午前九時二十四分
午前九時二十四分〇秒
高校。
数学教師が黒板に式を書く。
チョークが折れる。
教室に、小さな笑いが起きる。
教師も笑う。
誰も、その授業内容は二十年後には忘れている。
けれど、
「先生も笑う人だった」
ということだけは、忘れない。
人は知識より先に、人柄を覚える。
午前九時二十四分七秒
古本屋。
一冊の文庫本が棚から抜かれる。
昨日、高校生が戻した本だった。
買ったのは六十八歳の男。
若い頃に読めなかった本を、
もう一度読んでみようと思った。
店主は気づかない。
本は読む人を待っているのではない。
読む時期を待っている。
午前九時二十四分十五秒
病院。
「風と話した。」
そう日記に書いた女性が、
鉛筆を置く。
窓から入った風で、
ページが一枚めくれる。
そこには十年前の日記。
「今日は退院。」
とだけ書かれていた。
人生は、
思い出すことより、
偶然めくれることで続いている。
午前九時二十四分二十三秒
交番。
若い警察官が、
道を尋ねられる。
地図を広げる。
説明する。
相手は三回うなずき、
逆方向へ歩いていく。
警察官は苦笑いする。
教えることと、
伝わることは、
似ているようで違う。
午前九時二十四分三十二秒
保育園。
四歳の男の子が転ぶ。
泣く。
先生が駆け寄る。
その前に、
隣の子が手を差し出す。
「だいじょうぶ。」
その一言は、
教えられた言葉ではない。
昨日、
誰かに言われた言葉だった。
優しさは、
誰かの口を借りて増えていく。
午前九時二十四分四十一秒
駅。
遅刻した高校生が、
職員室の前で頭を下げる。
「すみません。」
教師は出席簿を閉じる。
「明日は五分早く出よう。」
それだけ言う。
高校生は、
老人を待ったことを話さない。
教師も聞かない。
善意には、
説明しないほうが美しいものがある。
午前九時二十四分五十秒
老人ホーム。
園児たちはもう見えない。
九十歳の女性は、
まだ窓の外を見ている。
職員が聞く。
「何か見えますか。」
女性は笑う。
「さっきまで春がいた。」
職員には、
木しか見えない。
午前九時二十四分五十七秒
時計店。
主人は、
三秒進んでいた駅前時計を直す。
誰にも頼まれていない。
誰にも気づかれない。
正しい時間になった瞬間、
世界は何も変わらない。
主人だけが満足する。
仕事とは、
案外そういうものだ。
午前九時二十四分五十九秒
一分が終わる。
時間は、
誰にも感謝されない。
それでも、
一秒も休まず進んでいく。
だから人は、
人生を未来へ運ぶことができる。
もし時間に心があるなら、
きっと何も望んではいない。
ただ、
今日という日が、
誰かの記憶になることだけを、
静かに見届けている。




