第30話 よかおなご、戦場では笑い、恋に泣く
レトロモンペまのん、川中島に立つ
『レトロモンペまのん』に変身し、
私は静かに、しかし確実に戦場へと足を踏み入れた。
――トミさんのためにも。
――この場所で、もう一度“NO1”の座を取り戻すためにも。
見てなさい、傲慢なおカネさん。
本気で――ぼっこぼこにしてあげるわ。
『……あれ? また戦国コント始める気か?まのん』
キタのぽんの呆れ声が、遠くで聞こえた。
店内に漂うのは、湯気と焼き魚の匂い。
そして――お爺ちゃんたちの、いつもの円陣。
その南側。
すでに陣取っていたのは、
穴守稲荷の虎――武田カネ。
千曲川の南側、茶臼山に布陣
余裕の微笑み。
熟練の立ち居振る舞い。
この店の“空気”を、完全に掌握している。
対する私は――
お爺ちゃんの輪に加わり、北側へ。
(……よし)
オタクの龍――長尾まのん、
妻女山に布陣。
キタのぽんからのアドバイス
『そこ、霧で何も見えへんようになるで!』
しかし。
両軍、動かない。
動けないのだ。
ここで正面衝突すれば、
常連のお爺ちゃん達も無傷では済まない。
始まったのは――
局地戦。
「ねえねえ、今度また医療費が上がるんですって~」
カネさんの声が、柔らかく場を撫でる。
「そりゃたまらん……」
「年金は下がるんだろ?」
――重たい話題。
だが、お爺ちゃんたちの心を掴む、鉄板の一手。
(さぁ、入ってこれるかしら?)
カネさんの視線が、私を試す。
『まのん! 押されとるで!』
キタのぽんが叫ぶ。
「大丈夫。任せて」
私は、別の角度から切り込んだ。
「まさじい。この前ね――
ついに西郷さんのレプリカ、買ったんだ」
「ほんてげな!」
目を輝かせる、鹿児島出身のまさじい。
「一万円もしたんだよ」
「そら、薩摩の英雄じゃっでな!」
「かごまの英雄をすいちょっち……
まのんちゃんな、まこて よかおなごじゃっな!」
場の空気が、一瞬で軽くなる。
「ねえ、今度はさ。
西郷さんが流された奄美大島、行ってみたいなって」
(どう? 会話に入れる?)
私は、カネさんを見る。
――だが。
「さくじい♪
血糖値にいいから、モズク追加しましょ♡」
別方向から、完璧なカウンター。
(くっ……!)
ならば――
「まさじい~♡
私、ポテチ食べたぁい♡ お願いぃ~♡」
若さ全開。
十九歳の、セクシー達磨攻め。
だが。
「ふふ。まだまだ若いわね」
カネさんは微笑む。
そこから先は、圧巻だった。
グラスが空くより早く、声をかける――
其疾如風。
音もなく差し替え、売上を積む――
其徐如林。
狙った客を、逃さず落とす――
侵掠如火。
そして、カモの隣は絶対に譲らない――
不動如山。
「これが、私の“風林火山”よ」
……強い。
認めざるを得ない。
だが、私は一歩も引かない。
「笑止。
天賦の才など、鍛錬には及ばないわ」
焦らない。
時を待つ。
――ここ蒲田は、私の“地”。
常連のじいに教えられ、歩き尽くした場所。
――私は、初恋を思い出させる存在。
金じゃない。心で繋がっている。
私の武器は――天地人。
しかし。
決着は、つかなかった。
「ごめんなさい♪
上がりの時間だわ」
そう言って、カネさんは去っていく。
それに続くように、
「お!わしも帰らんと、婆さんに怒られる!!」
と、常連のお爺ちゃん達も続々と帰った。
そして――
「あ!わたしは病院の時間だわ♪」
「あ!年金をおろしに行かなきゃ♪」
と……店員のお婆ちゃんが続々と帰り始めて……
気づけば――
残ったのは、私ひとり。
第一次・川中島の戦い。
――引き分け。
結局、時給二千円。
奢りもなく、普通の賄いを食べて帰る私。
「……くそ。カネばあ……」
その時。
――悠斗から、LINE。
『香純ちゃんとご飯行くから、遅くなる』
「……は?」
胸の奥が、ぎゅっと鳴った。
「別にいいし。
私は将来、三澄くんと結婚するんだから!」
……本当は。
全然、よくないくせに。
――こうして、
戦場の外で、
もっと厄介な戦いが始まろうとしていた。




