SideA 怨嗟は斯くして連鎖して10
震える足が止まるたびに背後から聞こえる舌打ちと威圧感。シーアに案内を命じられた男はもはや涙目でそのズボンには大きく濡れた跡が広がっている。
「ブ、ブラン村長のお屋敷はあれです……」
家ではなくお屋敷と呼ばれた目の前の建物はそれまで道沿いに建っていた村人たちの家とは明らかに別格。ただ住むためだけの家ではなく、石造りでところどころ装飾の施されたそれは住む者の富と権力を想起させる。
「なるほど……もはやお屋敷というか小さな城とで言ってもよさそうだな。随分と羽振りがいいようで。ずるいと思わないか? なあ?」
仮面越しに聞こえるシーアの穏やかな問いに男はしばらく黙り込んで思考を巡らせなんとか返事を絞り出す。
「お、俺はただの平民だから。こんな立派な家とは無縁だ……です」
「まあ私もこんな家じゃ落ち着いて住めそうにないな。王城でもあるまいし。もしかして謁見の間みたいな部屋まであったりするのか?」
「さ、さすがにそんな部屋は……」
「はは、そうか。じゃあご立派な中庭なんかはあるのか? 宴を催せるような大きな広間なんかはありそうだな? あ、もしかして礼拝堂なんかもあったりして?」
矢継ぎ早に冗談めいて問いかけてくるシーアに男は返す暇もなくただ困ったうなり声をあげていた。その様子を見てどこか楽しそうにポンポンと男の背中を叩き、肩越しにふと男の耳元でシーアが囁く。
「ちなみに……わる~い奴を捕まえておく牢屋みたいなものはあるのかな?」
男の背中にどっと汗が浮かんだのか背中にまで濡れた跡が広がっていく。その様子を見てシーアは何かを悟ったのか小さく頷く。
「道案内ご苦労様。もう用はないわね……」
「ひっ……!?」
命を弄ぶ者はこうした冷ややかでいてどこか楽しそうな声をするのだと、男は強くこぶしを握り締め顔を俯ける。
「どうにか助かる術はないか……な~んて考えてるのかな?」
図星だといわんばかりに男の体は大きく震える。シーアは優しく男の肩に手を乗せ……すぐさま力を込めて男を自身のほうに振り向かせる。
「さて……お前に一つチャンスをやろう」
「た、助けてくれるのか!?」
「それはお前の態度次第だな。まあ、あのバートとかいった他人様の荷物を投げ捨てるような功労者への恩をあだで返すクズとは違うから……ちゃんと功労者は労うつもりよ? ねえ?」
息をのむゴクリという音が静寂の中響く。
「あの橋で私がした質問をお前は聞いていたか?」
男は慌てて思い出そうと考え込み、目の前で無表情の仮面を向けるシーアに向かいぶんぶんと首を縦に振る。
「過去お前たちは"両村に関わりのない者"にあの黒い紙を運ばせようと試みたことはあるのか……こちらについては"おまえたち"も知らないんだろうな。おそらく両村の村長とその近しい者だけがそれは"無駄"だという理由を知っているんだろうな」
「え?」
「ふふっ……おおかたそういった連中は黒い紙を恐れて捨てて逃げたとでも聞いているんだろう、お前たちは。そして私のように戻ってきたものは……今回のようにあの橋から突き落としていたんだろう?」
シーアはそっと仮面を外す。その下に浮かぶ怒りを秘めた笑みに男はただただ黙り込み視線を逸らす。だがすぐさま男の頬に強い衝撃が走る。
殴りつけた拳を涙目で座り込む男に向け、笑みの消えた憤怒の表情で男を見下ろす。
「思い出すとなんだか腹が立ってくるな……早いところ話を進めよう。私があの時した二つ目の質問……わかっているな? 黒い紙を持った村人はどこにいる? いや、どこに拘束されるんだ?」
すでにおおかたの予想は立っているが……それでも当事者の口からはっきりと聞き出すため、シーアはまるで銃を持つかのように拳を男の顔面に突きつける。
「……もうわかっているんだろうあんたは。そうだよ、村長の家にある離れの牢屋……そこに収容される」
「なんとも思わなかったのか? 同じ村人を助けるでもなく……見捨てるだけのその行為に」
「お、俺だって悪いとは思っている! "エイド家"の連中だって同じ村人。でも……いざ黒い紙が来ると、正気でなんかいられなかったんだよ!」
感情まみれの吐き捨てるような声を吹き抜けた夜風がかき消していく。息切れ気味のヒュウヒュウとした呼吸音だけが静かなその場に残る。
「お前のところにも黒い紙が来たことがあるのか……そして、そのエイド家とかいう連中に紙をなすりつけたんだな?」
「……そうだ。最初は悪戯かと誰もが思っていた。だが徐々にあの紙を持つものが犠牲となるとわかってきたころ、俺たち"アデム家"の奴らはブラン村長に呼ばれ、今後の対策について聞かされた。"ロナド家"の連中……ヴィルギ村のバート村長に従う村人たちも同じことを聞かされたんだろうよ」
「ロナド家にアデム家……ふん、こういった僻地の村にありがちな面倒くさい派閥のようなものか。それで……その対策とやらの内容を当ててやろう。黒い紙が見つかったらエイド家の村人の家で見つかったことにして……紙をなすりつけさせないよう村長の家にある牢屋に監禁したんだろう」
それが肯定かどうかはわからないが、がくんと男の頭が力なく垂れる。
「すまなかったと思っている……最初は俺だって家族を家に残し、黒い紙を持って人気のない場所で最期を遂げようかと覚悟を決めていたんだ。だけど……そこに村長の取り巻きたちが来て黒い紙の処理は任せろと……さ、最初は断ったんだよ俺も! でも……俺は……俺だって妻や娘と……うぅ、すまない……すまない」
「それからはお前も共犯者。さぞ村長様に従順な死神代行をされていたんだろうな」
シーアは男に突き付けていた拳を下ろし、再び仮面をつけると館へと歩き始める。背後から聞こえるすすり泣く男の声に小さく舌打ちを鳴らす。
「お前は今回の顛末をいずれ来るであろう戒律等兵どもに全て話せ。それがお前を生かす条件であり、お前が人生をかけて償うべき罪だ。お前の代わりに犠牲となった者が亡くなったからといってただ泣いているだけなんて……私は許さない」
「うぅ……ぁい……はい……はい……」
シーアの言葉に男は子供のように泣きじゃくり、祈りを捧げるかのように何度も何度も頭を下げた。
拙作をお読みいただきありがとうございました^^




