SideC エピローグ ー 憎悪に巣食う鳥02 -
夜遅くに帰ってきた姉さんは何も話してはくれなかった。いまも私とベッドの上で抱き合うようにして丸くなり、それまで見たことがないくらいに子供のように泣きじゃくっている。
「ハクア……私……私は……」
「落ち着いて姉さん……"ヴァイス様が亡くなった"のは聞いている。それに……ラパンって人が顔に大火傷を負ったってことも……」
「私がもっと早く気づいていれば……こんなことには……」
やっと話してくれたと思ったらまたこの繰り返し。姉さんは何かを激しく後悔しているようだし、"何かを知っている"みたいな様子だけど……。
「ラパン様の部屋での用事が終わり……そのあとヴァイス様のお部屋の掃除に行ったんだけど鍵がかかってて。それを見た同僚からは急な来客中だって聞いてそれで……」
「それで?」
姉さんははっと口に手を当て、どこかおびえたような目で恐る恐る私を見る。なんだろう……何かを隠してる?
「ごめんなさい取り乱して。ははっ、これじゃあどっちがお姉ちゃんだかわからないね」
「お姉ちゃんだからって妹に頼っちゃダメってことはないでしょ! 姉さん? 何かあったの?」
激しく脳内で考えがぐるぐると回っているのかもしれない。何かを言おうとしては口を閉ざし、華と思えばまた口を開くも声が出てこないでいる。
やがて目を閉じ、深呼吸をするとそこにいたのはいつもの姉さん。落ち着いた様子で人によっては冷たいだなんて言う人もいたけど、私にはわかってる。姉さんはすごく心の温かい人だって……そして、姉さんは私を守ろうとしていつも自分を犠牲にする人だって。
「大丈夫だよ、ハクア。ヴァイス様の亡くなられたお姿を見たせいでちょっと気が動転しちゃってた」
「姉さん?」
「ふふっ、ごめんなさいなんだか紛らわしいことを言って。ただ、私がもっと早く火事に気付いていればラパン様に怪我なんてさせなかったのにと……」
ああ、こうなってはどうやっても姉さんは口を開いてはくれないだろう。いつだって姉さんは……でも、もし姉さんを悲しませるような奴がいるのならその時は……。
「これ以上は何も言わないけど……でも無理だけはしないでね? 何かつらいことがあったら言ってよ! 絶対だよ? 私はもう姉さんに守られるだけの子供じゃないんだから」
「ええ、頼りにしているわ。ふふっ、"天魔族の私"よりもあなたの方がずっとうまく印章術式を使えるからね」
「姉さんが私にくれた力だよ。姉さんのために使いたい……」
少し不貞腐れたような態度をしていたからだろうか。姉さんはそっとまた私をあやすように抱きしめてくれた。
そう……私と姉さんに血のつながりはない。だけど、それ以上のつながりがある。姉さんは私に戦う術をくれた。もしも姉さんを傷つけるような奴がいたら……私は許さないんだから。
* * * * * *
「え? お屋敷に私が? 無理無理! 私礼儀とか作法とか全然わかんないし!」
「大丈夫、そんな気にしなくてもいつものあなたのままで大丈夫だから。ね? 今人手が減って当主のシルファ様も大変なのよ」
ヴァイス様が家事で亡くなられてから一か月ほどが経った頃、晩御飯にと出されたスープを口いっぱいにほおばって幸せを感じていたというのに慌てて飲み込む羽目になってしまった。
「わ、私はいつも街で走り回ってはころんじゃうような子だよ!? そんな私が領主様のお屋敷になんて行ったら……屋敷中のお皿を割っちゃうかも!」
「そこはほんと淑女だ淑女だといつも自分で言ってて……あとお手伝いで皆さんのものを配達するお仕事もしてるんだからその落ち着きのなさは直しなさい」
ぴしゃりという姉さん。やばい、お説教の時の姉さんだ。指を立ててぐっと私へと顔を近づける。私は不安な表情をしていたのだろうか。姉さんは私を諭すためにと食事を中断し、にっこりと微笑む。
