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SideA 不透明に澄んだ心05

 土の香りと水の香りが混ざり合う湿った空気。ぼろぼろの岩のレンガとところどころむき出しになった土の壁がそこを歩く者の寿命を優に越えるほどにそこに存在していたことを示している。


「あー……これが未知の遺跡ならお宝探して大儲け」

「あなた何言ってますの?」

「いや、こういうじめっとして暗いところを歩いてると気が滅入るでしょ? だから少しでも場の空気と私の未来を明るくするために?」

「はいはい、あなたの頭の中はいつだって明るいですわね。よかったら照明係を代わってくれませんこと?」

「むぅ……」


 ふてくされた表情でシーアはぷいっと前を行くレイアから顔を逸らす。レイアはその様子にやれやれといった表情で応え、すっと目の前に広がる道へと視線を戻す。


 道といってもそれはただ歩けるだけの地面と言ってしまってもいいかもしれない。足首ほどまでは実のところ水につかった状態でレイアとシーア、そしてその後ろに続くヴァイアスとイグルの4人は歩き続けている。


 目的地であるこの先の遺跡を建てる際にも使用されていたのか、大きな資材等も楽に運べるほどに道幅は広くとられている。だがその脇に作られた排水のための水路がうまく機能していないのか、肝心の道路にまで水が浸水しているのだ。


「灯り代わりの"フラムスフィア"を維持するのも楽じゃありませんのよ? というかあなたも使えるんですから交代ですわ交代!」

「えー、私"スフィア"系なんて高度な精霊術式使えませんことよ?」

「それ……誰の真似をしてますの?」


 目の前でレイアと半ばじゃれるように話すシーアをすぐ後ろで見ながらイグルはどこか顔を引きつらせている。


「どうしたんですか? イグルさん?」

「さ、さん付けなんて不要です! ヴァイアス様」

「うーん、でも他人様《ひとさま》を呼び捨てにするのってなんだか苦手なんですよねぇ私。だからイグルさんで構いませんか?」

「え、あ、はい……そうおっしゃっていただけるのであれば」


 ぐっと顔を近づけて話すヴァイアスにイグルは顔を真っ赤にしてすっと距離をとる。


「おーおー照れてる照れてる。イグルもなんだかんだ年頃の男の子だねぇ」

「ば、馬鹿なこというなよ! ただ俺はこの国で最高の"アクア"属性の使い手でもあるヴァイアス様が俺なんかと並んでるのが恐れ多くて……」


 シーアの茶化すような仕草にイグルは慌てて反論する。その様子を見てヴァイアスがくすくすと笑う。


「ふふ、私よりもレイアちゃんの方がうんと上手に水の精霊さんの力を使いこなせるんですよ」

「え、ええ!? そ、そうなんですか?」

「ふん、ばかなこと言わないでくださいましヴィア姉さま。私なんてまだまだですわ」

「あら、謙遜しなくてもいいじゃない。あなたは"アクア"系統に限らず"フラム"、"エレキ"、"エアル"、"アース"の五属性を誰よりもうまく扱えるわ。それはお姉ちゃんが保証します! なんたって自慢の妹なんだから」


 小さく鼻を鳴らし、誇らしげな表情のヴァイアスに対しレイアはどこかげんなりとしている。横を歩くシーアがにやにやとした笑みでレイアの方をチラチラ見ているのがその原因であるのは容易に想像できる。


「あくまで戦闘面に限ったことでしょうそれは。幅広く生活に役立てる面で言えば私なんて無力もいいところですわ。実際"スフィア"、"ブレイク"、"スパイラル"、"プロテクト"、そして"ブラスト"の五系統以外の使い方を私はうまくイメージできませんわ」

「れ、レイア様は全属性全系統の術式を使えるんですか!?」


 イグルがぎょっとした表情でレイアを見るとレイアはツンと顔をそむける。それに対しヴァイアスは目を輝かせ再びイグルに急接近するとその両肩をつかむ。反射的にイグルがその手を払おうと試みるもヴァイアスのやや興奮気味な様子にそのまま成すすべなく身を委ねることになった。


「そうなんですよ! すごいでしょう? 過去に精霊族《スピレイス》でそんなことができた者はいませんからね。さすがレイアちゃんです」

「さすがレイアちゃんですね、ぷっ……くっ」

「ここで"アースブレイク"でもお見せしましょうかシーアちゃん?」

「それこの地下道が崩れて全員死ぬやつだから!」


 シーアは手をかざし力を込める様子のレイアを慌ててなだめる。はたから見れば握りこぶしをぎゅっと握っているだけのようだがそこにただならぬ力……というか身の危険を感じたようでシーアはぺこぺこと頭を下げている。


「し、信じられない。二属性使えるってだけでも特殊なのに五属性? それに全系統の術式が使えるなんて……五界統治精霊《クイーンクルーラー》の噂ぐらいは聞いたことありますが……まさか本当に実在しただなんて」

