第31話 近すぎる距離と、赤い斑点の紙
――くそぉー!!!
淑女化計画は停滞中。
モンペ食堂では時給まで下がった。
文字通り、踏んだり蹴ったり。
涙が出る――
そんな敗北感を引きずったまま、
まのんは悠斗とルームシェアしている
タワマンの玄関をくぐった。
『……なんだか、今日は妙に静かやな』
リビングの空気を読んだキタのぽんが、ぽつりと呟く。
ソファに沈み込むまのんは、いつもの元気がない。
――悠斗、まだ帰ってないんだ。
香純と食事に行った、と聞いている。
断れない性格なのは分かっている。
分かっている、けれど。
(香純ちゃん、私より可愛くて……
悠斗のタイプ、だよね)
スマホには、そっけない一文。
「遅くなる」
……それだけ。
「別に」
まのんは小さく呟く。
「悠斗は、ただの幼馴染だし」
そう。
私は三澄投太君と結婚して、
タワマンニート花嫁になるんだから。
悠斗のことなんて
――関係、ない。
『ねえ、ぽんちゃん。本当に……私、幸せになれるの?』
不安が零れ落ちる。
『さぁなぁ。まのん次第、ちゃうか?』
『……』
『ほな、淑女化計画、続行や』
『マジか……』
ため息一つ。
今日はもう、疲れた。
「……寝る」
――あれ?
ポテチも要求せず、あっさり布団に入った?
『どないしたんや、今日のまのん……』
深夜、寝息の中で、かすかな声が漏れた。
「……悠斗の、バカ」
『寝言、か』
キタのぽんは、静かに考える。
(まのん……ほんまに望んどるんは、何なんや)
ふと、洗面台の鏡に映る自分の姿を見る。
その姿は――まのんの今「好きなもの」「欲しいもの」を映す姿。
「……やっぱり、な」
まだ気付いていない。
己の本心に、気付いていないだけの、悲しき女子。
『まのん。願いを決めた以上、後戻りはできんで』
前に進むしかないのだ。
――その時。
玄関が乱暴に開いた。
(……なんで、こんなに急いでるんだ、俺)
「まのん!!遅くなって悪い!!」
息を切らした悠斗が立っていた。
……しかし、返事はない。
「……寝た、のか?」
手に下げた紙袋を見つめる。
「まのんの好きなドーナッツ、買ってきたのに……」
『夜中のドーナッツはあかんでぇ~』
キタのぽんがひそひそ笑う。
『まぁ、淑女化計画中やし、食べさせへんけどな♪』
……けど。
(このままで、ええんか?)
まのんも、悠斗も。
お互いに、近すぎるがゆえに――
――願叶え神の仕事は、善人を幸せにすること。
『……あ』
(そっか。デビルまのんやから、別にええんか♪)
翌朝。
なんとなく、空気が気まずい。
「おーい、まのん!起きろ!授業遅れるぞ!」
「あら、わたくしとしたことが!
すぐに支度しますわ!」
「……」
『はぁ~、ぽんちゃん。この喋り方、ほんと疲れるんだけど!』
『エリートの妻になるんやから、慣れなはれ!』
――その直後。
「おい、まのん!!
またトイレットペーパー補充してないだろ!」
「すぐ持ってこい!!
今回は糸、付けんなよ!!」
「分かりましたわ。
ただいま、お持ちしますわ♡」
ドアの前に、そっと置かれたペーパー。
悠斗は慎重に確認する。
「……あれ?
珍しく、仕掛けなし?
赤い斑点……いちご模様入りか?」
(昨夜の様子やと、イタズラは――ないか?)
ドーナッツの袋を見つけたまのん
「あ……」
「仕掛けちゃった――
ま、いっか。」
――次の瞬間。
「痛ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
ファイヤー!
「ゴラァ!!まのん!!
何しやがったぁ!!」
「あらあら♡
昨日、香純ちゃんと甘い時間を過ごした悠斗君には、
刺激が必要かと思いまして――
唐辛子パウダーペーパーですの♪」
「おほほほほほ♪」
(やりすぎたかな。。。)
――明日は我が身のキタのぽん
「おい!悠斗!
私もトイレ行きたいから、早く出て!」
「……覚えとけよ、まのん!!」
廊下ですれ違う二人の顔は何故かすっきりしていた。
――数秒後。
『……あれ?
ペーパー、そのままちゃうか?』
「痛ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
ファイヤー(再)。
――自爆である。
「……」
「……」
『やっぱり、この関係が一番やな♪』
(これでええんや)
『なんでだよ!?』まのん&悠斗
『面白いからや♪』
――こうして。
ドタバタな日常を繰り返しながら、
二人は気付かぬうちに、
ほんの少しずつ、距離を縮めていくのだった。




