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SideA 怨嗟は斯くして連鎖して12

「話の続きをしても良いのかね?」


 ソファに浅く座るブランが不思議そうに問いかける。その視線の先、テラスの縁《ふち》で柵にゆったりと身を預け遠くを眺めるシーアはこくりとうなずく。


「聞こえなかったら言ってね? エメル?」

〈はいはい……よくわからないけど聞こえないように言うよ〉


 ブランではなく胸元の共鳴石にひそひそと語りかけるシーア。突然の呼び出しと何の説明もないままの聴取への付き添いのせいか声にはいつもの陽気さがない。感情を押し殺したかのような事務的な態度にシーアは少し戸惑うも、沈黙の間に聞こえる感情同様に押し殺された嗚咽にぽんぽんと指で優しく石を撫でた。


「今から10年ほど前の話だ。いまさら私やバートが言っても取り繕ったようで説得力はないだろうが、当時エイド家の当主であったヴァイスは村人からの人望も厚く、実に優れた執政者と認めざるを得ない男だった」

「ああ、そうだな。私たちのような武力行使や権力なんてなくとも人を従えていたな」


 並び座る二人の仕草は対照的で、ブランは顔を俯け、バートはどこか懐かしむようにふと天を仰ぐ。


「いい奴だった。エイド家に続き村で権力《ちから》を持つ我がアデム家やロナド家と俗にいう覇権を競い合う関係ではあったが……あれを嫌う奴などいないと思わせるほどにな。まあだからこそ……あの女の善意に潜む悪意に気づけなかった」

「その女の名前は何というんだ?」


 シーアの問いにブランはぐっと組んでいた手に力を籠めた。


「"クロエラ"……当時エイド家で給仕として働いていた"孤児"の娘だ」

「クロエラだと!?」


 勢いよく振り返り、無表情の仮面を向けるも二人は突然のシーアのリアクションにビクンと体を震わせる。


「し、知っているのかクロエラを?」

「……いや、話を続けろ」


 谷底にて邂逅した奇妙な化け物……希源種《オリジンワン》と思しきものがつぶやいた名の登場に少し取り乱したが、そのまま振り返ったことで背に移った柵にもたれかかり、話の先を促す。


「やつは恩人であるヴァイスに……いや、エイド家に災いをもたらした」

「そうだ……奴が来てからというもの、エイド家はたびたび不幸に見舞われた」


 シーアが来るまで飲んでいたであろうテーブル上の酒瓶を手に、そばにあるグラスに注がずじかに口をつけグイっと中身を飲み干すバート。どこか虚ろになった瞳をぼんやりと浮かべ、だらんとソファの背に身を預ける。


「最初はエイド家でおきた火災だ。白昼のもと起きた火の手は異常なまでに回りが早く、消火したころにはすでに館は燃え尽きていた。その火事で亡くなった唯一の死者がヴァイスだ」

「当主だけ亡くなるのはおかしいだろう? だが……館の燃え尽きた後からはヴァイスの亡骸だけが見つかった。それに……確かではないが亡くなったヴァイスの亡骸は損傷が激しく、まるで"彼自身が火災の火種"だったのではという声を他の使用人から耳にしている」


 ヴァイスの死を語ったブランはどこか嫌悪感を顔に浮かべている。ヴァイス自身が火災の火種という生々しい表現。それの意味するところを察してはいるが、シーアは特に変わることもなく話をさらに促す。


「その火災でさらに運が悪いことに、ヴァイスの一人息子もまた顔に酷い火傷を負ってしまった。それ以来彼は顔の傷を見られるのを嫌い、人前に姿を見せることもなくなった」

「ああ、だがそれでも亡きヴァイスの後を引き継ぎエイド家を支え続けたのがヴァイスの妻である"シルファ"だ」

「シルファ……?」


 新たな登場人物にシーアがぽつりとつぶやく。それと同時に顔をしかめ、再度二人からテラスの先に広がる遠景へと体勢を変え、柵に手を添え身を預ける。


「彼女もまた民を治めるに足る優秀な女性だった。だが、火災を理由にエイド家を離れた従者も多く、それがゆえに彼女もまた激務に身を置き続け無理をしてしまったのだろう。ヴァイスの後を追うように火災から一年と待たず亡くなってしまった」

