SideB レイド戦の礼儀って大事だと思います11
"KEEP OUT"とループするテープを刑事ドラマ以外で見たのは初めてだ。いわゆる立入禁止の効果のある結界。異世界チックに表現するとこうなるんだろうな。まあ……とりあえずそろそろ現実に戻ろう。結界張られてるの俺んちだしな!
「志亜さん!」
夜遅くにもかかわらずよくまあこれだけ集まったものだ。野次馬を避けてようやく駐車した車を降りると有栖はなおも警察に事情聴取中の管理人さんの方へと走っていく。あ、早速見張りしている警官に制止されてる。まあそうなるわな、見た目よう……おい、早速ジト目でこっち見るな。
「どう見る、十字」
「ん?」
がやがやと騒がしい中だが、力也の鋭さを増した声はクリアに聞こえた。問いかけたほうも思案を巡らせているのだろう。俺のほうに視線を向けぬまままっすぐと人ごみの先、垣間見える食堂の惨状を見つめている。
「管理人さんの話じゃ孵化したクロエラの雛は餌がなければ元に戻るという話だったよな。黒川さんのスマホはデータごと俺たちが預かったはずだから戻る術はないはずだ」
「そうだな。だが、クロエラはこの共会荘へとやってきた。どういうことだ……」
響と摩子さんも神妙な面持ちで人ごみの中へと歩いて行った。その背を見てなおも立ち止まったままの力也の背をポンとたたく。
「考えるのはまあ後でいい。とりあえず電話では無事と聞いているがお前も早いところ飛鳥ちゃんのとこにいってやれ」
「……そうしよう」
警官に事情を話しテープを越え、食堂前に集まる管理人さんたちのほうへと向かう。近づくにつれ徐々にクロエラのもたらした災厄、いや、憎悪のような黒い感情がまじまじと感じられる。そう思うほどに食堂の荒れようはひどいものだった。
引き戸のガラスはほぼほぼ割れており、鴉以上に異常な黒い羽が数枚まとわりついている。無論、割れたガラスのその先はまとわりつくなんてものじゃない。思わずおぞましさから身震いしてしまうほどにそれは床を黒で埋め尽くしていた。
「ああ、こっちだ十字、力也」
食堂の隣にある管理人さんたちの部屋の横、二階に続く階段から響に呼ばれた。そこには響の他に摩子さん、階段に腰を下ろし眠たげな目で不機嫌そうな表情の零華、それと対極的になぜか明るい表情でドヤ顔気味のF子の姿。
「ふひひ、遅かったなお前たち。われらが拠点は私と零華のそれはそれは夜の闇をかき消すほどの輝かしい大活躍により無事守られたぞ! ピッカピカの勲章もの! ただし食堂は除く」
「それ無事って言わないからな?」
「無事の部類ですわ、十字さん。というかあなたたち何してたんですのほんと」
「いやぁ、そういわれても俺たちもなにがなんだか。クロエラの例の黒い画像は俺たちが持っていたはずなのにどうしてここに現れたのか」
呆れというよりは疲労からくるため息をつき零華はがっくりとうな垂れる。随分と眠そうだが、まさか精霊術式を使ったのか? でも子供たちがいないと使えないだろうし……単に疲れているだけか?
