SideA 怨嗟は斯くして連鎖して04
ラヴィルの村を出たのは日も暮れようかという頃だった。筒状に丸めた二枚の黒い紙を本来の革袋に代わりにあてがわられた粗末な麻の袋に入れ、シーアは走り続けた。
浮かび上がる赤い血流のような紋章を輝かせ、暗くなり始めた中を走るその姿は地を這う流星。そのままどこまでも走りそうな勢いではあったが、大きな口のように広がる洞窟の入り口を前に速度を落とす。
サグニヴァス水洞と書かれた看板、その根元には明らかに何者かによって添えられたであろうぼろぼろの花束がいくつも転がっていた。
ラヴィルの村から水洞に至るまでは森の中の悪路を通ることもあり、普通であれば馬でも半日はかかる距離。だが、シーアはそれを半分の時間で辿り着いていた。
「さすがにこの洞窟にこのまま入るのはめんどくさそうだ。しょうがないけど、今晩はここで野営か」
日も落ちて明かりが乏しい中、雨をしのげそうな木の根元に陣取りシーアは辺りに落ちている枝を拾い集める。一晩過ごすのに必要な量を集め終えるとそれを小さく山のように積み上げ、そっと手をかざす。
「"アミティ"」
かざした手に絡みつくようにぱちぱちと黒い電流が走る。そして目の前の木々へと伝染するかのように移るとぱちぱちと音を立てて燃え始める。
「革袋を返さないのなら中の食糧ぐらい返しなさいよね……」
不機嫌そうに腰かけると麻袋の中から乾燥させたパンと干し肉を取り出し交互にかぶりつき始める。それはちょうどアリスやエメルのお土産用にと胸ポケットに忍ばせていた金貨で購入したなけなしの食糧。シーアはそれらを苦虫を噛み潰すかのような苦い表情のまま頬張っていく。
「しかし、荷物を奪っておいて路銀や食料も持たせず村から追い出す……これじゃあパルスにたどり着ける可能性は下がるはず。どうして厄介ごとの黒い紙を運ぶ者に足枷をはめるような真似を……」
腰に入った麻袋から問題の黒い紙を取り出し、改めて広げてまじまじと見回す。それは確かに奇妙の一言に尽きる絵だった。
黒い紙に白のクレヨンで描かれたようなどこか子供の落書きとも見て取れる奇妙な絵。白く塗りつぶされた歪んだ円。その後ろにはただの線とも枯れ果てた木々とも見て取れるどこかもの悲しい絵。
「これもまた希源種の"独創術式"なのか?」
奇妙だが何の変哲もない黒い紙をしばらく見つめたのち、何も変化もないため飽きたかのようにくしゃくしゃにして麻袋の中に突っ込むとごろんと横になる。
「まあいい、明日の夕方ぐらいにはうまくいけばパルラに着くだろう。とりあえずはさっさと共鳴石を取り返さないと……エメルに怒られちゃう……な」
ゆっくりと瞼を閉じ、大きな欠伸とともに眠りへと身を委ねるシーア。そこにひんやりとした夜の空気を運ぶ風が吹き抜けるとシーアは小さく丸まり、マントで体を覆うようにして夜風から身を守る。
その傍らで、黒い紙の入った麻袋が微かに鼓動を打つかのように静かに脈打っていた。
* * * * * *
「ない! ない! どこにもないっ!」
夜が明けてうっすらと明るんできた空の下、シーアの声が響く。
「くそっ、野党や動物の気配などなかったはず……どこに……」
もぬけの殻とかした麻袋を地面に投げ捨て、髪をくしゃくしゃとかき乱すシーア。だがすぐ様付近に"転がる"異変に気付き目を細める。
「これは……黒い羽根? それにたまごの殻? それも二つ……二つ?」
辺りに散乱するカラスのような黒い羽根と謎の殻。シーアは何かに気づきはっと目を開き、ラヴィル村へと続く道を走り始める。
「"ブラッディ"!」
浮かび上がる肌を這う紅の紋章。駿馬の全速すら圧倒する加速と速度に地面の砂が巻き上がり砂煙をあげる。
