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第29話 ゼロの先にあるもの

「お前に才能がないなんて、もう二度と言うな。誰がなんといおうと、だ」


「…………え?」


 顔をしかめる俺の横では、


「そうよね!?」


 フレアが嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。


「俺が魔力値ゼロだって知ってるんだよな……?」


「ああ、知っているから言っている」


「はあ……?」


 何言ってんだ、この人は。バカか?


 …………それとも。


「上手くいくことを続けるのはそう難しくない。上手くいったら気分が良いからな。続けない方が不自然なくらいだ。6が連続で出るダイスがあるなら次も振ってみたくなるだろ?」


「ああ、そうだろうな。だからこそ、その場合、1しか……いや、1すら出ないダイスを何度も振り続けてるのが俺ってことだ。違うか?」


「ああ、そうなるな」


「……そんなの、バカのやることだ」


 かすかに芽生めばえかけていた期待。それを慌てて踏みにじる。


 間違えるな、浮かれるな——


「ああ、そうだ」


 ——この人は、俺を肯定しようとしていない。


「それでも、お前はやっている。お前は上手くいっていないことを、ほぼ絶望的な望みに時間と労力を懸け続けている。その方がよっぽどタフだ」


 アムーノは真剣な顔で呟いた。


「それは、才能と呼んで差し支えないものだと思うけどね」


「そうなのよ、ノイクはすごいの!」


「いや、フレア……」


「何よ? あたしはずっとそう言い続けているわ」


 フレアは当たり前のように言う。能天気なその表情に腹を立てている自分に気づいた。


「……努力出来るのが才能だとでも言うつもりか?」


 ……持ってるやつらが、勝手なこと言うなよ。


「努力していれば結果がゼロでも意味があるとでも言うつもりか?」


 俺はアムーノに詰め寄る。


 自分でも子供っぽくて情けないが、それでも、止められなかった。


「それとも、努力はいつか必ず、例外なく実を結ぶって保証してくれんのか?」


「そんなことは言わない。おれがもしそんな戯言たわごとを言ったところで、報われなければ辛いのはお前自身だ」


 しかし、アムーノは冷静なまま言い放つ。


「おれだけじゃない。お前を励ますやつは誰一人として、お前の未来《この先》に責任を持たない。お前が夢を叶えられなくても、『頑張ったね』とか何の役にも立たない言葉を放り投げてくれるだけで、お前の夢を叶えてはくれない」


「ねえ、ちょっと……!」


現状・・、お前がどれだけサイコロを振ったところで、その目がゼロ以外を出すことはないだろう」


「ちょっと待ってよ! 話が違うじゃない!」


 フレアが叫ぶが、


「それを研究してるのがあんたたちなんでしょ!? だったら——」


「『それ』ってなんだ?」


 アムーノは睨みをきかせる。


「この世界に一人しかいない魔力値ゼロが魔法を使える研究なんぞ、国家がすると思うか? それを期待して療法塔を目指していたなら——俺を尋ねるつもりだったなら、答えてやろう。療法塔あそこにはそんなものはない」


「じゃあ、ノイクはどうなんのよ! 才能があるってさっき言ったじゃない!?」


「だから、さっきから言ってるだろうが。現状はどうもならないんだ」


「……そう、か」


 ずっと分かっていた。分かっていたことだ。


 叶わないことは分かっていた。でも、それでも。


『魔力値ゼロの君は、本来、本校への入学資格はない。でも、それでも魔法が使えるようになりたくて、筆記試験を満点でパスすることを条件に入学を迫ってきた。わざわざ理事長室ここまで乗り込んできてね。あの日のことは忘れていないよ』

 魔法学院(アティック)に行けば、もしかしたら。


『結構よ! ノイクは筆記が満点だから! お詫びってことなら必要ないわ!』

 筆記で満点を取り続ければ、もしかしたら。


療法塔りょうほうとうでは、魔力値よりもずっと大きな魔法が出せる研究を行ってるらしいんだ』

 療法塔りょうほうとうに行けば、もしかしたら。


『出来ることしかやらない。その代わり、出来ることは出来る限りやる。……ノイクさんはそうやって生きてきたんですね』

 出来ることを出来る限りやれば、もしかしたら。


 ——そう思っていたけど。


「じゃあ、やっぱり——」


 これ以上無様にならないよう、これ以上惨めにならないよう。


『自分には才能なんてない』って、『魔力値がゼロだから』って言い続けて。


 フレアに褒められるのも真に受けず、本当はルウリィの方が俺なんかよりもよっぽど才能があるのに先輩風を吹かせてみて。


「ノイク……」


 それでも、心の奥の奥の奥では、もしかしたらって期待し続けて。


 それでも、あの日見た、あの魔法に届く日が来るんじゃないかと妄想し続けて。


 それでも、それでも——。


「——こんなの、全部、無意味じゃねえか……!!」


 俺はどうしようもなくなって、その場にくずおれる。


「ああ、そうだ」


 アムーノは最も肯定されたくない自嘲を肯定し、一縷いちるの望みをあっさりと否定した。




 ……が、しかし。






「——今のルールの上では、な」




 と、続けた。


「……え?」


「さっきから『現状は』と言ってる。魔力値ゼロだと魔法が使えないのはあくまでも今日こんにちの話だ」


「……どういうことだ?」


「結局才能——というか能力なんてものは、その時代のルールとどれだけ噛み合ってるかというだけの話だ。ルールが変われば、天才と無才はひっくり返る」


 アムーノは両手でからの球体を作ってそれをひっくり返して見せた。


「万有引力、地動説、現代魔法……。それらはそれまでだってそこにったのに、誰も見向きもしなかった、知らなかった概念だ。誰かが切り取ることで突然この世界に現れた。そして、その概念が現れた途端……世界のルールはひっくり返った」


「新しい概念……?」


「もしも、魔力値ゼロでも魔法が使えるようになるとしたら……そんな概念を見つけるのは、きっとお前みたいなやつだ」


 アムーノはそっと頷く。


「持っているやつには見えないものがある。持っていないからこそ、それを欲し続けたやつにしか見えないものがある。嫉妬して、悔しくて、届かなくて、嫌になって、無駄だと思って……それでも捨てなかったやつにしか辿り着けない答えがあるはずだ」


「でも……」


「『でも』? お前はついさっき、ルールが変わった世界を体験しただろ?」


「え?」


「先ほどの炎上騒ぎで、最も役に立ったのは誰だった?」


 俺はハッと息を呑む。


「それ、は……!」


 認めざるを得ない。


 期待を捨てようが、妄想を捨てようが、それでも、事実は事実だ。


「ノイクだわ……!」


 俺の内心をフレアが代弁してくれる。


「なあ、ノイク・ムロゼ。お前が諦めたら、そこまでだ。魔力値ゼロの先に何があるのか、誰も分からないまま終わる。お前のゼロはただのゼロのままだ。だから——」


 そして、アムーノは先ほどとまったく同じことを言った。


「お前に才能がないなんて、もう二度と言うな。誰がなんといおうと、だ」

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