俺の疑問に感づいたのか、零華はちょいちょいとはだけていた自分の胸元を指さす。おそらく戦闘のドタバタで衣服が乱れているのだろうがそこは敢えて触れないようにしてたんだぞ? でも見ろというのでこれはしょうがない。下心とかないから。
「なんだその頭悪いくらいにピカピカした石?」
「頭悪いは余計なのでその言葉だけ持ち主のあなたにお返ししますわ。まったく……なんでこれを志亜さんが。いや、そもそもあるならもっと早く渡してくれればいいものを……」
一言多かったのは悪かったが説明を前になんだか不機嫌かつぶつぶつとぼやき始めたな。オッケー、さわらぬ精霊に何とやら。俺からはもう何も言えない。
「零華、すまないがここで起きたことを聞かせてくれるか。俺たちが出た後に何があったのか」
トントンッ
『疲れているところすまないが状況を説明できるのは貴女しかいない』
響と摩子さんの問いかけ……一名は"問い書き"? に対し零華はこくりとうなずく。その横でうんうんと零華の数倍頷いていたもう一人の幼女チックなレディがはっと何かに気づき首をぶんぶんと横に振る。
「あれあれあれあれもひとつあれ? 誰かお忘れでないかいデビル&エンジェル? もう一人のメディア女王を?」
「アウトプットに難ありな方はお静かにお願いします?」
「心外で侵害なワードをインプットしたぞ十字? いいのか? 零華だとエンタメ要素皆無の冷淡簡潔スピーチになってしまうぞ?」
「それが今一番求めているプレゼンスタイルかな」
「くそう……やはりプレゼンといえばオフィス系クールビューティが独壇場。分が悪すぎる」
「もうどうでもいいから敗者はお口にチャックしてて下さい。話が進まん」
そういって俺が口をチャックで閉じる仕草をするとF子も真似てすっと口の前で横に手を動かし唇をぴたりと合わせにかっと笑う。そういや夜行性だったな、幻妖族は……テンション高いなぁ。
* * * * * *
「皆様が出たのは夜の八時ごろでしたわね。飛鳥さんと黒川さんはしばらくおしゃべりをしているみたいでしたわ。F子さんはいったん部屋に戻ると言って早々に食堂から出ていかれましたが、あれは自分の部屋ではなくもしかして志亜さんのお部屋に? 食堂からもドアの開く音が聞こえましたわ」
「うひひ、ご名答だ。志亜姉さまに呼ばれそこでめくるめく艶やかな夜を……過ごせるかと思ったが、入って早々眠っている絵芽様を抱きかかえた志亜姉さまに部屋を貸してくれと頼まれたぞ」
「部屋を貸して……? ああ、あの時階段を上る音が複数聞こえましたがあれは志亜さんでしたの?」
「そうだぞ。それはもうドギマギブギウギウキウキハイなテンションで志亜姉さまwith絵芽様をダーティ&ダークなマイルームにウェルカムカムカム?」
「ダーティって……あなた部屋は普段からしっかりと掃除しなさいな」
「うひひ、幻妖族は闇を好むダークな存在! やだかっこいい!」
「いえ、ダークの部分は別にどうでも……はぁ、いいですわその辺りは。それで、どうして志亜さんは突然あなたの部屋を貸してと言ったんですの?」
「ふむ……簡単に言うとわからぬ。詳細に言うと志亜姉さまが"念のため"と言ってたが理由は教えてくれなかった。そして可愛く言うと『ふえぇ……瞳ちゃんにはわからないよぉ……』だな!」
「あなた説明に少し……いえ、過分に余計なオプションつけすぎじゃありませんこと?」
「それが我が生きがいにして突き進むべき生涯!」
「いったんそのデッドエンドな生涯に幕を閉じて新たな生涯を生きることをお勧めしますわ」
「そうだな、絵芽様や志亜姉さまはおそらくこの世界でも"一度きりの生涯"だ。だからこそ慎重にならざるを得ないだろう」
「……そうでしたわね。もしかしたら志亜さんが依然教えてくれた絵芽の"アイデンティファイ"がこの襲撃を"感知"したのかもしれませんわね」
「うひひ、だろうな。そうじゃないと志亜姉さまが"精霊結晶"とやらを私に預けた理由もない」
「本当に……なんであの人が持ってますの。我が国の禁忌にして最重要機密ですのに」
「まあおかげでお前も子供たちを危険な目に合わせずに済んだんだ。志亜姉さまに感謝こそすれ恨んでやるな。あ、かといって愛もだめだぞ? 側室の座だけは誰にも譲れぬ。境界を分かつものの名に懸けて……な!」
「私も背負ってる肩書を勝手にくだらないことに懸けないでくださいな」
「うひひ、肩を並べるものがいて嬉しいぞ、"レイア"!」
「はぁ……おつむが異世界に戻ってますわよ、"アイギス"さん」
そういってどこか懐かしむ二人の視線が交差した。
んで……それを傍目に見る冷たい視線三人分にもそろそろ気づいてもらえないだろうか?
