SideB 隠し要素は早めに教えて下さい05
見慣れた建物に少し安堵を感じる。だがやはり焦りと不安は拭いきれるものではない。目の前に建つ共会荘はいわば俺たち住人にとってはともに住む"家"。だがそこに帰るべき者がさらわれたとなれば……。
「げ、元気を出してください十字さん。先ほど兄様にも連絡はしました」
「はは、大丈夫大丈夫。てか力也こそ大丈夫なのか? あいつ仕事中だろ?」
頭が回らないのに口は回る。今の自身の感情が定かではないのに笑顔は浮かんでいる。まあ、飛鳥ちゃんの不安そうな表情を見るに、俺はよほどひどい顔をしているのだろう。
「とりあえず住人で動けそうなやつに声をかけよう。有栖を探すのに人手は多いほうがいい」
「そうですね、いったん食堂に集まるよう皆さんに声をかけてきますから、十字さんは少し座って休んで下さい。それに……」
「ああ、そうだな。零華も部屋に送りたいけどいったん食堂に運ぶか」
飛鳥ちゃんの休んでくれという気遣いに俺は嬉しさと悔しさが混じる形容しがたい心情に悩む。これまで適当に生きてきてこんなにも自分の無力さを呪ったことがあるだろうか。
「あれ、食堂にだれか……あ……」
「ん? どうした?」
食堂の引き戸を開けてすぐにどこか緊張した面立ちでその場に固まる飛鳥ちゃん。その横を抜け食堂の中をのぞき俺も彼女に見習い固まることになる。
「買い物に行ったと聞きましたが、遅かったですね、十字さん、飛鳥さん」
「おお! 絵芽にお菓子のお土産はある!? あすか!」
椅子に座っていた幼女は俊敏な足取りで飛鳥ちゃんに接近……もといタックルの要領で突っ込んでいく。飛鳥ちゃんはその衝撃に思わず呻き声を漏らすも絵芽という幼女の頭を撫でまわし乾いた笑い声をあげる。
「とりあえず座られたらどうです? なんだかお二人ともお疲れのようですしね。あと、零華さんは持病の貧血でしょうか? よく意識が飛んでしまうとお聞きしていましたが」
先に食堂にて席についていた共会荘の管理人、志亜さんがにっこりとほほ笑み、席に着くよう促してきている。なんだか全てわかっていますと言わんばかりの余裕を感じるのは気のせいだろうか。
俺は背負っていた零華を飛鳥ちゃんが並べてくれた椅子の上に横にする。さて、有栖のことをどう説明したものか。
「絵芽? あなたさっきおやつ食べたばかりでしょ?」
「えー! 3時のおやつの次は4時のおやつだってどらこが言ってたもん!」
「あー、あの人の言うことはあまり聞かなくていいから。というかあまり甘いものばかり食べてると虫歯になるよ?」
「それは……ノーセンキューだ!」
慌てて両手で頬を隠し、絵芽はそそくさと飛鳥ちゃんの後ろに回り込む。もとい、隠れる。まああのぐらいの子にとって虫歯と聞くと歯医者のイメージが浮かんだのだろう。確かにあのドリル音には俺も鳥肌が立つ思いだ。
「えーと、管理人さん?」
「はい、なんですか? そんなにあらたまって」
俺は半ば直立姿勢に近い形で志亜さんをまっすぐ見つめる。まずは深くお詫びの一礼。そして状況説明。そしてもう一度謝罪。よし、この後のイメージは固まった。いくぞ!
「実は有栖のことで……」
「ああ、そういえば十字さんが良ければこのあと有栖を迎えに行っていただけませんか?」
「す、すいま……へ?」
間の抜けた俺のリアクションは置いといて、今なんて言った? 有栖を迎えにって言ったかこの人!?
