第61話 暴君の圧政。 イタズラ合戦。 恋の嵐。
今回は3000文字でいつもより長くなります。
合宿初日から波乱続きだったオタ研の夜は――
就寝時間を迎えても、終わらなかった。
むしろ。
ここからが本番だった。
「で、悠斗先輩の隣、誰が寝るの?」
彩夏ちゃんの一言で始まった。
次の瞬間。
「はいはーい♪
悠斗先輩の左は、まのん先輩。
右は、わたしぃ~♪」
真っ先に手を挙げたのは――
もちろん、かすみんだった。
既に配置まで決めている。
懲りない二人である。
「はぁ!? 何勝手に決めてんのよ!」
彩夏ちゃんが即座に反撃。
「だってぇ、
わたし、ちっちゃいから邪魔にならないしぃ?」
「そういう問題じゃないでしょ!」
「じゃあ彩夏ちゃんはどこで寝るのぉ?」
「べ、別にあたしは……!」
言葉に詰まる彩夏。
だが、その顔は真っ赤だった。
完全にバレている。
「え、えっと……おれは端っこで寝るから……」
悠斗が弱々しく提案する。
しかし。
「ダメ」 「ダメですぅ」 「ダメに決まってるでしょ!」
――まただ。
胸の奥が、もやもやする。
こんなの、嫌だ。 嫌なのに。
悠斗が誰かに取られそうになるたび――
どうしようもなく苦しくなる。
「……めんどくさ」
ぼそり、と守のんが呟いた。
すでに眠気で半分死んだような目をしている。
「悠斗先輩を中心にして、
ひまわりの花みたいに種の周りを囲んで寝ればいいじゃん」
一瞬。
全員の動きが止まる。
「……なるほど」 「それなら平等ね……」
こうして。
悠斗を中心に、まのん、かすみん、彩夏、守乃が
円を描くように並ぶという、意味不明な布陣が完成した。
ちなみに。
厳ちゃんは押し入れで一人、平和に爆睡していた。
そして、疲労困憊だった一同は――
三分後には全滅。
静かな寝息だけが、部屋に広がっていた。
だが、悠斗だけは――
眠れなかった。
いや、眠れるわけがない。
悠斗は全員が寝静まったのを確認すると、
そっと布団を抜け出した。
廊下を歩き、中庭へ出る。
夜風が、火照った頭を少しだけ冷ましてくれた。
見上げれば、夜空には星。
遠くで虫の鳴く声。
すると。
「――悠斗」
振り返る。
そこに立っていたのは、まのんだった。
「……起きてたのか」
「うん」
まのんは少しだけ迷ってから、小さく笑う。
「隣、座っていい?」
「もちろん」
二人並んで、縁側に腰を下ろす。
少しだけ距離がある。
けれど、その距離が妙に遠かった。
「今日は……なんか、ごめん」
先に口を開いたのは、まのんだった。
「わたし、変だった」
「おれの方こそ、ごめん」
一瞬、間が空き
「嫉妬なんて、キモいよね」
「いや」
悠斗は首を振った。
「嬉しかった」
「……え?」
「まのんがおれのことで、
そんなふうに思ってくれてるって知れて」
まのんの目が、わずかに揺れる。
「それに――お互いの本音が分かって、
よかったって思ってる」
少しだけ。
沈黙。
夜風が、二人の間を通り抜けていく。
そして悠斗は、覚悟を決めた。
「なあ、まのん」
「……なに?」
「おれは、やっぱり、
お前との関係を前に進めたいって思ってる」
まのんの肩が、小さく震えた。
「だから――これからは、ちゃんと本音で向き合いたい」
その瞬間。
まのんの表情が、少しだけ曇る。
「……ねえ、悠斗」
視線を落としたまま、まのんは言った。
「覚えてる? 高校の時。
悠斗がインターハイで三位になって、村に帰ってきた日」
「ああ」
悠斗は懐かしそうに少し微笑んだ。
「まのん、めちゃくちゃ機嫌悪かったよな。
イタズラもすごかったし」
「……嫌いになった?」
「まさか」
悠斗は即答した。
「まのんなりのお祝いだと思ってた」
「違うよ」
まのんは、かすかに首を振る。
「嫉妬だった」
悠斗の表情が止まる。
「テレビに出て。みんなに褒められて。
英雄みたいになっていく悠斗を見てたら……」
まのんは、自分の膝をぎゅっと掴んだ。
「どんどん遠くに行っちゃう気がした」
小さな声だった。
でも。
その声は、胸が痛くなるくらい切実だった。
「……寂しかった」
悠斗は何も言えない。
「悠斗は、誰からも好かれて。勉強もスポーツもできて。
なんでも持ってる」
まのんは、弱々しく笑った。