「とりあえず説明初めて脱線しつつ色々と気になる事実や用語をあれやこれやと増やすのマジやめて。てか話のスタートラインすらまだ切れてないぞお前ら」
響も摩子さんも頭を抱え小さくため息を漏らしている。思わずF子のペースに飲まれていたことを自覚してか、落胆する零華。まああれだ……どんまい!
「十字さん! ああ、皆さんといたんですね」
「ん? そっちはもう大丈夫なのか?」
俺を見つけとことこと駆け寄ってくる有栖。ここについて早々に管理人さんのほうに向かっていたが、そういや徐々に辺りのがやがやとした声も閑散としてきたな。
「ああ、F子さんもこちらにいたんですね。志亜さんが探してましたよ」
「え!? え!? 志亜姉さまが私を求めている!?」
「お前もしかしてこっちの世界に来るとき神様からバグった翻訳スキルを特典とかでもらった?」
「うひひ、安心しろ、正常な曲解スキルをもらってる」
「曲解って……自覚あるのかよ」
「うひひひひ、まあおおかた聴取も終わり絵芽様のいる私の部屋に戻るつもりだろう」
「そういうことですよ瞳さん」
「うひ!? い、いつの間に!? 志亜姉さま」
有栖と違い接近に気配すら感じなかった。相変わらずにこにこしててもどこか怖いわ、この人。
「すみませんが今晩は絵芽も寝てしまっているでしょうし、私も瞳さんのお部屋に泊めていただいてもいいですか? 食堂ほどではないにしろ、私たちの部屋も今回の件でゆっくり眠れるようではないので」
「は、はひ! 是非是非ごゆるりと」
普段の無駄に漂った余裕はどこへやら。うわずった声でカクカクと身振り素振りを交え何とか対応しているF子。ほんと異世界でもこんな感じだったのか? とりあえず志亜さんをまるで道案内するかのように恭しい態度で部屋へと二人戻っていく。
「あはは、まあF子さんと志亜さんもなんだかんだ仲良しですからね……って、あれ?志亜さんたちはF子さんのとこで寝るとして……私は……」
危機を察しそっと有栖から目をそらす。前回の絵芽復活時の急なホームレスと違い今回は零華や摩子さんもいる。ちょびっとだけ視線を戻すとどうやら有栖も以前のことを思い出していたのか少し気まずそうにちらっと俺を見てはすぐに目をそらしている。
「え、ええっとすみませんが零華さんか摩子さん、今晩は泊めていただけないでしょうか」
有栖が申し訳なさそうに尋ねると零華と摩子さんはきょとんとした表情で互いに顔を見合わせ、すぐさま首をかしげる。
「ええっと? 私たちの部屋でいいんですの?」
『十字の部屋じゃないけどいいのか?』
「何か誤解していないかね君たち?」
有栖は顔を真っ赤にしてぶんぶんと手を振り否定しているが……あー、なんか二人が小悪魔的な笑みを浮かべだした模様。よし、そっとこの場を離れておこう。
俺たちを見ていた響も俺の視線に気づき苦笑いで応える。すまんがこの場は任せた。
三人の女性陣がわちゃわちゃとじゃれあう横を通り過ぎ、階段を上り二階へと上がる。二階の手摺り越しに見下ろすとすでに野次馬も警官も姿はなかった。それまでの喧騒が嘘のような静寂にふとどこか安心感が沸き上がる。
ガチャッ
背後から聞こえたドアの開く音。そしてそこから出てきた人物の姿に束の間にすら満たない俺の充足した安心感タイムは終わりを告げた。
拙作をお読みいただきありがとうございました^^




