SideA 怨嗟は斯くして連鎖して13
複数の足音が夜にふける森をその静けさ共々かき分けるように進んでいく。ただし、そのうち人と呼べる者は一人の少女のみ。
〈う~ん、そのクロエラって人が今回の騒動の元凶なのかなぁ〉
「"人"のままかどうかは怪しいな……黒い紙に卵を産み落とすなんて術式、聞いたこともない」
〈ああ、朝起きたら黒い翼が辺りに落ちてたんだっけ?〉
「そうだな。共生組織の職員は死因は鋭いもので何度も刺されたといっていたが、たぶん鳥の嘴で何度もついばまれたんだろうな」
〈うへぇ……鳥葬ってのは聞いたことあるけど、さすがに生きたまま鳥に食べられるのはやだなぁ〉
陽気な声の響く透き通る青い石、ネックレスについた共鳴石を手に乗せシーアはそっと石を撫でる。
「やっぱり余計なやつがいないほうがよく聞こえるな」
〈ああ、気絶してるからかな? そちらのお二人さんが?〉
シーアの後ろから響く足音の主、"エア"は猫がのどを鳴らすかのようにゴロゴロと音を立てている。その両腕には気絶したバートとブランが"握られて"いる。エアはきょろきょろとその二名を交互に見てどこか嬉しそうにしている。
「……絶対食べたらだめだぞ? エア」
シーアの命令にエアは理解したのかどこかがっくりとうなだれる。しょぼくれた眷属にシーアはやれやれと首を振る。
〈あはは、エアからみたらなんでも食べモノなんでしょ〉
「まあエアはほんと好き嫌いというか見境なく何でも口にするからな。エメルやアリス、あとはアリスの王子様ぐらいか? 食べようとしないのは」
〈やっぱり"同族"はさすがに食べ物じゃないってわかるのかな? あ、それとも食の基準が飼い主のシーアと同じとか?〉
「……私は人族もその他の種族も食べたいとは思わないぞ」
けらけらと笑うエメルの声にシーアは再度やれやれと首を振る。
「そろそろ日を跨ぐ時間だけど寝なくていいの? というか体調は大丈夫なの?」
〈えぇ……シーアがそれを言う?〉
「むぅ……」
〈シーアが怪我をしてるのに最後に何かに襲われたってところで共鳴石につながらなくなったじゃない。あの後ずっとつながるの待ってたのに!〉
「いやぁ……水洞から出た後すぐに報復にラヴィルの村に戻っちゃったから……あはは」
〈戻っちゃった、じゃないでしょ! あの後眠いのを我慢してずっと起きてて、気づいたら明け方になってて……おかげさまで現在昼夜逆転ですが?〉
「……ごめんなさい」
〈素直でよろしい。でもほんとこれだけ心配させるのもこれっきりにしてよ? シーア?〉
「……わかった」
手にした共鳴石に落としたシーアの視線は実に穏やかだった。だがすぐさまその表情が曇る。
「う……ん……ここは……?」
「くっ……何が起きて……」
奇しくも同じタイミングで目を覚ましたバートとブランは身動きが取れないことに驚き、そして自分たちを拘束する異形の化け物を見て小さく悲鳴を上げる。
「もう夜は遅いんだ。騒ぐならもう一度安眠できるよう協力するぞ?」
灯りもろくにない夜の森ということもあり、最初はシーアの姿を見つけられず目を細めて凝視していたが、木々の狭間から差し込んだ月光に照らされた握り拳と金色の光を反射させた鋭い眼光にごくりと喉を鳴らす。
「クロエラとやらに会いに行く途中だ。お前たちが言っていた人喰いの森とやらはここであっているか? 一応サグニヴァス水洞から見て東に見えた森を進んでいるんだが」
「なっ!? ここは人喰いの森なのか!?」
「ふざけるな! こんなところにいては命がいくつあっても足りない! すぐに引き返すんだ!」
なおもエアの大きな手の中で身動きが取れない二人は体を大きく揺さぶりシーアへと訴えかける。だがシーアは聞く耳持たずといった素振りで振り返ることもなく森を突き進む。
〈シーア? そっちの二人じゃないけど、大丈夫なのこのまま会いに行って?〉
「ん?」
〈シーアだって怪我したばかりなんでしょ? クロエラのところに行って襲われでもしたら……〉