「あの奇妙な絵に描かれた白い丸は卵。そして孵った何かは餌を探しに行った。その餌はヴィルギとラヴィルの村人……私では餌になりえなかったということか」
シーアは目を細めぶつぶつと口を動かす。
「共生組織・センサスの奴らは以前黒い紙を村の外に持ち出そうとした"村人"が亡くなったと言っていた。そう、村人だから孵化した何かに食われて死んだ。だが"村人ではない者"が持ち出したらどうなる。もし孵化した何かが目覚めて餌がないならどうする。きっと餌を探し村に戻る……いや、あの黒い翼が散乱した様子を見るに、雛鳥を親鳥が運んで行ったのかもしれないな」
トップスピードを維持したまま、なおも息を切らす様子もなく、シーアは平然とした表情で考察を続ける。
「待て……そもそも村人もそこまで馬鹿じゃないはず。自分たちで無理なら傭兵にでも頼んであの紙を運ぶよう依頼するはず。共生組織・センサスの職員もまた村人だし、手を打たないほど馬鹿じゃない。だが、それなら過去にも私のように紙を見失い、慌てて戻った傭兵もいるだろう。もしそれで村でまた犠牲者が出ていたのなら……失敗するとわかっている今回の私の申し出も蹴るはず。だが、ヴィルギの村長もラヴィルの村長もどこか慣れた様子で私に依頼してきた。どういうことだ……何かあるのか? そもそもどうしてあの村の連中しか餌になりえないのか……」
そこまで考え行き詰ったのか脳が疲れたのか初めて表情に疲労が浮かぶ。
「うん、わからない。まあ戻ったら問いただすか」
あっけらかんと吐き捨て、今は試行ではなく爆走を続ける足にリソースを割くことに決め、シーアは顔を上げ村が待つ先へと視線を向けた。
* * * * * *
太陽が空の頂点へと昇る頃、シーアはラヴィルの村の入り口へと帰ってきた。入口代わりの門の柱に寄りかかっていた見張りの男性はシーアが歩いて来るのを見て慌てて傍にいた別の村人に指示を出す。何を依頼されたのか、走っていく男性の背を眺めながらシーアは見張りの男性へと歩み寄っていく。
「村長に至急会いたい。シーアといえばわかるだろう」
「はは、言わなくてもわかっている。あんたが戻ってきたら案内するように言われている」
緊張しているのは引くついた表情から明らかだが、それでも男性は無理やり余裕ぶった笑みを浮かべ、シーアについてくるよう促す。シーアは歩き出した男性を追い歩き始める。
「なあ、ラヴィルの村には共生組織・センサスの支部はあるのか?」
「ん? 共生組織? この村にはないな。まあ職員の何人かはこの村に滞在しているが、職場にもいけずろくに仕事にはならないだろうな」
「そうか。だったらお前たちは大変だな。こうして村の行き来ができない今、傭兵に依頼を出そうにもパルラまで依頼を届けないといけないし」
「そうだな」
「……ヴィルギの村の共生組織の職員たちはパルラの支部に連絡はしたんだろ? 半年も前から騒動は続いているのにずいぶんと薄情な対応だな」
「そうだな」
シーアの問いに興味がなさそうに端的に返事を続ける男性。訝しむ表情を悟られぬようシーアは顔を俯け、黙って歩き続ける。男性からは話す様子はなく、やがてラヴィルとヴィルギの村をつなぐ石橋が見えたところでシーアが再び口を開く。
「橋まで案内するということは、ラヴィルの村長……ブランといったか? まさか今はヴィルギの村にいるのか」
「察しがいいな。あんたが紙を運んでくれたおかげで一時的に休戦状態。まあ、村長とその付き人以外は依然通行はできんがな。さあ、そういうわけで石橋の先でヴィルギの村の案内人がいる。あとはそこで村長の居場所を聞いてくれ」
男性はシーアが先日破壊した石橋前の門を指さす。それをどこか冷ややかな目で睨みつけると男性は思わず顔をそらす。