俺の横で固まっていた飛鳥ちゃんも口をへの字にして驚いている。よしよし、俺の聞き間違いじゃないようだ。
「有栖ったら、皆さんと買い物に行ったはいいみたいなんですがどうもはぐれちゃったみたいですね。あの子もここに帰ろうとしたみたいなんですがどうも乗るバスを間違えたみたいで……」
「ほほう……」
「とりあえずバスを降りた先にある神社にいるみたいなんで迎えをお願いできませんか? 本当は私が行きたいんですけどそろそろお夕飯の準備もあるので……あ、もちろん迎えに行く際のバス代金はお渡ししますので」
「あっはっは、大丈夫ですよ管理人さん。俺がさっといって、軽くどついてチャチャっと連れ帰ってもう一回どついてやりますから」
「えーと、お手間おかけしますができるだけ穏便にお願いしますね」
管理人さんが苦笑いを浮かべているが俺はたぶん邪悪な笑みでも浮かべてるんだろうな。いかんいかん。
こほんと咳うち、俺は管理人さんから有栖がいるという神社の位置を聞く。その傍らで飛鳥ちゃんにじゃれついていた絵芽とふと目が合う。絵芽はふふんと鼻を鳴らし、腰に手を当ててどや顔を浮かべる。
「ふっふっふー、有栖は絵芽と”アイちゃん”が見つけたんだよ。絵芽すごいでしょ?」
「は、はぁ……」
「あー、その子のいうことは気にしないで下さい。気にしてもなんの得もないので」
「わかりました」
「おい! じゅうじー! しあー!」
絵芽は俺と志亜さんを交互に見まわし地団駄を踏む。その様子にやれやれと呆れながら志亜さんが宥めに入る。ここにあまり長居しててもあれだ。早いとこ有栖を迎えに行ってどつきまわすとしよう。
俺は組んだ手に力を籠め、パキパキと指を鳴らした。待ってろ迷子のお姫様めが……。
* * * * *
バスに揺られること10分程……住宅も少ない閑散とした街並み。別段興味をひく店や観光スポットもないため来たことはない。バスを降りてしばらく歩くと大きな河川が広がっており、俺と飛鳥ちゃんは眼前に流れる川を見て一息つく。
「この川、私たちの共会荘近くの川と同じ"星美間川"なんですよね」
「ああ、この辺は"星美間川"と"日野川"って2本の大きい川が流れてて……はは、俺のバイト先の近くにも続いてるんだぜこの"星美間川"はさ」
全国のいわゆる一級河川とよばれるほどの規模はないのだろうが、それでもなんだかどこにいっても見受けられるのはなんだか地元の象徴みたいな気がするな。
「二つの川が寄り添うようにどこまでも続いて……はは、自然は争いもなくお利口さんですね。私たちももう少し寄り添いあっていれば……」
「ん? どうかしたのか?」
飛鳥ちゃんははっと我に返ったようでなんでもないと慌てて笑みを浮かべる。なんだか思わせぶりな台詞だったが、まあ考えてみれば共会荘の連中は仲がいいようでどこか本音で語ろうとしないきらいがあるな。
あまり深く聞くのもなんだか悪そうだし何より陽がぼちぼち暮れ始めようとしている。まあ積もる話はいずれまた。まずは有栖の回収だな。
田んぼや畑ばかりで家はおろか自販機すらない開けた道をしばらく歩くと少しずつ辺りに木が生い茂り始める。そして辺りがいつの間にかうっそうとした木々に囲まれる頃に件の神社に着いた。
ここに来る道中、飛鳥ちゃんとはあまり会話もなく黙々と歩いてきたわけだが……正直なところこの目的地、あたりに人工物らしきものもない静寂とした神社に近づくほどにもやもやとした疑問が浮かんでいた。
〈いくらなんでも迷ってここまで有栖が歩いてくるだろうか。いや、そもそも間違えたバスに乗って見知らぬ土地に来たとしてもわざわざこんな人目を避けるような場所に……〉
さびれた鳥居の先に続く石段。その道に沿うように生えたどこか異国の木を彷彿とさせる樹木が日本であって日本でない不思議な雰囲気を醸し出している。深い森というよりは熱帯雨林、そう、ジャングルのイメージが近い。
どうやら違和感を感じたのは俺だけではないようだ。横にいる飛鳥ちゃんも気を引き締めるようにすっと深呼吸をし、俺のほうを見てこくりと頷く。
「ここに来る途中人の姿もまるでなかったし……でかいトカゲが住むにはちょうどいいって感じだな」
慎重な足取りで石段を一歩、また一歩と上っていき境内へと入る。長年参拝者はおろか掃除などもされていなかったのだろう。草が地面を覆い尽くしており、長いものは俺の膝上まで伸びている。
「じゅ、十字さん! あれ、有栖さんじゃ!?」
飛鳥ちゃんの指さす先には今にも崩れそうなほどに老朽化した社。その縁側らしき場所に横たわる人影に俺は思わず走り出していた。
「おい、有栖! 生きてるか!? 大丈夫か!?」
穏やかな表情で横たわっていた小さな女性、有栖を抱き寄せ何度も呼び掛ける。外傷らしきものは無いようだが……無事なのか?
