SideA 怨嗟は斯くして連鎖して14
シーアの体を這うように伸びた紅の紋章が夜の闇の中で躍動する。そしてその相手であるクロエラもまた大きな翼を広げ、嬉々として月の光を背にその黒さをさらけ出す。
クロエラがシーアへと向けた手。黒く淀んだ歪みに包まれたその手からバサバサと音を立てて数多の鳥が飛び立つ。そしてそれが使命と言わんばかりにまっすぐにシーアへと襲い掛かる。
「食べれそうにない鳥に懐かれても嬉しくはないな」
手にした剣で向かってくる鳥を次々と斬り捨てるが、その中にひときわ大きな存在、クロエラが襲い掛かる。手に生えた鋭い爪がシーアへと迫るもそれを剣で受け、あいた手をクロエラへと向ける。そこに言いようのない危機を感じたのかすぐさま距離を置くクロエラ。彼女が数秒前にいたであろう場所に走る"黒い稲妻"。
「なんだ……その術式は?」
シーアの放った異様な術式。その結果、地面で転がっていた雛の死体が激しく燃え盛る。経験のないものへの警戒……クロエラは背後へと跳躍し、再度宙へと飛びシーアを見下ろす。
「私のエレキ属性は”よく燃える”ぞ? すばしっこく飛ぶだけの鳥の駆除兼調理には持って来いだろう? まあ、お前たちは食えないけどな!」
「食えないのはどっちよ……ねえ?」
呆れた声とともに辟易とした表情で答えるクロエラ。だが徐々にその顔が嬉々としたものへと変わり、それに呼応するかのようにクロエラの翼が……否、翼から絹のような衣状のヴェールが広がっていく。
シーアもその異常を感じたのかすっと剣先を向けたまま様子を見る。月明りをも通さぬ黒いヴェールがこの場を包み込むように広がり、そこは一筋の光もない暗闇と化す。
シーアはすぐさま手をかざし黒い炎の球体を浮かべる。だがそこにあるべきはずの光はなく、ただメラメラと燃える音だけが静かに聞こえるのみ。
「これは……ただ暗いだけというわけではないみたいだな。はは、印章術式の"闇のヴェール"……単に暗闇を作り出すのではなく"光を奪う空間"といったところか?」
苦境に臆することもなく呟くシーア。だがそこに響く羽音に小さく舌を打つ。
「光を飲み込む闇……か。安眠にはもってこいの環境だが戦闘には遠慮願いたい環境だな。ただでさえ夜で視界が悪いというのに……な!」
急接近する気配に剣を振るも感触はない。それどころか剣を握る腕に奔る"ブラッディ"のそれとは異なる紅の血流。致命傷とは程遠いが、それでも傷跡から滴る血は手当てを要する……はずだった。
「"ブラッディ"のおかげで傷はまあすぐ治るだろうが……それじゃあ現状維持がいいとこだな」
立て続けに感じた気配にシーアはとっさに地を転がり攻撃をかわす。バサバサと羽ばたく音が通り過ぎ、シーアはそっと立ち上がる。
「あはは、遠慮なく安眠してもいいのよ? そのまま永眠してもいいんじゃない?」
「黙れ鳥の親玉。鳥なら鳥らしく鳥目で夜は大人しくしてなさいよ」
「あはは……ごめんあそばせ♪」
楽しそうなクロエラの声とともに羽ばたく音が数を増す。シーアに近づくことはないにしろ、あたりに何かが羽ばたく存在が増えたのは間違いがない。無論それがクロエラの生み出した雛であることは明確なのだが簡単にあしらっていた先ほどとは状況が違う。
「さあ、今度はよけれるかしら?」
「……調子に乗るなよ」
静かな怒りを込めた声ののち、すうっと大きく息を飲む音が続く。それと同時に刹那大気の震えを感じ、愉悦に浸っていたクロエラの表情から余裕が消えうせる。
「全て……全てかき消してやる……"カタストロフィ"!」
咆哮のようなシーアの詠唱はさながら暴風のようにあたりに吹き荒れる。まるで術式を切り裂く鋭利な刃のように、即座にそれまで辺りを支配していた黒いヴェールを切り裂くように突き破り、宣言通りにかき消した。それだけにとどまらずクロエラの翼が、爪が、あたりを飛んでいた雛たちがぐにゃりと歪む。
クロエラは状況が理解できないながらも素早く地面に降り立つ。その後素早く迫るシーアの姿に急いで集中し、再度翼を形作ると今度は逃げるように慌てて空へと羽ばたく。
「ちっ、逃がしたか……」
「本当に……本当に何なのあなたは! 今あなたは確かに私の"術式を破壊"した。そんなでたらめな力……本当にあなたは……」
「"破壊"は私の得意分野だ。邪魔をするものは何であれぶち壊してやる……"インテンシファイ"」
先ほど同様にクロエラに向かい手をかざすと今度はシーアの周りに数多の紋章が浮かび上がりその紋章から勢いよく大小さまざまな武器がクロエラ目掛け射出される。
細剣やナイフ、槍や剣など、およそ刺突に使えそうな武器が果てることなくクロエラへと襲い掛かるもクロエラは素早く飛翔し、なんとか迫りくる武器をかわし続ける。
「ちっ……次から次へと出鱈目な!」
それまでの愉悦感もなく、忌々しそうな表情でシーアから大きく距離をとるとシーアも手を下げ、それに従うかのように宙に浮かんでいた紋章も霧のようにフェードアウトする。
「そっちこそちょこまか逃げまわるのをどうにかしろ。こう見えて結構面倒くさくなってきてるんだぞ」
腕を組みふんぞり返るシーアにクロエラは思わず口をへの字にして呆れる。
「術式も出鱈目ならおつむも出鱈目なのね」