「でも、わたしには何もない」
「友達だって悠斗しかいないし、得意なことも、夢もない」
冷たい夜風がまのんの髪を揺らした
「だから……わたしなんかが――
悠斗の隣にいちゃいけないんだよ」
「違う!」
思わず、悠斗は声を荒げた。
「まのんは、ずっとおれの隣にいてくれた!」
まのんが、目を見開く。
「おれだって、ずっとまのんの隣にいたかった」
「……でも」
「中学の頃から、近くにいるのに、
どんどん遠くなっていく気がしてたの。」
まのんは震える声で続けた。
「わたしの存在が、悠斗をダメにする」
「何言ってんだよ!」
悠斗は立ち上がった。
「ダメになんかなってない!」
「じゃあ……なんで東大に行かなかったの?」
まのんは泣きそうになり、
一瞬、黙った。
「東大に行けば、悠斗ならどんな未来だって選べた」
「それは……」
言葉が出ない。
「でも、行かなかった」
まのんは、ゆっくり顔を上げた。
「わたしのため、だよね」
否定できなかった。
あの日。 離れたくなかった。
まのんを、一人にしたくなかった。
だから。 夢より。 未来より。 まのんを選んだ。
「わたしは」
まのんは、少しだけ笑った。
泣きそうな顔で。
「悠斗に、自分のやりたいことをやってほしい」
「わたしも……悠斗のこと、好きだから」
その一言だけで、夜の音が全部、消えた気がした。
心臓が、止まりそうになる。
「だからこそ、幸せになってほしい」
「おれの幸せは!」
悠斗は、叫ぶように言った。
「まのんと一緒にいることなんだ!」
まのんは、泣きそうな顔で笑った。
そして、少しだけ目を逸らして。
「……重いよ」
「え?」
「悠斗は、眩しすぎるんだよ」
そして。
まのんは、覚悟を決めたように言った。
「大学を卒業したら……
わたし、あのマンションを出る」
頭を殴られたような衝撃だった。
「……どうするつもりだよ」
「自分で生きていく」
まのんは空を見上げる。
「それか、村に帰るのも悪くないかも」
その時。
悠斗の顔から、迷いが消えた。
「……なるほど」
「え?」
「まのんの気持ちは、よく分かった」
悠斗の顔から、迷いが消えた。
代わりに浮かんだのは、勝負の時の顔だった。
「つまり、おれには残り二年十か月の猶予があるってことだろ?」
一瞬。
まのんが、ぽかんとする。
そして。
「……ふふっ」
吹き出した。
「ほんと、悠斗らしい」
「だろ?」
「悠斗って、絶対に諦めないもんね」
「当然」
悠斗は胸を張る。
「絶対、お前を振り向かせてやる」
まのんは、いたずらっぽく目を細めた。
「じゃあ、わたしは絶対、嫌いにさせてやる」
「わたしのイタズラに、耐えられるかな?」
「望むところだ」
二人は、同時に笑った。
「「勝負だね」」
息ぴったりの声が、夜空に溶ける。
それを見ていたぽんは、しみじみと呟いた。
『幼馴染って……なんか、ええなぁ』
「じゃあ、明日からはいつも通りな」
「あいよ」
まのんは立ち上がる。
いつもの笑顔で。
「覚悟しといてよ? イタズラ♪」
「受けて立つ」
その頃。
寝静まったはずのオタ研部屋に――
「くっさぁぁぁぁぁぁっ!!?」
厳ちゃんの悲鳴が響き渡った。
「だ、出してぇぇぇぇ!!」
押し入れの中に――
なぜかまたも“くさや”。
しかも、逃げ場ゼロの密室である。
当然、外から鍵がかかっている。
厳ちゃんの尊厳は、今まさに燻製になっていた。
「うわぁ。寝返り厳ちゃんが暴れてるぅ~♪」
外から、守のんの楽しそうな声。
「なんのことだよぉぉ!?」
「で・ん・き・ぶ・ろ」
「げっ」
一発で思い出した。
女将に寝返り、
守のんたちを電気風呂の刑に処したこと。
「女将さんと、お仲がおよろしいことでぇ~?」
「すみませんでした!!」
光の速さで土下座。
一応、十八歳の成人男性である。
「許してほしい時はぁ、どうするんだっけぇ?」
がちゃり。
押し入れの鍵が開く。
厳ちゃんを見て、かすみんが目を輝かせた。
「初めて土下座見たぁ~♪」
「……あぁ~、アイス食べたくなっちゃったなぁ」
守のんが、わざとらしく言う。
「お腹空いたぁ~。おにぎりもぉ」
「……はい」
涙目で頷く厳ちゃん。
こうして。
オタ研に、新たな主従関係が誕生したのだった。