「ふむ……そうか……」


 素っ気ない態度で相槌を打つシーア。その表情は一層厳しいものとなる。


〈……そろそろ話に飽きてきたんでしょ? シーア?〉

「うん」


 胸元からのツッコミのセリフに思わず素で答え、慌てて場を取り繕うように咳打つ。


〈とりあえず飽きて暴れる前にクロエラという女性の居場所を聞いておくといいよ〉

「ちょ……暴れるの前提なの私?」

〈前提というか……どうせそこに行くまでに一度暴れた後でしょ?〉

「むぅ……」


 実際のところは一度だけでは足りないほどに暴れているだけにこれ以上の反論は無意味というより状況悪化につながると悟り押し黙るシーア。


「シルファが亡くなった後は一人息子であった"ラパン"が後を継いだのだが、彼女が亡くなる数か月前にはクロエラはエイド家から姿をくらませていた」

「ああ、だが悲劇はそれで終わらず今から5年ほど前に今度はラパンとその婚約者であった"ハクア"という女性が……」

「あいにくこれ以上の他人《ひと》の不幸話には興味がない。お前らが言うその不幸の元凶であるクロエラ。そいつはまだ生きているのか?」


 二人のなおも続きそうな語りを遮り、シーアはぴしゃりと言ってのける。


「……奴はラヴィルの村の先、サグニヴァス水洞に続く道の途中にある東の森の奥深くに今もなお住んでいると思われるが、あの"人喰いの森"に好き好んで近づくものはおらず確かなことは約束できない」

「人喰いの森? それまたどういうことだ?」


 シーアの問いにブランは先のバートに倣いテーブル上になお残っていたつまみ代わりの木の実を手に取る。そして木の実ともども苦虫をかみつぶすかの様な忌々しい表情で少し口調を荒げる。


「クロエラが本性を現したに違いない! いつからかあの森には様々な生き物の骨が転がるようになった。無論そこには何も知らずに森に近づいた村の者の哀れななれの果てもな!」

「落ち着けブラン……お前のところの村の民がやられ悔しいのはわかるが……」

「もとはといえばこの村の分裂もあの女がもたらした災いだ! そうだろう、バート!」


 感情が異常なまでに昂ったブランは立ち上がると激しい身振りでバートへと同意を求める。行き場のない怒りから身振りはやがて八つ当たりへと変わり、テーブルを足で押しのけるように蹴り上げる。


「……落ち着いてまずは座れ、ブラン」


 ブランの蹴りでずれたテーブルをそっと戻し、ブランとは対照的な落ち着いた態度で諭すように語りかける。それでも収まらないブランは言葉にならない怒声を上げ髪をくしゃくしゃとかき乱している。


「今回の黒い紙の騒動はクロエラの仕業だ。奴は黒い紙を用い残されたアデム家、そしてロナド家の分裂を引き起こしたのだ」

「……クロエラはなぜこの村にそこまでこだわる? 孤児だと言っていたが、そもそもこの村に憎悪を抱くほど何かこの村の者は彼女にひどい仕打ちでもしていたのか?」


「そんなもの知るか! エイド家が施した恩こそあれ、恨みを買う真似など人格者であったヴァイスをはじめエイド家のものがするはずがない! 無論、他の家の従者にちょっかいをかけるなど……我ら誇り高きアデム家もバートのロナド家もせんわ! そう……奴はただ人の優しさを解さぬ魔女なのだ!」


 屋敷全体に響かんほどの怒声を上げ、肩で息をするブラン。やがてすとんとソファに腰を下ろし、手で顔を抑えながら俯いた。その肩をポンポンと叩き、バートはもの悲しげに微笑んだ。


「今でこそ黒い紙が原因で橋を挟み対立しているが、村の者も今の形のままでよいとは思っていない。無論、私もブランも同じだ。自分たちに付き従う従者や村人の手前、表立ってこうして気楽に酒を交わすこともままならん」

「ああ……私たちもまたシルファと同じだ。かつて一つだった"ヴィルギラの村"を取り戻すため尽力はしているがこの状況を打開する術がない。もう疲れたよ……いい加減うんざりだ……」


 しょぼくれた二人の姿にシーアは思わず失笑を漏らす。それを見たバートが怪訝な表情でシーアを睨むもシーアは緩んだ顔で二人へと近づく。


「さて……どう思う?」

〈どうもこうもないでしょう。シーアをひどい目に合わせた連中なんでしょう?〉

「だ、誰だ!?」


 バートの驚きの声。シーアが近づくにつれ聞こえたシーア以外の声にはっと俯いていたブランも顔を上げている。"しまった"という心の声がブラン、そしてバートから漏れ出したようだった。そしてその様子を見てシーアは"確信"した。


「クロエラの憎悪の元凶は大方お前たち二人だろう。つまりお前たちは権力のためにエイド家が邪魔だった。そしてその罪をクロエラになすり付けたのだろう」

「な、そんなはずは……ひっ!?」


 抜きはなった剣の切っ先がバート、そしてブランの顔のすぐ先を行ったり来たりと獲物を求めさまよう。


「サグニヴァス水洞の手前の森だったか? 人喰いの魔女への手土産は"二人前"で事足りるか? 事足りるよな? なんせ一番御所望の品だろうしな」


 そういってシーアは満面の笑みでぐっと拳に力を入れた。

拙作をお読みいただきありがとうございました^^

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