「うぅん……」
「あ、有栖!?」
「まだ朝のお祈りの時間じゃないでしょ」
「……」
「もう少し……寝かせてくださいよう」
吹き抜けた風があたりに落ちていた落ち葉を巻き込みカサカサと音を鳴らす。言葉を失っていたのもあり大変よく聞き取ることができた。オッケー、すまない管理人さん。有言実行に移させてもらう。
「あいたっ!」
頭を押さえながらはっと身を起こし、状況を呑み込めない様子であたりを見回しようやく俺と飛鳥ちゃんに気づく。
「こ、ここは……あれ? 私スーパーで皆さんと一緒に勇敢に戦っていて、そこからの記憶が……」
「おいこら勝手に起きてもいない戦いに参加したことにするな。今のところお前迷子でここに来たっていう嫌疑しかないからな」
「ま、迷子? え? どういうこと……というか、ここどこですか?」
「お前なぁ……」
有栖は呆れる俺たちをよそ眼に何かを考えている。そして何かに気付いたのか、刹那、目を見開く。驚き……いや、何か過ちに気づき慌てているように見えるんだが。
「十字さん?」
「おう、どうした?」
「皆さんがここに来たのは志亜さんの指示ですか?」
「おう、そうだな。まあお前のことをよくわかってるみたいで……おい? だ、大丈夫か」
思わずぎょっとなってしまった。普段のどこか抜けた有栖とは違う。鬼気迫る表情で何かを悔いているのだろうか、ぎゅっと噛みしめたためか頬に力が込められ震えている。
「あ、あーまあなんだ。無事で何よりだし、帰るとするか。なあ?」
「……はい」
いつも半ば暴走気味に人のうちに押しかけたり馬鹿ばかりやってる奴がすごく落ち込んでるのを見ると少々どころじゃないほどに気まずい。
「志亜さんは……あの人は私が無事なことも今回の希源種が私をさらいここにいることも……ああそうか、彼女には"二人"が……不甲斐ない」
「ん? それはどういうことだ?」
「言葉通りですよ。私じゃ"彼女の代わり"に希源種と戦うなんて……情けないです」
あー、こういう時ぐらいは慰めてやりたいんだが立て続けに気になることをちらほら散りばめてこられるとものすごくとっつきにくい。助けを求めるように飛鳥ちゃんに目で合図を送るも一瞬の苦笑いの後にそっと顔を背けられるし。
「まああれだほら。いくら格闘技や護身術なんかを学んでいても咄嗟の危機には思うように学んだ力は出せないもんだろ。力があるイコール戦えるってことじゃないんだ」
「……」
「だからまあそのなんだ。お前はたぶん戦いなれてないだけだって。俺と一緒だろ?」
「……一緒?」
「そうだよ。いきなり舞い込んできた幼女にお前は英雄だーとか、チートな力があるーって言われても急に戦うとかまじ無理だしな? お前はそんな俺を情けないと馬鹿にするか?」
「それは……」
俺の問いに困った表情を浮かべてはいるがさっきのだんまりモードよりはましだ。
「お前のその間が答えだよ。それこそ戦いに身を投じて長年生き続けてる奴でもない限り無理だ。まして相手は毎回初めましてな未知の化け物だからな?」
そこまで言い終わったあたりで飛鳥ちゃんも横でこくこくと頷き有栖にすっと手を伸ばす。
「私もまだ希源種とはまともに戦った経験はそうありません。今回は私も後れを取りました。今回狙われてしまったのがたまたまあなたなだけで、もし私が不意を突かれていたら同じ結果になっていたでしょう」
飛鳥ちゃんの手を取り、すっと見上げるような形で飛鳥ちゃんを、そして俺の顔を見てようやく口の端を緩ませる。ったく、やっぱそうやって笑ってるのが見てて一番しっくりくるな、有栖は。
「ところで十字さん?」
「おう、なんだ?」
「さっき私のことを"幼女"って言いましたね? 言いましたよねはっきりとその流暢な口で?」
「大丈夫か? まだ少し混乱してるのか有栖?」
あ、やばい、飛鳥ちゃんから離した手が握り拳へと変わっていく。あと表情が先ほどよりも鬼気迫っている。んで俺に危機が迫っている。
「ま、待て有栖。今は落ち着けよ! ほら、あれだ」
「なんです?」
「あー、ほら、トカゲの化け物が戻ってくるかもしれないだろ?」
この台詞がトリガーであり、フラグとなった。
ガサガサッ
あたりに落ちた枯れ葉を鳴らす足音。先ほど後れを取ったと言った飛鳥ちゃんの反応は早かった。俺が反射的に有栖を守る形で音がした方に立ちはだかるその瞬間にばっと手を横に広げる。その瞬間に飛鳥ちゃんの背中の後ろの空間がぐにゃりと歪む。そして次に瞬きをしたのち、そこには色鮮やかな深紅の翼がはためいていた。
「え、なにあの翼? かっこいいんですけど」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう! は、離れないと!」
俺の腕をとりぐいぐいと引き寄せる有栖。なんだなんだ?
