第58話 守のん復活
女将のイタズラで、ブレーカーが落ちた。
暗転。
オタ研部屋に、女子の悲鳴が響く。
「きゃあああっ!?」
「無理無理無理っ!」
混乱の中――
悠斗は、握っていた手の感触が消えたことに気づく。
(……え?)
次の瞬間。
「もう無理ぃぃぃ!」
正面から、誰かが飛び込んできた。
「怖いぃぃぃ!」
さらに、左腕にも柔らかい衝撃。
――抱きつかれている。
「ちょ、おい――」
パチン。
明転。
光が戻る。
そして――
かすみんと彩夏が、ぴったりとしがみついている。
逃げ場はない。
完全に――ハーレム状態。
「……」
少し離れた場所に、まのんがいた。
一歩、距離を取って。
――笑っていない。
「悠斗……」
低い声。
「……モテてるね」
背筋が、冷える。
「ち、違っ――」
「別にいいじゃん」
被せる声。
「そういうの、嬉しいでしょ?」
「だから違うって――」
「いいよ、別に」
間を置かない。
「……関係ないし」
その一言だけが、妙に静かに響いた。
沈黙。
まのんは視線を逸らし、唇を噛む。
「やだ……」
ぽつり、と零れる。
「……そういうの、見たくない」
静まり返った。
「まのん……」
「わたしさ」
笑おうとして――も出来ない。
「別に、幼馴染だし」
「悠斗が誰と何しても……関係ない、はずなのに」
拳が、ぎゅっと握られる。
「なのにさ……無理なんだよ」
声が、震える。
「平気なふりとか、無理……」
――その瞬間。
「関係あるに決まってるだろ!」
気づいたら、叫んでいた。
自分でも驚くくらい、強い声だった。
全員が、息を呑む。
「お前がそんな顔するくらいなら――
モテなくていい」
言葉は止まらない。
「誤解でもなんでも、嫌なんだよ」
一歩、踏み出す。
まのんの瞳が揺れる。
「……なんで」
小さな声。
「なんで、そんなこと言うの」
「わかんねぇよ」
即答だった。
「でも――」
息を吸う。
「お前が笑ってないのは、わかる」
静かに、でもはっきりと。
まのんの視線が落ちる。
「悠斗って……優しすぎるんだよ」
自嘲気味に笑う。
「わたし、こんなんだよ?」
「イタズラばっかで、ふざけてて」
「なのに……嫌いにもならないでさ」
ゆっくりと顔を上げる。
その目は、潤んでいた。
「……わたしには、眩しすぎるんだよ」
沈黙。
まのんは背を向ける。
一歩、踏み出す。
――止まる。
ほんの一瞬だけ。
それでも。
次の一歩は、止まらなかった。
離れていく。
『だから、三澄君なんや』
小さく、キタのぽんが呟く。
『それ、三澄君に失礼ちゃうか』
『今は、だまってて――』
そのとき。
「悠斗先輩、まのん先輩」
静かな声。
振り向くと、帰ってきた守のんが立っていた。
「さっきは――すみませんでした」
深く、頭を下げる。
「軽率でした」
顔を上げる。
「……でも」
空気が張り詰める。
「さっき――少し、嬉しそうでしたよね」
その一言。
まのんの足が、止まる。
今度は、完全に。
「――っ」
肩が震える。
振り返らないまま。
「守乃ちゃん……お願い、やめて」
か細い声。
それでも、続ける。
「悠斗だって男子だもん」
「女の子に抱きつかれたら……
誰だって嬉しいよ」
「悠斗は悪くない」
「わたしが悪いの」
間。
長い、間。
「……だからさ」
無理やり、声を明るくする。
「おしまい、おしまい!」
空元気。
「……ほんと、バカ」
そのとき。
「守乃ちゃん、またキャラ変して何かあったの?」
かすみんが空気を割る。
守のんは苦笑した。
「厳ちゃんに怒られました」
「イタズラはいい。でも――
人の気持ちは考えろって」
ぺこり、と頭を下げる。
「本当に、すみませんでした」
「気にしないで!」
誰かが言う。
「ほら、宴会だろ!」
少しずつ、空気が戻る。
――ふと。
同時に、二人は思い出す。
(小さい頃――)
(喧嘩して、泣いて)
(それでも次の日には、一緒にアイス半分こしてた)
(……それで、全部元通りだった)
視線が、ほんの一瞬だけ交わる。
言葉はない。
それでも。
さっきより、少しだけ近い。
「……あれ?」
彩夏が首をかしげる。
「守のん。ところで厳ちゃんは?」
「あー」
守のんが、目を逸らす。
「イタズラOKって言われたので」
嫌な予感しかしない。
「魔王カプサイ神ポテチを、あーん♪って」
――直後。
洗面所から絶叫。
「辛ぇぇぇぇぇぇ!! 痛ぇぇぇぇぇぇ!!」
「水ぅぅぅ!」
一瞬の沈黙。
そして――
全員、同時に目を逸らした。
暴君守乃。
――タイプを変えて、完全復活である。




