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第28話 罠であり罠でない

「よく来たな、ノイク・ムロゼ」


 振り返ったアムーノは笑う。


 ウェーブがかった黒髪。オーバーサイズの白衣。無精髭ぶしょうひげ


 さきほどまでしていた片眼鏡(モノクル)は……机の上にあるようだ。


 研究者然とした彼は、思っていたよりも無邪気な笑顔を浮かべる。


「ちょっと、あたしもいるんだけど」


 フレアが右手の銃口じゅうこうをアムーノに向ける。


「……よくもミアの公演を潰してくれたわね」


「フレア、室内だ」


 撃つなよ、と言外に伝える。


「……"無限大"か。お前は話をややこしくしそうなんで呼んでなかったんだが……まあ、良い機会か」


 アムーノは頭をかいてから、机の上に置いてあった真っ黒な石を手に取る。……充魔石じゅうませきか?


「この部屋は魔法を研究しているシェルターだ。個人的に使ってる仕事場でね。かなり強固な結界が張ってある。壊れたりはしない。だから、撃ってくれて構わない」


 アムーノが口の端をあげる。


「ちょうど実験もしたいところだ」


「本当に撃っていいの? 結界が張ってあってもあんたは吹っ飛ぶと思うけど」


「ああ。吹っ飛ばしたいくらいむかついてるんだろ?」


 そして、先ほど手に取った黒い石を胸の前に掲げる。


「さあ、来い」


「……じゃ、遠慮なく」


 フレアが例の特大の砲弾を撃ち込む。


 が、しかし——


「……!?」


 ——指先から放たれた魔法はアムーノの持つ黒い充魔石めいたものに当たった瞬間に……消えた。


「今のって……」


「おお、上手くいった」


 アムーノは顔をほころばせる。


「そんな、嘘よ。ノイクみたいな……!」


 フレアが珍しく狼狽ろうばいする。


「その通り。この石はノイク・ムロゼの真似事だ」


「俺の……?」


「ああ。おれは今、魔力ゼロの研究をしていてな」


「はあ……?」


 俺は戸惑う。療法塔の魔法医師が、俺の研究を……?


「あらゆる物体には大小あれど、魔力が含まれている。しかし、この黒魔石くろませきは、魔力値が正真正銘のゼロなんだ。作るのには長い長い時間がかかるんだが……どうやら機能してくれているらしい」


「なんのために、そんな研究を……?」


「それを話すためにお前たちをここに呼んだ。んだが——先に謝らせてくれ」


 そこまでいうと、アムーノは頭を下げた。




「魔法大道芸人のことはすまなかった」




「んなっ……!?」


 その殊勝な態度にフレアが目を見開く。


「だが、ムロゼが首尾よく解決してくれたんだろう?」


 アムーノは顔を上げて、兄貴みたいに微笑む。


「——あのあとも見ていたのか?」


「いいや。ただ、そのためにお前をヒーローに仕立てた。お前なら、あそこまでお膳立てすれば確実に解決するだろうと思ってな」


「解決とまでは行かない。ミアが起こした事故ではないし——」


 そこまで話してから、俺は改めてあの事件の本質に気が付く。


「——被害は全くなかった、と説明しただけだ」


 そう、被害は全くなかったのだ。


「それでもお前たちに怖い思いをさせた。ただ……ああでもしないと、お前を見つけられなかったんだ」


「俺を……?」


 いや、アムーノが俺を見つけたんじゃなくて——


「——ムロゼ(お前)アムーノ(おれ)を見つけた、といいたいんだろ? それも正しい。しかし、おれがお前を見つけ出したのも事実だ」


「どういうことだ……?」


「おれはこの町で、ノイク・ムロゼにだけ見つかるように動いていた。例えば——」


 アムーノは机の上に置いてある自身の手配書をひらり、と手にする。


「これを配ったのはおれ自身だ」


「自分で……? なんのために?」


「おれの顔が見えて、おれを見つけられるのは、お前だけだから」


「だからって……」


「魔力ゼロが魔法を視認できなくなる特殊な結界で町を包んだのもおれだ」


「そんなにでかい結界を……!?」


『この町に入ってからだな。他の人には見えてるってことは、魔力値がゼロってことは無関係ではないんだろうけど……もしくは俺だけが気づかないうちに呪いにかけられてる?』

どなたが何のために……?』


 昨日の夜にルウリィと話していたことは、結果的に当たらずとも遠からずだったことになる。


「そして、お前に見つけてもらうために、町の全員が注目する場所で、嘘の炎上騒ぎを起こした」


「どうして、そこまでして俺を?」


「お前が療法塔に行く前に話をするためだ」


「それなら、普通に話しかければいいだろ……? あんな大仰なことをしなくても門なり宿屋を張っていれば俺とフレアは確実に来るんだから」


「ちょっと試験をさせてもらったんだ」


「試験?」


「お前が"魔法が見えない人間"なのか、"真実を見ようとする人間"なのかを見極める必要があった。前者だったら話しても仕方ない話だからな」


 アムーノは微笑む。 


「——結果、真実を見ようとする人間なのだと分かった」


「真実を……」


「その時点で、ノイク・ムロゼの魔力値ゼロはもはや欠陥ではないことが分かった」


「なるほど?」


 フレアが片眉を釣り上げて笑う。


「あなた、結構話が分かる人のようね?」


「……どうしてお前が嬉しそうなんだ。フレア・アークライト」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。何がなんだか……。フレアには分かってるのか?」


「別に? ただ、この人がノイクをみくびってないことは分かったわ。話を聞いてあげてもいいかなって思っただけ」


「おい、アークライト。おれが言うのもなんだが、もう少し人を疑った方がいいぞ?」


 戸惑う俺を放ってなぜかちょっと仲良さそうな会話を始める二人。


 とにかく話を進めてみるしかない。


「それで……療法塔に行く前に話って? 本来、あんたに会いに行く旅だ。ここでフレアを診てくれれば、療法塔には行かなくていいはずだ」


「ほお……じゃあ、療法塔には行くつもりはない、と?」


「それは……」


 ふ、とアムーノが笑う。


「言い淀んだな、ムロゼ。お前は、療法塔には行くつもりだ。そうだろ?」


 頷く代わりに、質問を返す。


「……療法塔で魔力値を超えた魔法を使える研究が行われているっていうのは、本当か?」


「まったく……魔力値がゼロでもアティックに通うだけはあるな」


「才能もないのに……って?」


 俺が自嘲気味に返すと、


「才能がない? お前にか?」


 アムーノが咎めるように目を細める。


「お前に才能がないなんて、もう二度と言うな。誰がなんといおうと、だ」


「…………え?」


 顔をしかめる俺の横では、


「そうよね!?」


 フレアが嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。


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