「よかったじゃないレイア。あなたなんだかちょっと伝説になってるっぽいわよ」

「冗談じゃありませんわ。そんな噂も伝説もご遠慮しますわ。イグル、あなたも今日私と出会ったことはお忘れなさいな。もちろん他言は無用ですわよ」


 どこか苛立った様子のレイアの物言いにイグルはぶんぶんと首を縦に振る。その様子にヴァイアスはぽんぽんとイグルの肩をたたき気にしないでと小声でつぶやく。


「全員止まって」


 シーアが突如指示を出し、すっとレイアの前に飛び出て腰に差した剣に手を伸ばす。その様子にレイアも手にしていた球体上の火炎、"フラムスフィア"を浮かべた手を胸の前に引き、もう片方の手を前にかざす。


「どうもさっきから足場がデコボコしてきたと思ったけど。私たちよりも先に誰かが歩いて行ったからみたいね」


 シーアは目を凝らしなおも続く暗闇と水に浸かる道へと視線を向ける。レイアがそっと手にした炎の球体を縮小させ、ふっと息を吹きかける。


 炎はまるで強烈な光を放つ蛍のようにふわふわとシーアの横を抜け、前へ前へと進み先の闇を払っていく。そのまばゆい光が何かを見つけ少し意地悪な笑みを浮かべたシーアの表情を明るみにする。


「あー……これってもしかしてあの"腹黒"が言ってた奴らか。また面倒なところで倒れてくれちゃって」

「これは……人族《ヒューマンレイス》? この着込んだ鎧はどうやらアンチギアの人族ではないようですね」


 ヴァイアスが怪訝な表情で見つめる先に倒れる何人もの人影。光に照らされたそれらは水とはまた違う煌びやかな反射光を放っている。それが着込んだ金属の鎧や道に投げ捨てられるように落ちている剣のものだとわかるとヴァイアスは険しい表情でシーアを睨む。


「心当たりがあるのなら説明をお願いできますか? シーアさん」


 それまでの穏やかな表情や態度とは違いどこか威圧的に問いかけるヴァイアス。その変貌ぶりに横に立つイグルやレイアまでもが少々気圧される。だが肝心のシーアはヴァイアスに目をくれることもなく面倒くさそうな表情で床に横たわる兵士と思しき者たちを見下ろしている。


「うちの聖女様は私が行くことは伝えてもこいつらのことまでは伝えていなかったのか……それともまさかこの巡回騎兵《クルーラー》どもが正式な手順もとらず忍び込むような形でこの都に……」


 そこまで言ってシーアは口を閉じ、すっと両手をあげる。それは敵意がないと相手に示す仕草。だが、それでもヴァイアスによってシーアの首元に突き付けられた剣の切っ先は離れる様子はない。


 水の紋様が施された刀身。それは荒ぶる海のように弧を描く曲刀。ちりばめられた装飾があるとはいえそれは観賞用ではなく間違いなく命を奪える武器。


「これは人族による我が都への侵入行為と見てよろしいのですか? いくらレイアちゃんのお友達といえどそれに関わったというのであれば見過ごせませんよ」


 ヴァイアスの気迫に満ちた表情にイグルはヴァイアスとシーアの双方を見てごくりと喉を鳴らし緊張した面立ちで立ち尽くしている。レイアもまた緊張した様子だがイグルのそれとは何かが違う。


「ヴィア姉さま! 剣をおろしてくださいな!」

「ごめんなさいレイアちゃん。でもこれはこの都を治めるものとしてできない相談」


 シーアに警戒をしたままやんわりとした物言いでレイアの願いをいなしつつ、切っ先をさらに突きつけシーアに回答を促す。


「関わってないんだけど大方こいつらがここで寝ている理由は想像がつく」

「といいますと?」

「うちで精霊族《スピレイス》とのコミュニケーションが大嫌いな馬鹿がいて、大方そいつの指示で"穏便に"今回の件を調査しようとここまで来たんでしょうね」

「それが何でここで横たわっているのでしょうか?」

「そうね……例えばこの道を進んでいる最中"遺跡に戻る何か"に出くわしてやられたとか?」


 シーアは首元に命の危険が迫っているにもかかわらずあっけらかんとヴァイアスの問いに答えていく。


「わかったでしょうヴィア姉さま……はやく剣をおろしてください」

「難しいお願いですね。まだ私の中でこの方への疑問は晴れていません。それまでは……」

「まったく……気持ちはわかるけどむやみやたらと他人様の首元に剣をつきつけないでくれますこと?」


 突然の事態にヴァイアスは動揺を隠せず小さく悲鳴を上げた。


 手にしていた剣がふと軽くなる感覚。足元で鳴る水の音。それに続くキンという金属音。すっと見下ろした視線の先に転がる弧を描く刀身。それは間違いなく数秒前まで自身が手にしていたもの。


「な、何が……ひっ!」


 剣を突き立てていたはずの自身の首元に奔る氷のように冷たく、固く、鋭い感触。


 いや、それだけではない。気が付けば自身の横から数多の武器の柄のような物が伸びている。青白い光に包まれた武器たちの"生える"その先、恐る恐る背後に目を向けると宙に浮かぶこれまた仄かに光を放つ不思議な紋章の数々。