「……ここまで道案内ありがとう」
シーアが小さく礼を言うと男性は何も言わずに背を向けてシーアから離れていく。シーアは遠ざかっていく男性の背を眺めつつ、そっと目で周囲を警戒する。やがて口の端を緩め、石橋へと向かい歩き始める。
「さて、どんな喜劇を見せてくれるのかしら……」
ちょうど石橋の中央に差し掛かろうというところで背後から大勢の足音が響く。そして目の前にそびえたつヴィルギの村の門も開き、そこには複数の村人が立っている。そこにはヴィルギの村の村長バートの姿もあった。
「やってくれたな、女」
「なんのことだ?」
「黙れ悪魔め。貴様は黒い紙を運ぶふりをし、ラヴィルの村に黒い紙二枚を投げ捨てていっただろう。今朝、またラヴィルの村で村人が亡くなっていたのが発見されたと聞いた」
「紙はラヴィルの村に戻っていたのか?」
「そうだ、貴様が出て行ってすぐに例の紙がラヴィルの村で二枚発見された」
「目が覚めたら黒い紙が無くなっていたんだが、勝手にこの村に戻ったというわけか」
「嘘をつくな!」
シーアの背後、ラヴィルの村の群衆から抜け出すようにして前に出た男、ブランが忌々しそうな表情でシーアを睨む。
「なんだ、ヴィルギの村にいると聞いたが"そっち"にいたのか」
「貴様をあてにした私のミスだ。悪魔の甘言に唆され、安易に村を通したせいで尊い我らが同胞の命が……」
「話をまずは聞いてくれないか? 確かに例の紙はお前が言う通り今朝ほど目を覚ましたら無くなっていた。だが、ラヴィルの村に置いて行ってなどいない」
「この期に及んで白々しい! 観念しろ!」
ブランの怒りの号令とともにラヴィルの村人たちが手にした武器を構える。それに応えるようにバートもまたすっと手を挙げて合図を送るとヴィルギの村人たちもシーアへと武器を向けた。
「なあ、三つほど最後に聞かせてくれないか?」
「悪魔と語る口は持ち合わせていない」
バートがぴしゃりと願いを断つもシーアは構わず口を開く。
「一つ目。過去、お前たちは傭兵やこの地を訪れた商人などの"両村に関わりのない者"にあの黒い紙を運ばせようと試みたことはあるのか?」
バートもブランもともにシーアの問いに答えるそぶりはなく、村人たちにシーアへの距離を詰めるよう合図を出す。
「二つ目。黒い紙が見つかったと言ったが。その紙の持ち主はどこにいる? 私なら持っていては死ぬとわかっている紙を抱えて黙って家に籠るなどできないんだが?」
シーアの問いに答える者はいなかったが……顔を背けるもの、俯けるものは数多く。その表情もどこか暗い。
「三つ目。私の共鳴石、あと革袋はいまどこにある」
「ああ、それだけは答えてやろう」
バートが傍にいた者から受け取り掲げたのはシーアが失くしていた自身の荷物。それを見て安堵からか小さく息を漏らすが、すぐさま目の前で石橋の側方、底が見えぬほどに深く広がる谷底へとバートが向き直ったのを見てかっと目を開く。
「この谷から落ちて生きて戻った者はいない。心配するな、あとで荷物と会えるだろうよ」
シーアを嘲るような笑みを浮かべ、手にした革袋、そして共鳴石のペンダントを谷底へと投げ捨てた。谷底へと落ちていく荷物を楽しそうに見つめたのち、シーアへと視線を戻すも、そこにシーアの姿はなく辺りにいた村人からどよめきが起こっていた。
「と、飛び降りやがった!?」
「な、なに!?」
取り巻きからの言葉にバートは石橋の縁まで走り、他にも谷底を息をのんで見守る村人たちへと加わる。
見下ろす遥か先、バートの目に映ったのは底の見えぬ谷の闇に飲まれるようにして見えなくなっていくシーアの姿だった。
拙作をお読みいただきありがとうございました^^




