SideA 怨嗟は斯くして連鎖して09
「今夜は"グリーングレア"だったか……ははっ、いつも大忙しなアリスも今日ぐらいはベッドで安らかに眠れているといいな」
ゆっくりとした足取りで歩くシーアの表情は心凪の光と呼ばれる新緑の月明かりに照らされてか、それは穏やかなものだった。
徐々に見えてきた生活の灯の数々は遠巻きには群れを成す蛍のようにも見えた。そこに時折入るノイズはそれまで閑散としていた光景が嘘のような行きかう人々の影だろう。
「なんだ、黒い紙が無ければ中々に賑やかなんだな。私が旅立つ前はろくに店もやっていなかったというのに」
拳を握っては力を抜くを繰り返し指先の感覚を確かめ、シーアはすっと瞳を閉じ、小さく呼吸をする。無言のまま懐に手を伸ばし、取り出したのは感情のない白の仮面。
覆い隠したのは歪み始めた顔……ではなく湧き上がる黒い感情。ふつふつとこみ上げる熱さに呼応するかのように、シーアの肌に這い始めた赤い紋章。
「……何が"我慢のできる大人のお姉さん"だ……ははっ。いつまでたっても……どこまでいっても私は子供で……化け物だ」
その言葉を合図にシーアは走り出した。すさまじい速さはまるで弾丸のよう。
二度目となる"ラヴィルの村"への帰還。シーアは隠れるそぶりもなくまっすぐと村の入口へと駆けていく。
村の入り口には見張り台替わりの櫓、そして夜の闇を照らす松明の灯り。そこに数人の男性が見張りそっちのけで談笑していたが……シーアの接近に気づいたものが指をさし、他のものもあわてて傍に立てかけていた弓を手に立ち上がる。
「お、おい止まれ! なんだお前……うがっ!?」
櫓の上、最初に弓を構え警告を挙げた男性の視線がすぐさま地面から空へと移動する……。その視線の中、飛来した黒い影がそのまま視界いっぱいに広がった……強い衝撃とともに。
落ちてきた男性を見てすぐさま下にいた男性たちは大声をあげ村に危険を知らせる。それを制止するでもなくゆっくりとした足取りで櫓から飛び降り、立ち尽くすシーア。危機を伝える声を餌に村人が集まる。その様子を獲物の数を数えるように、辺りを見回し仮面の下に残忍な笑みを浮かべていく。
「ちっ、あの紙が消えてようやくしばらくの平穏が来たと思ったら……なんなんだよお前は!」
手にした粗末な手製の槍を向けて男性が喚くように問いかける。だがそれに応えるでもなく、シーアはただ人が集まるのを待ち無言を貫く。
その様子は問いかけた男性からすれば無視されたと思えたのだろう。徐々に落ち着き冷静に見てみると松明に照らされた仮面の襲撃者の体格は小柄。マントで肌こそ見えぬが多少は日々の労働で鍛えた自分に比べれば貧相。
だからこそ男性は仲間が駆けつけるのを待たず、シーアへと目掛け突っ込んでいく。それが誤った選択だとも知らず、数秒後には鈍い衝撃と灼熱の痛みが男性の横腹を襲う。
くぐもった声を上げて地面に崩れた男性。目にも見えぬ速さの蹴りをくらったこともわからずただ腹を抑え口をパクパクと動かしていたが、その頭をシーアは無慈悲に踏み潰した。
「ひ、ひぃい!」
首より上を欠落させた無残な亡骸を見て残された男性が尻もちをつく。それまでの立っていた位置よりも低くなった男性の頭目掛け、シーアは再度ボールを蹴り飛ばすかのように蹴りを放つ。
鳴り響く不快な破砕音と飛び散る鮮血が地面を濡らす。
後から駆け付けた村人たちはやってきて早々息をのみ、目の前に立ち尽くす不気味な仮面の襲撃者、シーアに視線を釘づけにされる。
「な、なにが目的だ!?」
「こんなことをして、ただですむと思って……」
口々にされた言葉はどれもこれも恐怖からくる震えをまとい、ただ返される言葉もなく消えていく。
眼前に立つ仮面の者はまるで”自分たちをどう殺すか"を考えているかのように押し黙ったまま身動き一つせず、感情のない面を自分たちに向けている。
「い、いやだ! 死にたくない!」
その様子に恐れをなした一人の男性がその場から逃げるように勢いよく走りだし、それを見て我も続けと振り返った者たちの目に最初に飛び込んだのは希望ではなく絶望の成れの果て。
先に逃げたはずの男性は地面に痙攣したまま倒れており、あるべきはずの頭は恐怖と驚愕に染まったままその亡骸のそばに転がっていた。
「……退屈だ」
ようやく聞こえたシーアの声……聞き覚えのある女性の声に何人かの村人がはっとした表情で再度シーアへと視線を戻す。
「お前たちにした質問を覚えているか?」
誰に向けたとも取れない独白のようなシーアの問いかけ。
「過去、お前たちはあの黒い紙をラヴィル・ウィルギの両村の村人以外のものに運ばせようと試みたことはあるのか?」
言葉にして答えようとする者はいないが、「お前は知っているか?」といった様子で互いに見合う村人の様子にシーアは答えを察し、続けて問いかける。
「黒い紙が見つかった家の者は……いや、"黒い紙を持たせられた者"はどこに監禁されるんだ?」
シーアの問いに答えれるものはやはりいない。だが……先の質問のときと違うのはシーアの問いに"首をかしげるもの"と、"目に見えて動揺した様子のもの"の二種類の人間がはっきりと見て取れること。
シーアは近くにいた"動揺したもの"の一人に素早く詰め寄り、その胸ぐらをつかみ持ち上げる。
「茶番はいい。村長さん達のところに案内してくれるよな?」
おびえて固まる男性を横目にシーアは空いた手でパチンと指を鳴らす。その音を……合図を待っていたかのようにシーアの影が揺らめき、異形の化け物が姿を現す。
谷底で"エア"と呼ばれていたそれはゆっくりと背中に生えた巨大な翼を広げる。そこに落ちた影からさらに四体の同じ姿の異形が現れ、産声と言わんばかりの咆哮を上げる。
「こいつ以外はもうどうでもいい。喰らい尽くせ、眷属たち。好き嫌いせずしっかり残さず食べるんだぞ。"何もなかった"ことにできるくらいに……な」
シーアが再度指を鳴らすとそれを皮切りに、エアをはじめとした異形たちは村人たちへと襲い掛かる。突如現れた化け物に慄き震えていた彼らはもはや逃げることも忘れただただ死に染まっていく。
あるものはその突き出た口でかぶりつかれ、あるものは異様な巨腕から繰り出される鋭い爪で切り裂かれる。そして動かなくなった死体はやがて彼らの餌として骨の砕ける音とともにその腹の中へと納まっていく。
シーアの襲撃に沸き立った村の入り口、防衛の要が夜の静けさに飲まれるまで、わずか5分もかからなかったであろう。そしてその場にはすでにシーアの姿はなくなっていた。
拙作をお読みいただきありがとうございました^^