「お前、初対面の人を相手に失礼だぞ」
「ただの人族とは到底思えない人だからいいでしょう、別に」
「なまじ"あっている"だけに何だか腹が立つな」
「あら? もしかして天魔族なの? それとも精霊族? いえ……天人族かしら?」
「三回連続はずれだ。だから次は私の問いに答えろ」
「うん?」
クロエラはなおも警戒しつつ、わざとらしく首を傾げてみせる。
「お前に"薬"を渡した奴はどこに行った?」
シーアの問いにピクリと眉をひそめたクロエラ。その反応を見逃さなかったシーアは目を細め、クロエラを睨む。
「……ふふっ、懐かしいことを聞いてくれるのね」
「知っているのか?」
「もうだいぶ前のことよ? いまさら聞いてどうするの?」
「もちろん……とっ捕まえて"生みの親"のところに連れて行って苦情の一つでも言ってやるのさ。拳骨つきでな!」
「へぇ……"彼女"にも親なんてものがいたのね。あはは、面白い! せっかくだから見てみたいんだけども……今ここであなたを見逃すと"贄"の供給ができなくなる。だからごめんなさい……死んで」
にっこりとほほ笑むクロエラ。それが"集合の合図"であったかのようにして森がざわつき始め、どこからともなく群がり始めた黒い鳥たちがクロエラへと吸い込まれるように集まっていく。
「これは……森に潜ませていた雛を全部呼び寄せているのか?」
自身の周りをびゅんびゅんと鋭利なナイフのように雛が通り抜けていく状況に危険を察知したのか、シーアはエアに合図を出しついてくるよう促す。依然続く雛鳥たちの収束を背にいったんこの場を離れるよう走り出す。
「な、なんてことをしてくれたんだお前は! クロエラを怒らせやがって……どうするんだ!」
「そうだ! あいつが本気を出してみろ……俺たちの村はひとたまりもないんだぞ!」
エアの大きな手に握られるようにして運ばれるブランとバートが青ざめた表情でシーアを弾劾する。だが揺れ動く視界の中見えたその横顔に慄いてしまったのか、口を閉ざす。
恍惚とした表情には快楽への期待こそあれ、恐怖など微塵もない。"どう殺してやろうか"? そんな声が聞こえるかのように目の前の少女は嬉々とした様子で、目線すらよこさずどこか上の空だ。
「ひとたまりもない? 放っておいてもいずれあいつの餌か彼とやらの贄になって滅びるんだろう? ははっ、誰もいなくなったら……お前たちは先にどちらがもう一人を餌として差し出すんだ?」
二人はシーアの問いに答えることもできず、もはや真正面からシーアを見ることもできないほどにおびえた様子でエアの黒い手の中で押し黙っている。
やがて森の入口へと戻り、そのまま止まることなくラヴィルの村に続く道を駆けるが、その背後で耳を劈くほどの甲高い方向が鳴り響く。
「さすがは鳥の親玉、はは、食用なら大歓迎だが……あれに詰まっているのは肉ではなくお前たちへの憎悪……なんだろう?」
辺りに邪魔な木々もない平野につくと走るのをやめ、自身の問いかけに無反応……ではなく恐怖に耐えれず気を失っている二人、そして森の上空に浮かぶクロエラの姿を見て口の端を吊り上げる。
宙に羽ばたくその巨体は見る者の遠近感を狂わせる。一見するとカラスのような鳥ははるか遠方にいるにもかかわらずその姿を捉えることができ、悠々とシーアへと向かい飛んでいる。そして近づくにつれ、黒い巨体はシーアたちを覆い隠すほどの影を落とす。
頭上をゆっくりと旋回するかのように飛ぶ巨大な黒鳥を見上げ、睨み、そして笑みを浮かべるシーア。そこにひらひらと抜け落ちた大きな羽がゆらゆらと、だが確実に敵であるシーア目掛け何枚も落ちていく。それに素早く異常と危機を見出し、腰に差した剣を抜き構える。
不自然に舞う羽はやがてもぞもぞとうごめき出し、人ほどの大きさの黒鳥へと姿を変えるとシーアに狙いを定め距離を詰めていく。先ほどとは大きくかけ離れたそのサイズのため剣で簡単に迎えるのは難しい。まして……それが抜け落ちた羽の分だけいるのだ。
「親鳥の図体がでかくなったら雛もでかくなるとかどういう理屈よ、ねえ? おまけに少しはおつむも育ったようで……」
雛はシーアと一定の距離を保つように群がっていく。それは先ほどの無秩序な攻撃と違い明らかに統率が取れた動きでシーアの周りをけん制するように飛び交う。
「もう一度"カタストロフィ"で……いや、消してもまた生み出すんだろうな。あの姿がやつの本性にして本来の姿であれば術式を破壊したところで意味はない。だからこっちだな……"インテンシファイ"」
片手に構えた剣をまるで指揮棒のように揺れ動かすと、それに導かれるようにして宙に浮かぶ紋章たちが動き出す。その様はさながら銃口を敵に向けるかのように、狙いを定めるようにも見えた。
「さあ、お前らは何匹殺せば臆してくれるかな……いや、今回ばかりはあの蜘蛛たちと違い臆することはないか。だが……本体はどうなんだろうな……なあ?」
"ブラッディ"の影響で紅く染まった好戦的な瞳とそれを見下す憎悪に満ちたどす黒い瞳。開戦を前に再度クロエラがシーアの頭上をゆっくりと旋回した刹那、両者の視線は確かに相手を殺すべき敵と認識し、刀剣の交わりのごとく鋭くぶつかり合った。
拙作をお読みいただきありがとうございました^^