「まだ陽は落ちていない。それにここは屋外。覚悟するといい、"ランビレオン"!」
どこか零華に似た高貴な身分特有の仰々しい口調。はは、そういや飛鳥ちゃんも力也同様に王の血とやらが流れているんだったな。
飛鳥ちゃんが跳躍すると背中に生えた翼が大きく広がる。翼は陽の光を受け、いや、取り込んでいくように輝きを増していく。おいおい、何やらすごい熱量を感じるんだが!?
「くらえ……"光輝"!」
翼は取り込んだ光をまるで鏡が反射するように線となって音のなった茂みを照らす。それはさながら太陽光のレーザービーム。
照らされた地面から焦げ臭い香りがしたと思ったら地面の草が赤く光る。だが、すぐさまゴロゴロと何か重たいものが転がるような音がし、燃えだしていた地面が鎮火されていく。
それ自体がとても奇妙な光景であったが、それ以上に奇妙なものが眼前に姿を現していく。それはまさに何もない空間から現れた。
飛鳥ちゃんの翼の深紅とは異なりそれは毒々しく明るい赤色。見るものに身の危険を感じさせるやばい色合いだ。
「姿を現したなトカゲの化け物……いや、"ランビレオン"」
トカゲの化け物と聞いていたが、はは、このサイズじゃトカゲというよりも大きなワニだな。それに、水かきのついた四つ足はカエルのようだ。そして、何よりも目を引き、こいつがトカゲではなく新種の化け物だと認識させるのが5~6メートルはあろうかという長く伸びた尾。そしてその先端についた矛先のような金属質の針。
大方あの尻尾で有栖をす巻きみたいにぐるぐる巻きにして運んだんだろうな。俺の腕よりも太く、まるでイカやタコのような軟体動物の足のようにグネグネと不規則に揺れている。
「おい有栖、元気取り戻したならあいつに元の世界に大人しく帰れば許してやるよって和議を申し入れて来れないか。あいつ、お前にはなんか優しいみたいだし」
「い、いやですよ! てか言葉通じないでしょ!」
有栖は俺の冗談を真に受けたのか顔を赤くして怒っている。お前まで飛鳥ちゃんやあのトカゲみたいに赤くならんでもいいだろう。
「十字さん、戯れはその辺で。来ますよ……」
空からの飛鳥ちゃんの警告に俺は頭を掻きながら前を向き直る。前回同様に未知の化け物を眼前に、怖くないわけではない。だが、今回は恐怖よりも謎の苛立ちがなんだか先立つ。
「前回会ったときは何もされなかったが、俺も何もできなかった。今回はむざむざうちの迷子姫様は渡さねぇぞ。帰ってさっさと晩飯にしたいからな」
俺は無意識に腰に手を伸ばし、その後何事もなかったように拳を前に構えファイティングポーズをとる。それを見て飛鳥ちゃんもどこか俺を頼もしそうに見つめた後、視線を前に向ける。
〈やっべぇ、この雰囲気であれだけど剣とかそういやないんだよな。丸腰だったわ俺……〉
あれだ……見え張ってあれだけどもどうやってこいつ倒そう。今さら逃げるとか無しだよなぁ……たぶん。




