第16話 モンペ看板娘と地獄の淑女化
――地獄の淑女化計画、進行中。
オタ研の新部室は、まさかの元・倉庫だった。
……が。
「ふっふっふ♪」
そんな現実など、どうでもいい。
なぜなら――今日はバイトの日だからだ。
あの“神バイト”。
「今日も食べるわよぉ~!!」
『食べられたらな』
キタのぽんの冷静なツッコミが飛ぶ。
『うるさい。これは必要経費よ』
オタク活動を維持するには、最低でも月三万円は必要。
つまり、バイトは“義務”。
――のはずだった。
『お前、それまで百戦百敗やったな』
「うるさいわね!」
大学入学直後。
カフェ、塾、ファミレス、居酒屋、清掃――
バイト面接を受けては落ち、受けては落ち。
結果、全敗。
『見る目あるやろ、世間が』
「ないわよ!!」
そんな私が辿り着いたのが、蒲田の定食屋『喜兵柄』だった。
羽田の面接で即決不採用の帰り道。
ふらっと見つけた張り紙。
「すみませーん。まだバイト募集してますか?」
客のいない店内。
カウンターの奥で、頑固そうなジジイが吐き捨てる。
「どうせすぐ辞めるんだろ。帰れ!」
「はぁ!?」
感じ悪っ――と思った、その時。
ジジイが振り返り、私の顔を見て固まった。
「……み、美代ちゃん……!」
「違いますけど!?」
「採用!!」
「早っ!?」
「時給上げる!頼む、働いてくれ!!」
意味が分からない。
「ただし条件がある」
「言ってみそ?」
立場逆転。
「ここでは――三つ編みで、モンペを履いてくれ」
「なんのコスプレよ!?」
「初恋の子に似てるんだ……」
知らんがな。
……でも。
試しに着てみたら。
「……美代ちゃん……!」
ジジイ、号泣。
――こうして私は。
モンペ姿で働くことになった。
条件は破格だった。
時給一三〇〇円+交通費+賄い付き。
そして何より――ヒマ。
「……だったのよねぇ」
今は違う。
「なんで客層だけ昭和にタイムスリップしてんのよぉぉ!!」
店内、満席。
しかも全員――おじいちゃん。
「き、君は玉ちゃん!」
「いや京ちゃんだろ!」
「さっちゃんにそっくりだ!」
知らん名前が飛び交う。
「違いますってば!」
誰も聞いてない。
「大将、まのんちゃんにチキンカツ丼大盛あげて!」
「じゃあ、俺は親子丼特盛だ!」
「これ、新作モンペあげるよ!」
気づけば私は――
昭和の初恋を再生する装置になっていた。
『お前の才能や』
『いらんわ!!』
『いやでも、食える才能やで?』
ぐぬぬ……否定できない。
売上は爆上がり。
店は連日満席。
『時給、三千円になりました~♪』
『強すぎやろ』
……ただし。
「うちの婆さんがな……」
「年金がな……」
「重いわ!!その話、精神に来る!!」
カロリーゼロなのに、メンタルだけ太る。
さらに追い打ち。
「店名変えたぞ。“昭和レトロのモンペ食堂”だ」
「はぁ!?」
「あと、おばあちゃん五人雇った」
「平均年齢70オーバーのキャバクラとか、
需要ニッチすぎるわ!!」
だが現実は――大繁盛。
私は今日も、三つ編みで笑う。
「いらっしゃいませ~」
――その瞬間。
客の目が、変わる。
「……ああ、あの頃の……」
懐かしさと、後悔と、未練。
全部まとめて、私に重ねてくる。
(……やめてよ)
私は、あんたの思い出じゃない。
ただの――
「バイト、なんだけどなぁ……」
――私はもう。
昭和の初恋を再生するための、
“装置”だ。
「……はは」
笑うしかない。
まあ、いいか。
今日も食べて、貢いでもらうぞぉ~♪
「まのんちゃん、今日の賄いは特製サラダだよ」
『ごらぁ!!カツ丼特盛やろ!!』
「まのんちゃん、ゴーヤ茶どうぞ」
『そこはコーラだろ!!』
私の血肉となるはずだった揚げ物が……
緑の葉っぱに変換されている……!?
殺す気か!!
そして、貢物も――
「淑女用語集あげるね」
『そんなもんあるかぁぁ!!』
……いや、ある。
確実にある。
『ぽんちゃん』
『なんや?』
『これ、あんた操作してるでしょ』
『計画に関係ある範囲ならな』
やっぱりか。
食事制限。言葉遣い。立ち振る舞い。
全部――矯正されている。
「ごきげんよう」
「いただきますわ」
気づけば、姿勢を正していた。
「ありがとうございますわ」
自然に頭を下げていた。
「ごゆっくりどうぞ」
声まで、変わっていた。
『淑女化、順調やな』
『誰が望んだ淑女だよ』
でも。
財布は、重い。
今日のバイト代――一万五千円。
やっとフィギュアが買える。
推しに貢げる。
『その金、ダイエットにも使うで』
『……え?』
『淑女になるんは、金が掛かるんや』
『ちょっと待て!』
財布は潤う。自由は削れる。
食事は制限される。
人格は矯正される。
「……元、取れてる?」
――地獄の淑女化計画。
順調に――私は削られてるらしい。
時給三千円。――安いな、私。




