第26話 幻とモノクル
「ノイクさん!?」
「何やってんだ……?」「どうしたんだ……?」「気にするな! 今は消火だ!」
俺が御神木の方向に歩みを進めると、周りがざわめきはじめる。
「ノイク、あんた何するつもり……!?」
「ノイク君……」
途中、地べたにへたりこんでフレアに支えられているミアが俺を見上げる。
「なあ、ミアは結界魔法を張ってたんだよな?」
「う、うん、もちろん……でも、それが不十分だったから……」
「いや、不十分なんかじゃない。結界は機能してるんだ。多分、問題は結界の向こう側で起こってる」
「どういうこと……?」
「それに、本当にあそこに炎があるなら、もっと熱いはずだろ」
俺はその確認だけしたら、再度、御神木に近づいていく。
——と。
「んっ……!?」
背中に柔らかな感触が走る。
「……待ちなさい、ノイク」
声からするに、どうやら俺は、フレアに後ろから抱きつかれているらしかった。
「おい、フレア……!?」
「行っちゃだめよ」
その感触に声を上ずらせている俺とは正反対に、シリアスな口調で呟くフレア。
「あんたには見えないかも知れないけど、そこには大きい炎魔法が燃え盛ってるの。見えないだけで、燃えちゃうのは変わらないでしょ?」
「いや、でも、あの御神木は——」
「木なんかよりあんたの方が大事よ!」
俺が言いかけたことをフレアが遮る。
初めて聞くその声音にしっかり振り返り、その目を見ると。
「泣いてるのか……?」
「怒ってるの」
「……そうか」
やっぱり真っ赤な目をしたフレアにフッと笑ってしまう。
「……なんであんたは笑ってんのよ」
「ありがとうな、フレア。でも大丈夫だ」
『いや、でも、あの御神木は——』
俺が続けようとした言葉は『この町にとって大事なものなんだろ』とか、そんなんじゃなくて。
「あの御神木は、燃えてないんだ」
「はあ……?」
俺はフレアの手をほどいて、
「大丈夫だから、待っててくれ」
もう引き止められないよう、たたっと走り出す。
「ノイク!!」
「おい、バカ!!」「もっと水をかけろ!!」
町民の怒声を聞く限り、どうやら俺は炎のあるゾーンに入ったらしい。
そこからそのまま数メートル走ると、
「……やっぱりな」
俺は難なく御神木に触れることが出来た。
「フレア! 大丈夫だ! 熱くもなんともない!」
「ノイク!? そんなこと言ったって……あたしにはあんたが見えないのよ!」
「ちょっと待て、証明するから!」
俺は叫ぶ。
「おい、あいつの声がしたぞ!」「証明……?」
叫んでから考える。この状態を証明する方法を。
そもそも、この状態はどういうことなんだ?
俺に炎が見えないのは分かる。この炎とやらが魔法だからだ。
しかし、おかしな点が多すぎる。
まず、ミアの出している炎は、魔法ではなく物理だ。だから、ミアの大道芸を理由に御神木が燃えている場合、俺にも見えていないとおかしい。すなわち、少なくともミアの出していた炎は原因ではない。
だから、この炎は炎魔法だ。
ただし、それでも、おかしい点がある。
フレアの言う通り、俺は魔法が"見えない"だけで、魔法によってもたらされる結果はそこに起きているはずなんだ。
マンモス食堂でチーズが炙られていたように、木が焦げるなり煙を立てて消えていくなりしていないとおかしい。
しかし、俺には御神木がそれまでと変わらず立っているようにしか見えないし、熱も感じられない。
だとすると、実体の無い炎魔法——つまり、"炎の幻"みたいなものが、俺以外には見えているということだ。
「炎なのが厄介だな……」
いくら御神木が無傷であろうと、炎の中にいる俺が平然と立っていようと、炎の幻に隠れて、それが見えもしないのだ。
炎の幻を見ている人たちからすると、御神木は焼けている最中だし、俺は今ごろ骨になっている。俺からは彼らが見えるんだけどな。
そして見た感じ、町民は一丸となって水魔法を一生懸命木に向かって掛けているが、それはミアの作った結界で弾かれているのだろう。俺が濡れていない。ミアの結界はしっかり効いている。
うーん、ここでこの炎が幻であることを証明するためには、そしてその幻の魔法をかけている術師を炙り出すためには……。
……そうだ!
「ルウリィ!」
俺は、なるべく大きな声をあげる。
「は、はい!」
「空気を通さない結界魔法を作れるか? それで御神木ごと覆い被せてくれ!」
「ええっと……! でも、ノイクさん、息出来なくなっちゃうんじゃ……!」
「それが大丈夫だってことを証明する! あ、あと、結界に半透明に色つけてくれ!」
「い、色……!? ノイクさん、なんでそんな余裕なんですか……?」
「大丈夫だからだ! あと、フレア!」
「何よぅ……」
……まだ泣いてんのかよ。
「ルウリィが結界を張ったら、上空に向かって魔法を撃ってくれ!」
「撃っていいの!?」
目をキラキラさせるフレア。立ち直り早いな。
「……ああ、大丈夫だ。なるべく派手でキラキラしたやつを頼む!」
「分かったわ!」
そうだ。フレアは、いつもそうやって笑っててくれ。
「じゃあ、ルウリィ、頼んだ!」
「もう……信じますからね!?」
その数秒後、俺の聴覚が閉じたように、ふっと静かになる。ルウリィが空気を通さない結界魔法のボウルを作って、御神木にかぶせてくれたんだろう。
結界魔法の外で、町民がどよめくのを感じる。ほとんど聞こえないけど。
「……誰か分からないけど、消すなら今だぞ」
炎に蓋を被せると炎は消える。
"窒息消火"——というと言葉は難しいが、助燃性のある酸素を燃やし尽くすからだ。
それこそ、小等部で習うことだ。誰だって知ってる。……フレアはどうか知らないが。
そして、魔法を消そうとするなら、手をかざすか、少なくとも対象を視認する必要があるはずだ。
「フレアは……よし、撃ったな」
空に向かって指の銃口を向けるフレアを確認した。と同時、町民みんなが上空を見上げた。
そりゃそうだ。地上がどんな状況だろうと、どでかい音で花火が上がったらそっちを見るのが人間の動物的な本能ってやつだ。
そして。
「……見つけた」
ただ一人、上空を見上げずにこちらをみている人間。
それがこのわけのわからない魔法の犯人だ。
……が、しかし。
「……まじかよ」
俺と目が合った片眼鏡をした男。
彼の顔には、見覚えがあった。
「アムーノ……!?」
それは、この町で指名手配されている魔法医師だった。




