SideA 怨嗟は斯くして連鎖して05
〈あ、シーア? 繋がったかな? 聞こえてる? どうしたの昨日は? なんだかずっと共鳴石が繋がらなかったみたいだけど〉
「んっ……エメルか……」
〈んんん? もしかして寝起き!?〉
「寝起き……だな」
〈なんだかすごく疲れてるみたいだけど、大丈夫?〉
「……少し、しんどいかな、ははっ。さすがにあの高さじゃ命そのままに降りるのは骨が折れたわ。言葉通りね……」
〈もしかして怪我をしてるの!? そうなんだね? そうなんでしょ、シーア!?〉
「……なんのことかな?」
〈シーアっ!〉
「ははは、怒んないでよエメル。でも、心配してくれてありがとう。私は大丈夫だよ。少なくとも、歩くぐらいは問題ないみたいだから」
〈け、怪我してるなら無理に動いちゃダメっ! ねえ、今どこにいるの? アリスにお願いして救助を向かわせるよ?〉
「駄目だ……せいぜい弱ってるところを事故に見せかけ殺されるのがオチだ。わかるでしょう、こんなチャンス、あの腹黒が見逃すわけがない」
〈だ、だったらクロス君なら……彼ならあなたのことそんな風には……〉
「それも駄目。あいつがいたらやりづらいでしょう」
〈やりづらいって……そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!〉
「……安心してエメル。私は死にはしない、絶対に。ただ……クロスがいるとやりづらいでしょう? さすがに村二つ分滅ぼすぐらいに暴れようっていうのに」
〈村二つ!? シ、シーア!?〉
「エメルとの絆でもあるこの石を投げ捨てたあの村の連中を許しはしない。あの忌々しい笑みを恐怖に染めてやる」
〈……ねえシーア? 何があったかはよくまだ分からないけど、シーアが怒るなら私もそれでいいと思う。あなたを傷つけたやつがいるなら私だって許さない。だけど……だけどお願いだから傷ついているのなら無理なんかしないで。ねえ、お願い〉
「……無理はしない。それに、私に無理なことなんてない。私は……化け物だからな」
〈シーア……そんなこと……〉
「ごめんなさいエメル。どうやらゆっくりお話しできるのはここまで見たい。はは、血の匂いでもかぎつけて来たのか……なあ、"お前ら"」
〈え? なにか……るの……ーア、ねえ……えてるの〉
シーアは徐々に遠ざかるように小さくなっていくエメルの声を石ともども胸元へとしまう。
「"グルースパイダー"……はは、どうせならまともに可食部のあるやつのほうが嬉しいんだけど?」
差し込む光が複雑な凸凹を描く壁面を微かに照らす。そのおかげで完全な暗闇という不利な状況だけは免れたシーア。だがそれでも色素の落ちたような白い体毛をまとう1メートルほどの大きさの蜘蛛、シーアがグルースパイダーと呼んだそれらは群れを成しシーアへと襲いかからんとしていた。
* * * * * *
グルースパイダーは体内に特殊なゲル状の物質をため込む器官を有しており、体内にとりこんだ水と混ざると強力な粘着性のある液体、"水糸"へと変わる。直接かけられようものならまともに動くこともできなくなり、水糸に濡れた場所に触れてもまた強烈な接着効果により動きを拘束される。
地面だけでなくシーアの頭上近くの壁面にまで水糸を利用し張り付くグルースパイダーたち。シーアはそっと腰に差した剣の柄を握るが、ふと何か思いついたのか柄から手を放す。
「この剣じゃせいぜい一、二体も斬ると体内の水糸に拘束されるな、ははっ」
シーアはすっと右腕を横に伸ばし、眼前に迫る蜘蛛たちに不敵な笑みを向ける。それと同時にシーアの腕を中心に同心円状に光の紋章が広がる。
「"インテンシファイ"……さあ、お前らは何匹殺せば臆してくれるかな」
紋章をくぐらせたシーアの手が投擲に適した小型のナイフを握りしめている。それが開戦の合図となった。
シーアのそばに忍び寄っていた数匹の蜘蛛が一斉に口から水鉄砲のような細い水流を放つ。無論ただの水ではなく、くらえばアウトな水糸だ。シーアは顔を痛みに歪めつつ、ごろんと大きく横に転がり、膝をつきながら手にしたナイフを順に蜘蛛へと投げつける。
ギギャギャッ!?
水糸の噴出口でもある口にナイフを受け、苦痛と動揺から耳障りな悲鳴を上げる。パニックに後ずさる蜘蛛と引き換えに、追加の蜘蛛達がうぞうぞと不気味な足を這わせシーアへと距離を詰める。だが、なおも投擲され続けるナイフが一定距離以内の接近を許さない。
なおも腕の周りに紋章を展開したまま次々と何もない空間から引っ張り出すようにナイフを取り出し、一本も外すことなく的確に投げ続ける。
その大きさからナイフ一本では致命傷にはなりえないが、それでも口元や足と体の関節部へとナイフが刺さると悲鳴を上げ次々とシーアから遠ざかっていく。
その光景はさながらシーアへと押し寄せる白い波。押しては引いてを繰り返すように波打ち、前後からシーアへと接近を試みているが、依然として一匹もその標的へとたどり着けてはいない。いや……むしろ標的との距離は徐々に遠ざかっている。
目の前の女は明らかに弱っている。顔色も悪く、片足を引きずるように移動している。また、動いている腕も一本だけで空いた左腕はだらんと垂れている。明らかに自分たちが優位だったはず……それが強い疑念へと変わっていく。
「どうした……私を食べようとしていたんじゃないのか? なあ?」
手にしたナイフを器用にくるくると回したのち、遠ざかろうと後ずさっていた蜘蛛の猫の額ほどの広さの口元に目がけ投げつける。悲鳴すらもはや上げることもできず、その場に崩れ落ち動かなくなった同胞の姿になおも向かい続けようとした蜘蛛たちの足が止まる。
「……やっと……臆したな?」
吸い込まれそうなほどに暗く淀んだ深海、そんな常闇を彷彿とさせるシーアの漆黒の瞳が明らかに動きが止まりつつある蜘蛛たちを物色するかのように眺めまわす。
もはや勝負ではなくなっていた。グルースパイダーたちの選択肢は勝ちと負けではない。ただその場で殺されるか、殺されないように祈って逃げるかの不条理な二択。相手は対等なんてものではない。相手をしたら殺される。
気が付けばシーアを包囲していた白い波は消え失せ、"死にかけ"と"死んだ"蜘蛛だけが見放され、まるで供物として捧げられたかのように取り残されていた。
拙作をお読みいただきありがとうございました^^