「そしたら手土産を置いて逃げればいいさ……なぁ?」
ようやく振り向いたシーアのセリフにさーっと血の気が引くバートとブラン。
「私たちをクロエラに差し出す気か!? そんなことをしてお前に何の得があるというのだ!」
「そうだな……人語を解しそうで、話になりそうなのは珍しいからな。"奴ら"にしてはな」
「な、何を言っている? 奴らとはなんだ? まさか貴様はクロエラと通じているのか!?」
「それはこれからの交渉次第だ。なあ?」
慌てふためく二人に失笑を浮かべ、まっすぐと進む先、そこに立つ一人の人影を見据える。そして胸元に出していた共鳴石を口元に近づけ、すぐさまそっと服の中にしまいこむ。
"今晩はぐっすりと寝て待つといい……無論、安心してね"。小さく聞こえたつぶやきに共鳴石はすっと瞳を閉じるがごとく、その輝きを失っていた。
* * * * * *
「懐かしく、忌々しく、耳障りで……忘れることもできない醜い声……それもそろって二人。ふふっ、あなたたちの方から私にはるばる会いに来るとは、いったいどんな心境の変化かしら? ねえ、バート、ブラン?」
戒律等兵のそれを彷彿とさせる漆黒のマントとフード。それに身を包む女性はマントの隙間から華奢な体つきをのぞかせる。
どこか不健康さを感じさせる青白い肌。だがそれでも月に照らされると柔らかに艶をまとい、対照的な闇夜の黒がコントラストとなってその美を際立たせる。
ただ惜しむべきはそんな彼女に対峙する少女にはそんな情緒は無意味だということ。
「なんの感動もない久々の再会中すまないが、お前がクロエラで間違いはないか?」
「……ええ、そうですが? あなたは誰ですか?」
シーアの顔をよく見ようとめくられたフード。露わになったクロエラの顔にシーアはすっと目を細める。特徴的と感じられたのはその瞳と口元のアンバランスな感情。
目こそどこか楽しそうに笑っているように見えるが、その口元はまるで笑ってもおらず、かといって怒りも悲しみも……憎しみも感じさせない無の感情に固められ微塵も動きを見せない。"目が笑っていない"という表現の対極を行くかのように、目の前の女性の感情はその瞳にのみ現れていた。
「先日この村にやってきたシーアだ。ヴィルギの村にもラヴィルの村にも"大変良く"してもらったからな。その二つの村のトップの恩人がいるなら挨拶ぐらいはしておこうと思って。手土産は"これ"で満足してもらえそうか?」
シーアがそっと手をあげ、後ろに控えるエアに合図を送る。エアは握っていた二人を乱暴に地面に放り投げる。咄嗟の行動にろくに受け身もできず、蛙がつぶれたような声とともに無事とは無縁な着地をするバートとブラン。
その様子を見たクロエラの目は見開かれ、より狂気じみた喜びを浮かべる。
「……それはご足労をおかけしてしまったようで。おまけに手土産までいただいて。感謝……と言いたいところですが、生憎そちらはまだ食べ頃には適していない」
「え? 食べ頃とかあるのこいつら? もう悪人の鑑みたいに十分私腹とお腹を肥やしてると思うけど?」
「ふふ……駄目でしょう。だって……"贄"がなくなってしまうもの。ねえ、お前たち?」
クロエラの呼びかけにバートもブランも応えようとはせず、目を背けたままでいる。そわそわとした身振りにシーアは眉をひそめ、言いようのない違和感からか自然と口元に手を当てる。その視線は後ろでなお固まったままの二人と目の前の女性を何度も往復するかのように忙しなく行き交う。
「……なるほど、必要なのは"餌"ではなく"贄"。つまり卵からかえった雛ではなく、おまえ自身が何かが満ち足りていないというのか? そしてそれを提供しているのが雛。いや……そうか……」
口を閉じ、呆れた瞳でバートとブランを睨みつける。
「何が私がクロエラと通じている……だ。通じていたのはお前たち……なんだろう?」
