第62話 支配者 守のん復活!?
波乱に次ぐ波乱だった合宿初日が終わり。
オタ研一同は、ようやく二日目の朝を迎えていた。
今日は待ちに待った自由行動の日。
コスプレ。 アニメ。 ゲーム。 マンガ。
朝から晩まで、オタ活全開。
誰もがそう信じていた。
――午前五時三十分までは。
「さあ、みなさん! 起きてくださいませ!!
ウォーキングに参りますわよ♪」
部屋に響き渡る、守のんの高らかな号令。
その声で叩き起こされたオタ研一同は、
枕元のスマホを確認して、絶望した。
「……え?」
悠斗は二度見した。
目覚ましの設定は八時。
なのに、画面に表示されている時刻は――五時三十分。
眠い。
「守のん……まだ五時半だよ……」
布団に半分埋もれたまま、かすみんが眠そうに唸る。
「寝ぼけてるの? まだ寝るぅ……」
そのまま布団を抱きしめ、再び目を閉じた。
だが。
「何言ってるの!?
昨日、あれだけお菓子を食べて、
ジュースを飲んだんだから!」
守のんは、びしっと人差し指を突きつける。
「運動しないと太るわよ!!」
「「「――っ!?」」」
女子陣の目が、一斉に見開かれた。
太る。
その二文字は、どんな目覚ましアプリより強かった。
「起きる!」
「着替える!」
「五時半でも行く!」
わずか三秒。
女子たちは完全覚醒した。
守のんは満足げに頷く。
「さあ、着替えて、着替えて♪
悠斗先輩はトイレで着替えてくださいね」
「あ、ああ……」
悠斗は肩を落とした。
ほんの一瞬。
ほんの一瞬だけ。
何かこう、
ラッキーイベント的なものを期待してしまった自分を――
心の底から殴りたい。
また、まのんを悲しませる……
だが、押し入れの中から、別の男が声を挙げた。
「あのぉ~……俺は?」
厳ちゃんである。
守のんは一瞬たりとも迷わなかった。
「厳ちゃんはどうせ見えないから、そこで着替えなよ」
「え?」
「押し入れの中」
「いやいやいや!?」
問答無用である。
「隙間から、ちょっと光入ってるでしょ?」
「その“ちょっと”が、一番キツいんだが!?」
襖一枚の向こう側。
そこでは女子たちの着替えが始まっていた。
「きゃっ、かすみん、ピンク似合うね!」
「そんな大きいサイズって、どこで買うの?」
「守のん……大胆!」
楽しそうな声が、容赦なく聞こえてくる。
そして押し入れの中では。
「くっ……! 見えそうで見えねぇ……!」
厳ちゃんが、わずかな隙間に顔を押しつけながら、
必死の攻防を繰り広げていた。
見えないがその場でにやにやする男子
一人。いや一神。
(わしはまのんの願叶え神やから
常に一緒が原則。これも仕事や)
本音:神様でよかったぁ~守のんLOVE!!
その時だった。
カチャ。
静かに、押し入れの外鍵が外される。
「……ん?」
次の瞬間。
バンッ!!
勢いよく襖が開いた。
「げっ!?」
そこには、仁王立ちの守のん。
そして。
硬直する、厳ちゃん。
「何を必死に覗こうとしてんのよ!!!」
「ち、違う! これは不可抗力で――」
「アウトですのよ♪」
守のんは、にっこり笑った。
その笑顔に、厳ちゃんの背筋が凍る。
「今晩もアイス食べたいなぁ~」
「わたし、ポテチー」
「唐揚げも欲しい!」
「コーラと烏龍茶もね♪」
女子たちが好き放題に注文を始める。
守のんは頷いた。
「もちろん、厳ちゃんのおごりで♪」
「そんなぁぁぁぁっ!?」
一方。
何もしていない悠斗には、
守のんがにこっと笑いかける。
「悠斗先輩にも、アイス一本あげますね♪」
「……ありがとう」
この瞬間。
悠斗と厳ちゃんの待遇格差は、決定的なものとなった。
そして。
半ば強制的に始まった早朝ウォーキング。
朝の空気は冷たく、伊勢の町並みは静かだった。
最初の十分ほどは、みんな余裕そうだった。
「でも、守のん。いつも朝に歩いてるの?」
隣を歩きながら、かすみんが尋ねる。
「うん。食べすぎた時は、その分を歩いたり、筋トレしたりするかな」
「へぇ~。だから、あれだけ食べても太らないんだ」
悠斗は、昨日の守のんを思い出した。
ポテチ。 アイス。 ジュース。 深夜のお菓子。
それらを、驚くほどの勢いで平らげていた。
だが、その裏で。
ちゃんと動いていたのか。
(で……その分を歩く、って)
悠斗は前方を見る。
守のんは、軽やかな足取りでどんどん進んでいる。
嫌な予感しかしなかった。
そして。
三キロ地点。
「もう無理……」
まのんが、その場にへたり込んだ。
「あと、任せた……」
かすみんも、電池が切れたぬいぐるみみたいに崩れ落ちる。
「え、まだ三キロだよ!?」
