を――
後ろから支えるように。
静かに
リズムを刻んでいく。
リズ「…………」
予定には――
なかった。
それでも。
身体は覚えている。
何度も――
四人で演奏した曲。
次に来る音も
知っている。
それなのに――
リズ「…………」
いつもとは
少しだけ違った。
ギターが――
僅かに音を伸ばす。
昨日までとは
違う弾き方。
リズ「…………?」
その音を拾い――
トン――
リズが
一打を返す。
今度は――
ベース。
ほんの僅かに
入りを遅らせる。
なら――
リズも合わせる。
決めていた通りではない。
だが――
曲は止まらない。
むしろ。
少しずつ――
形を変えていく。
リズ「…………」
顔を上げる。
ギターが――
僅かに笑っている。
ベースも。
そして――
ボーカルが
一瞬だけ振り返る。
「…………」
視線が――
重なる。
すぐに――
ボーカルは
客席へ向き直った。
リズ「…………フッ」
トン――
また一つ。
リズが――
音を足す。
予定になかった曲。
予定になかった音。
予定になかった――
三人の演奏。
なのに。
不思議と――
悪くない。
そして――
曲は
最後の音へ向かっていく。
ギターが響き――
ベースが重なる。
ボーカルの声が
会場へ伸びていく。
リズは――
スティックを持ち上げる。
最後の――
一打。
トン――
音が。
静かに――
消えていった。
「…………」
一瞬。
会場が――
静まり返る。
そして――
「きゃあああああああああ!!!」
「リズーーーー!!!」
「最高ォォォォ!!!」
「Requiem:VIIIーーー!!!」
大歓声が――
会場を包む。
ボーカルが
深く頭を下げる。
ギターも――
ベースも。
客席へ向かって
頭を下げる。
そして――
リズも。
静かに――
スティックを置いた。
リズ「…………」
立ち上がる。
ボーカルが――
その姿を見る。
ボーカル「…………」
リズは
ドラムセットを離れ。
ステージ中央へ――
歩いていく。
「リズー!!」
「きゃああああ!!!」
歓声が――
さらに大きくなる。
セイ「…………?」
客席。
セイが――
首を傾げる。
セイ「何してんだ?」
シオン「…………」
ヴァン「…………」
リズは――
ボーカルの隣まで歩く。
そして。
マイクへ――
手を伸ばした。
ボーカル「…………リズ」
リズ「借りる」
マイクを受け取る。
「きゃあああああああ!!!」
「リズが喋る!!」
「リズーーー!!!」
リズ「…………」
何千もの人間が――
自分を見ている。
期待した顔で。
笑いながら――
次の言葉を待っている。
リズ「…………」
マイクを――
口元へ。
リズ「今日は――」
「きゃあああああ!!!」
リズ「…………」
歓声が止むのを――
待つ。
リズ「来てくれて――」
リズ「ありがと」
「きゃあああああああ!!!」
リズは――
その声を聞きながら。
僅かに――
後ろを見る。
ボーカル。
ギター。
ベース。
三人とも――
黙っている。
リズ「それと――」
再び。
客席を見る。
リズ「一つ」
リズ「言っておくことがある」
「…………?」
会場が――
少しずつ静かになる。
リズ「俺――」
僅かな――
間。
リズ「今日で」
リズ「Requiem:VIII辞めるから」
「…………」
一瞬。
誰も――
声を出さなかった。
「…………え?」
「嘘……」
「リズ……?」
ざわ――
ざわざわ――
静かな動揺が
会場全体へ広がっていく。
「なんで!?」
「辞めないで!!」
「リズーーー!!」
「嘘って言って!!」
声が――
次々と飛ぶ。
泣き出す者。
立ち尽くす者。
何が起きたのか
理解できない者。
リズ「…………」
その全てを――
リズは静かに見ている。
ボーカル「…………リズ」
後ろから――
声がする。
だが――
リズは振り返らない。
リズ「あと――」
「…………?」
再び――
マイクへ声を乗せる。
リズ「もう一個」
リズ「言ってなかったことがある」
シオン「…………」
客席で――
シオンの目が細くなる。
ヴァン「…………」
セイ「なんだ……?」
リズは――
前髪へ手を伸ばす。
白銀の髪を
ゆっくりとかき上げる。
露わになる――
頬。
そこに刻まれた――
《8》。
リズ「俺――」
何千もの視線が――
その印へ向く。
リズ「《凶宴-CARD》の――」
シオンが――
立ち上がる。
シオン「…………!」
リズ「No.8なんだ」
「…………」
静寂。
誰も動かない。
誰も――
声を出さない。
先ほどまで。
名前を叫んでいた。
手を伸ばしていた。
笑っていた。
その全てが――
止まる。
「…………《凶宴》?」
誰かが――
呟いた。
「嘘……」
「No.8……?」
「頬……」
「本物……?」
ざわ――
ざわざわざわ――
そして――
「きゃああああああああああ!!!」
悲鳴。
「逃げろォォォ!!!」
「《凶宴》だ!!!」
「殺される!!!」
ガタンッ!!
ドンッ!!
観客が――
一斉に動き出す。
出口へ――
我先に押し寄せる。
「押すな!!」
「早く!!」
「どけ!!」
「きゃああああ!!!」
さっきまで――
一つだった会場が。
一瞬で――
崩れる。
セイ「うおっ!?」
人の波が――
セイへぶつかる。
セイ「ちょ――」
セイ「押すなって!!」
ヴァン「シオン!」
シオン「…………っ!」
何千もの人間が――
出口へ殺到する。
その波に――
三人が飲み込まれていく。
セイ「シオン!!」
シオン「セイ!!」
声が――
悲鳴に消える。
ヴァン「…………!」
押し寄せる人。
逃げ惑う人。
泣き叫ぶ声。
そして――
ステージの上。
No.8「…………」
No.8は――
その光景を見ていた。
さっきまで。
自分の音に合わせ――
一つになっていた人間たち。
今は――
誰一人
同じ動きをしていない。
叫び。
走り。
押し合い。
転び。
次に――
何が起きるのか。
誰にも――
分からない。
No.8「…………」
僅かに――
目が開く。
そして――
口元が
ゆっくりと吊り上がった。
No.8「…………いいね」
熱狂は――
恐怖へ。
予定通りだったLIVEは――
一瞬で。
誰にも予測できない――
狂騒へと変わっていた。