「心配しなくても貴族の相手をしてってわけじゃなくて、家事や配達のお手伝いをして欲しいの」
「そ、そんなこと言っても……領主様のお屋敷なんだからお手伝いさんだっていっぱいいるでしょ?」
特におかしなことを聞いたつもりはなかったんだけど、姉さんは私の問いにきゅっと口をすぼめ肩を落とす。その様子を見て村で誰かが話していたことを思い出す。
"ヴァイス様が亡くなってシルファ様が頑張られてはいるけれど……やっぱりあの二人がいたんじゃあねぇ"
"そうねぇ……なんだかんだ影響も力もある家系だし、支援する村人も多いって聞くわねぇ"
"ヴァイス様が亡くなった今、ロナド家とアデム家がち台頭するのかしらねぇ"
"まあシルファ様ならまだしも、そのご子息があれじゃあねぇ……"
なるほど……ヴァイス様が亡くなり、今はシルファ様が代行で領主のお仕事をされてるみたいだけどその"後継者"への不安があるのだろうか。きっとお屋敷に勤める人が減ったのかもしれない。
姉さんからはエイド家の一人息子であるラパン様のことはよく聞かされていた。というよりも、ヴァイス様やシルファ様のことをあまり話したことなんてそういえばなかった気がする。村人たちとは真逆。姉さんの関心はどうやらラパン様のみのようで。
「ええっと姉さん?」
「なあに?」
「私が行ったらお邪魔虫にならないかなぁ?」
「え? どういうこと?」
「だって姉さん、ラパン様のこと好きなんでしょ?」
少しからかうようにいったつもりだが、当の本人はいたって慌てる様子もなく。ただ静かに笑っていた。
「そうね、とても魅力的な人だとは思うわ。でも……わかるでしょうハクア。私は人族に恋はできないし……するつもりもないわ」
「えー、でも種族を超えた愛だなんてなんだかおとぎ話みたいで素敵じゃない」
「ふふっ、あいにくと私はシンデレラになるつもりはないわ。私はただ好きなものを描いて、それで最低限度のつつましい生活を送れるような人生を送れればいい。だから……そういうのはハクアがなればいいわ」
「えー、私もお姫さまって柄じゃないよ?」
「そうね、お姫様になるにはまずは礼儀・作法を学ばないとね」
「うげぇ……」
突然の姉さんからの誘いに私は驚いてはいるものの、興味がないわけではなかった。きっとお給与も今のお手伝いよりかはずいぶんとましなはず。それに仕事とはいえ貴族様のお屋敷でのお勤め。今の私にはない教養もえられるかもしれない。
"また私は姉さんに与えられてばかりいるの?"
ずきんと頭痛がした。目の前に映る揺らめく焚火の明かり。びゅうびゅうと風が吹く中、ガラクタを積み上げてできた家とも呼べぬ小屋の中、抱き合うことで暖をとる二人の少女。片方は姉さんで……もう片方が……。
「……クア? ハクアってば?」
私を呼ぶ姉さんの姿は刹那あの時の不安な少女の面影を感じさせた。だが私が返事をしたことでほっとする姉さんを見て夢……いや、過去の記憶をたどっていたのだと実感する。
そうだ……私たちは互いに助け合って生きてきた。私は口を開けて待つことしかできない雛鳥じゃない。
「ごめんなさいハクア。食事中に気楽にお願いすることじゃなかったわね」
「……ううん、私こそごめんなさい。ちょっと突然だったから驚いちゃったけど、もし私でもいいのならお仕えしてみたいなって」
「ほんとう?」
パッと表情を明るくし、ぎゅっと私に抱き着く姉さんはまるで子供みたい。でももしかしたら姉さんは素直に喜んでくれているのかもしれない。
「私、貴族様のところで働くってのも少しワクワクするけれど……それよりも姉さんと一緒に働けるのがなんだか嬉しいな」
その言葉を聞いた姉さんはさらに抱きしめる力を強める。より強く感じる姉さんの温もりと無邪気に喜ぶ姿に私もそっと姉さんを抱きしめた。
拙作をお読みいただきありがとうございました^^