返答代わりの二人のぎょっとした表情にシーアは頭痛に苛まれるかのように頭を押さえる。だがその指の隙間からのぞかせた瞳は激しく怒りに揺らめき、それに呼応するかのようにシーアの肌に赤い血管のような紋章が浮かび上がっていく。
「な、なんだその姿は!?」
「お前もクロエラ達のような化け物じみた術式を!?」
「……"達"?」
シーアの台詞に慌てて口に手を添えたバート。その仕草に即座に詰め寄ろうとしたシーアを突如黒い何かが襲う。それを咄嗟に腕で払いのけ、地面へと叩きつけるように叩き落とした"それ"を見て口元を楽しげに緩ませる。
「これは……雛鳥というよりはお前の体の一部……といったところか?」
地面で痙攣している真っ黒な"鳥の形をしたもの"。そこからシーア以上に喜びに揺れる瞳を浮かべて微笑むクロエラへと向き直り、腰に差していた剣をゆっくりと抜き放つ。
「あなたの推理……いい線言ってましたよ? でも惜しいですね。まあ、あなたは私の"餌"にもなりえない。あなたは……ふふふ、"彼"の贄になってもらいましょう」
「彼?」
"それは誰だ"と続けるはずの台詞を遮る形で、シーアの脳裏に最近出会ったクロエラの名を呼んだ者の姿が浮かび上がる。
「ああなるほど……"この村の者以外"はお前の餌にはなりえない。だがお前以外のやつの餌……いや、"贄"とやらにはなるということか。これでようやく謎が解けた」
再度襲い掛かった複数の"雛"を剣で素早く斬り伏せ、シーアはクロエラへとゆっくりと切っ先を向ける。
「谷底で出会ったあの化け物はパルラを騒がせた人を草花のように枯死させた犯人。大方パルラで騒ぎになってこちらに逃がしたといったところか? そしてお前は自身の黒い紙の術式と、そこの馬鹿二人を使って両村に所縁のない者たちをあの石橋から谷底へと差し出させた。あの化け物が生きるための"贄"として……な」
「……はは、あはは……あはははははははっ!」
それまで瞳とは対照的に感情を示さなかった口元が初めて歪む。いや、変化したといったほうが正しいだろう。それまで慎ましい印象がしていた小さな口は人喰いの魔女と呼ばれるに相応しい獰猛な牙を覗かせる。漆黒の口紅を塗ったかのような唇はその端が吊り上がり、喜びへと変わる。
「いいじゃない別に! そこの二人はつくづく人を不幸のどん底に突き落とすことに長けているのだから、ねえ? ねえ? ねえぇ!? 適材適所でしょう!? ねえ?」
雄たけびのように荒々しく、震えるほどに狂気じみた声でブランとバートに叩き付けるように吐き捨てられた台詞。それが恐怖からなのか、それともそれ以外の何かかはわからない。だが青ざめた表情で身震いする二人の姿は演技や偽りといったものたちとは無縁。
「"私の家族"を……"ラパン"様も……そして私をも殺したお前たちは生きるに値しないゴミだ! 恨んでも恨んでも……いつまで恨み続けてもその果てが見えない。あの谷底よりも暗くよどんだこの感情……それこそが私への餌だ!」
喜びとも怒りとも判断がつかない激しい感情に揺れるクロエラの体。だがそれはけっして単なる比喩とは違った。
「ええ……せいぜい鳥の形に変化する希源種と思ってたのに……そういう感じなの?」
クロエラがまとっていた漆黒のマントがまるで揺らめく炎のように激しく蠢きだし、徐々に膨張し、クロエラの背中で大きな翼となって形を成す。そして両の手もまた黒く歪な炎のように激しく揺らめいたかと思うと猛禽類のそれを思わせる鋭い爪先へと変貌していく。
「"リーガー"と"ソラ"を足して二で割ったみたいな変異術式だな。実力は二人を足して百で割ったぐらいだと楽なんだが?」
はためきだした翼とともに宙へと浮かびはじめたクロエラ。それに対し臨戦態勢と言わんばかりに全身に浮かぶ紅の紋章は輝きを増していく。
「二人が逃げないよう見張ってろ、エア。あいつは……私の"獲物"だ」
緊迫した場のなか我関せずと地面にいつの間にか寝そべっていたエアに言い放つと、シーアはクロエラに真っ向から対峙した。
拙作をお読みいただきありがとうございました^^