 どうやら武器がそこからいくつも飛び出しているのだとわかりヴァイアスは軽いパニック状態に陥り冷や汗を浮かべる。


「"インテンシファイ"……私の動きを止めたいならこのぐらいは武器を用意するといい。あと……」


 急な立場の逆転に呆然としていたヴァイアスの目の前でシーアは素早く体を向きなおらせ、どこからともなく現れていた武器の一つ、自身の首に突き付けられていた剣の柄を手にした。


「私を信じないというなら案内はここまででいい。私は別にこいつらと違ってこそこそと動く気はない。邪魔をするのならあなたが王女であろうと関係ない」

「な、なにこれ? こんな術式……」

「それが最後の言葉でいいのか?」


 ヴァイアスは急遽迫る命の危機、自身同様にそれまでの穏やかな雰囲気から豹変したシーアの姿に体を震わせる。

 "無関心"という表現が一番しっくりとくる。それほどに感情を感じさせない無の表情。仮にも王族である自身の命すらまるで虫を殺すようにあっけなく殺す。それを一切ためらうこともなくやってのけると感じさせる何か。


「全くあなたという人は……本当に目的のためなら他は無頓着というかどうでもいいようですわね」


 レイアは恐れていたことが目の前で起こってしまったようで、やれやれと頭を押さえる。


「ヴィア姉さまが先に手を出したとはいえ、まずは剣をおろしてくださいな、シーアさん」

「れ、レイアちゃん……」

「道中お話ししたでしょう。不用心にシーアさんに手を出すと私でも助けれませんよと」


 レイアの制止に目もくれず、シーアはまるで怨敵を睨みつけるようにヴァイアスから視線を離さない。もはやヴァイアスに戦う意志など微塵もなく、依然として収まることのない目の前の脅威にただただ慄いている。


「シーアさん、もう一度言いますわ。剣を下ろして下さいな。少なくともあなたの邪魔はしませんし、そもそも邪魔をできる者はこの国にはいませんわ」

「あの"腹黒"のせいでどうして私が疑われるのか。まして関係していると思われるだなんて腹立たしい」


 忌々しそうに舌打ちをし、シーアはすっと手にしていた剣の柄から手を放す。その瞬間、まるで空間に溶けるように宙に浮かんでいた紋章と武器が消えていく。


「お前が私を疑いたいのなら好きにすればいい。仮にもこの国を治める王族だからそこをとやかく言う気はない。剣を向けたことも私にとって大した脅威でもないしどうでもいいことだ。だが……あの"腹黒"と同類と思うな」

「……ヴィア姉さまには後でもう一度私から言っておきますわ」

「そうしてくれると……助かる」


 シーアは糸が切れた人形のようにその場にへたり込むヴァイアスの横を通り、前へと進みだす。


「"アミティ"」


 シーアがそう呟くとかざした手元に先ほどまでのレイアのように炎の球体が浮かび上がる。だが、その炎はレイアのそれと大きく異なり目の前に広がる闇よりも深い漆黒。一見して灯りとは無縁に見えるそれは普通の炎同様に辺りを仄かに照らし出す。


「な、なんなのですか……あれは……あの力は……」


 水に浸ったままなのも気にならないほどに、目の前のシーアはヴァイアスにとって異常にして異質な存在。ただただ目の前を進んでいくその背を見つめていたが背中をポンポンと叩かれ、はっと自分を見下ろすレイアを見上げる。


 レイアは悲しげな笑みのまま首を横に振り、ヴァイアスの手を取り立ち上がるよう促す。


「彼女はもしかして天魔族《ダークレイス》なのですか? 先ほど見せたあの武器は昔見た"印章術式"の"ウェポン・ライト"のようで……まるで異質。それにあの黒い炎は一体……」

「……あれは私が知る限り"最強"。境界を分かつもの《アナザーディメンション》なんて言われた私や他国の者たちすら圧倒する」

「ば、馬鹿なことを言わないでレイアちゃん」

「私は正気ですわ……ヴィア姉さま」


 レイアはかがんだことで前に垂れた髪を後ろに払いつつふと思い出したようにもう一人の同行者に目を向ける。


「ほら……行きますわよイグル。少なくともあれはあなたに危害は加えないから……怯えないで」


 まるで獰猛な獣に出くわしたかのように、逃げることはおろか動くこともできず……その場で震え上がる少年の瞳は涙であふれている。年の割には冷静でどこか大人びたイグルも目の前で起きた凶行には流石に恐怖をこらえ切れなかったのだろう。


 レイアは今日一番の大きなため息をつき、気にすることなく黙々と進むシーアの背を見つめる。


「"あの日"から少しは追いついたかと思ったのですが……まったくやりきれませんわね」


 誰に向けるでもなく放った言葉は天井から垂れる水滴の音の波とともにすっと水面に溶けていった。

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