「その“まだ”が怖いんだってぇぇぇ……」
さらに。
五キロ地点。
「はぁ……はぁ……っ」
負けず嫌いの彩夏ちゃんも、ついに足を止めた。
「私は……ここまで……」
「彩夏ちゃんまで!?」
結果。
最後まで歩き切ったのは――
悠斗。 守のん。 そして、なぜか厳ちゃん。
十キロ完歩である。
「厳ちゃんもやるじゃん。」
(後ろから拝む、守のんのプリプリのおかげです。)
心が読めるぽんちゃん
『右に同じく』*本来、まのんに同行すべき
旅館に戻る頃には、
まのん、かすみん、彩夏ちゃんは満身創痍だった。
「はぁ……朝ごはん食べたら、二度寝しようよ……」
まのんが、魂の抜けた声で呟く。
「賛成……」
「もう一回寝たい……」
「寝かせて……」
全員一致。
しかし。
「何言ってるんですかぁ~♪」
守のんだけは、なぜか元気いっぱいだった。
「せっかく伊勢に来たんだから、
朝ごはんのあと、さっそく観光しましょうよ♪」
「昼からでよくないか……?」
悠斗が弱々しく反論する。
だが。
「ダメです♪ 午後はコスプレタイムですから♪」
「支配……復活!?」
キャラが丸くなったように見えても。
やはり守のんは、守のんだった。
「さあ、早く朝ごはんを食べましょう♪」
「えぇぇぇぇ……」
まのんとかすみんが、顔を見合わせて震える。
「今食べたら……キラキラ出る……」
だが守のんは、聞いていない。
「朝食のあと、お風呂も行きましょうね♪ さあ、食堂へ!」
そのまま全員、半強制的に食堂へ連行された。
食堂の入口では。
女将が、朝から不気味に笑顔で待っていた。
「おはよぉ~。よく眠れたぁ?」
その笑顔だけで、嫌な予感しかしない。
「電気風呂は健康にいいからねぇ~♪
朝ごはんも健康メニューだよぉ~♪」
「……その“健康”って、信用していいやつ?」
守のんが警戒する中。
かすみんだけは、目をきらきらさせていた。
「えっ、朝ごはん選べるの!?」
「和定食と、エスニック定食だよぉ~♪」
「わたしエスニック好きー!」
ぱっとメニューを見た瞬間。
かすみんは笑顔になった。
だが。
その横で。
まのんと守のんの表情が、すっと消える。
エスニック定食。
――妙に赤い。
赤い。
とにかく、赤い。
まのんと守のんは、そっと目を合わせた。
そして。
無言で頷く。
「わたしたち、和定食にする」
「うん。和が一番だよね」
「えー? なんでー?」
残りのメンバーは、せっかくだし、
とエスニック定食を選択した。
「いただきまーす!」
食堂に声が響く。
だが。
和定食組の二人だけは、妙に警戒していた。
ちらちらと、エスニック組の様子を窺う。
絶対に、何かある。
昨日までの流れなら、絶対に。
だが。
「……あれ?」
かすみんが普通に食べている。
「美味しい!」
彩夏ちゃんも、普通に食べている。
「辛くないな」
厳ちゃんも平然としている。
「無反応……?」
まのんが眉をひそめた。
「もしかして……」
守のんが、恐る恐る自分の和定食を見る。
「こっち……?」
まのんは、震える手で玉子焼きを持ち上げた。
小さく一口……ぱく。
「…………」
「どうですか?」
「……普通に美味しい」
「えっ、ほんとですか!?」
守のんも食べる。
「……あ、美味しい!」
「でも守のん、油断しちゃダメだよ」
「はい……」
なぜか和定食を、爆弾処理みたいに慎重に食べ進める二人。
そして。
オタ研一同、無事に完食。
「……何も起きなかった?」
まのん、守のんが拍子抜けした、その時。
食堂の奥から。
「辛ぇぇぇぇぇっ!?」
「痛い痛い痛い!! 口が燃えるぅぅぅ!!」
「水! 水ぅぅぅぅっ!!」
別のお客さんの悲鳴が響いた。
全員が振り向く。
すると。
女将が、満面の笑みで叫んだ。
「当たりぃぃぃぃ!! おめでとうございまぁす!!」
「ハバネロ入り玉子焼きを引き当てたお客様には、
当宿オリジナルのお茶をプレゼントぉぉぉ♪」
「なんでもいい! 早くお茶ぁぁぁ!!」
「はい、どうぞぉ♪」
女将は、にやりと笑いながら
ペットボトルのお茶を差し出す。
そして。
一口飲んだお客さんが、絶叫した。
「にっがぁぁぁぁぁぁっ!?」
「センブリ茶だこれぇぇぇっ!!」
被害は、ついに伊勢地方へと広がっていた。
その光景を見ながら。
まのんが、ぽつりと呟く。
「……もしかして、これも天井に薄ぅ~く
書いてあったりして?」
悠斗は、そっと視線を上に向けた。
そして。
「あった……」
天井の隅に、小さな字でこう書かれていた。
『ロシアンルーレット朝食、開催中♪』




