第53話 暴君、伊勢に立つ。
全員の財布は没収された。
逃亡資金、ゼロ。
規則違反が発覚した場合――守乃が大学へ報告。
オタク文化研究会、即解散。
合宿の支配権を完全掌握したのは、
一年生にして、監視指導員。
法栗 守乃。
通称――暴君。
伊勢市駅前。
「ここからは私が引率します」
支配者の声が、駅前のざわめきを切り裂いた。
「移動は一列縦隊。等間隔。
私語は最小限。隊列を乱した場合は減点対象です」
黒のビジネスパンツ、白シャツ。
背筋は定規のように真っ直ぐ。
大学生とは思えぬ統率で歩くオタ研一同。
異様。
通行人の視線が刺さる。
「なんか事件でもあったのかな……?」
「検察のガサ入れ?」
「ママぁ、カルガモ親子みたいー♪」
「しーちゃん見ちゃダメ!」
隊列最後尾。
まのんが小声で囁く。
「ねぇ悠斗……このあと何するの?
自衛隊研修とか言わないよね?」
悠斗は肩をすくめた。
「普通の合宿だよ。
旅館でアニメ見て、ゲームして、
コスプレして、観光して花火して――」
「悠斗先輩」
ぴたり。
行進が止まる。
守乃が振り向いた。
「私の行動計画では、観光時間は未確定です」
全員「えぇぇぇぇ!?」
守乃は淡々と告げる。
「一に勉強。
二にオタ活。
三にコンプライアンス研修です」
一同沈黙。
まのんが即座に手を挙げる。
「はい、解散でーす! 東京帰ろー!」
守乃、にやり。
「しつこいようですが、財布は返却できませんよ。」
……詰みである。
だが、守乃ちゃんの言動を理解する悠斗
(守乃は暴君なんかじゃない。
彼女は――ただ、規律や法律を守りたいんじゃない。
コスプレ、オタク文化を守りたいんだ。)
(俺は穏健派だ。
でも――守乃君のコスプレに対する覚悟も理解できる。)
こうして、地獄の三日間が始まった。
護送車のような送迎バスに揺られ、到着したのは――
【和コス宿『えも』】
“オタク合宿の聖地”。
コスプレ可。
敷地内の撮影自由。
露出規制なし。
パンフレットを見た瞬間。
守乃の視線が、わずかに揺れた。
ほんの一瞬だけ。
だがすぐに整う。
「キャラクターの尊厳を守れる最大限の表現が可能……
理想的環境ね」
キタのぽんの妄想が爆発する。
『露出規制なし!? ええやん! 期待しかない!
守乃ちゃんLOVE!!』
『ごらぁ! エロ神!!』
まのんのツッコミが飛ぶ。
悠斗は内心ほくそ笑む。
(規制なしは確認済み。
コスプレに没頭すれば、監視も緩む――)
悠斗くんが宿の扉を開けた瞬間。
「いらっしゃーーーいぃ!!」
一同、思考停止。
下半身・恐竜。
上半身・ニワトリ。
顔面ゾンビ。
ぶっ飛びコスプレ女将。
守乃でさえ一瞬だけひるむ。
だが、姿勢を正す。
「本日よりお世話になります。
明法大学オタク文化研究会です。
私は監視指導員、法栗守乃です」
女将は満面の笑み。
「遠路はるばる〜♪お疲れでしょう。
まずはお部屋へどうぞ〜。
よかったら当宿自慢の露天風呂もどうぞ♪」
その格好で言われても、情報が入って来ない。
しかし。
部屋に入った瞬間。
全員、絶句。
完全防音。
巨大モニター。
最新ゲーム機。
壁一面、魔法OL戦士りんりん。
漫画、同人誌、フィギュア、カラオケ完備。
理想郷だ。
厳ちゃんが叫ぶ。
「スゲェぇぇぇ!!」
守乃の視線は一直線にドレッサーへ。
プロ仕様ライト付き三面鏡。
ウィッグスタンド。
コテ、アイロン、メイク用品。
その前で、彼女は足を止める。
暴君の仮面が、ほんのわずかに緩んだ。
「……完璧」
その声だけは、わずかに柔らかかった。
だが次の瞬間。
(性善説だけでは、コスプレは守れない)
「では、コスプレ規約を制定します」
悠斗、凍る。
「露出基準、撮影動線、作品尊重条項。
自由であればあるほど、秩序は必要です」
そのとき。
女将が一歩、前へ出た。
いつの間にか、お嬢様口調。
「本来のコスプレは、愛と衝動の芸術よ
守られた表現は、愛じゃなくて安全策ですわ」
守乃と視線がぶつかる。
「規制で守られた尊厳は、本当に尊いのかしら?」
「コスプレ愛は暴走する。だからこそ、線引きが必要なんです」
(自由すぎた表現がコスプレを逆に追い込んだのも事実)
空気が張りつめる。
コスプレは
規律か。
自由か。
合宿初日から思想戦争である。
その緊張をぶち壊したのは、まのんだった。
「ねぇ悠斗。この部屋広いから女子部屋だよね?」
悠斗くんは汗をかいた。
「予算の関係で……女子部屋。兼、男子部屋」
静止。
女子一同、ぴくり。
次の瞬間。
守乃の“正義の鉄剣(物理)”が閃いた。
「男女同室は、オタ憲法違反です」
ドゴォン。
悠斗くんは床に沈んだ。
守乃は、ドレッサーを一瞥した。
自由か。
規律か。
そして――男女同室問題。
暴君の伊勢遠征は、
まだ始まったばかりだった。
伊勢の夜は、長い。
自由も、規律も、
同じ部屋に押し込められた。




