SideC エピローグ ー 絶望をため込むもの03 -
クロエラに妹がいるというのは彼女から聞いたことはあった。だがこうしていざ初めて目の当たりにすると少し違和感を感じる。容姿が似ていないだとか性格が真逆だというのもあるがおそらく"それ"ではない。
「は、はじめましてラパン様! ハクアって言います……あの、作法とかそういったものはまだまだ未熟ですが一生懸命頑張るのでどうぞよろしくおねがいします!」
言い終えてすぐに勢いよく頭を下げた彼女を見て傍らにいた母がくすりと笑った。連日の激務で以前よりも少しやつれてはいるが、それでもなお凛々しく整った面立ちでハクアを見つめその頭をなでている。
「ありがとうハクアちゃん。わからないことがあればお姉さんに聞いてね。だいぶ人手が足りていないのが現状だから大変なこともあるかと思うけれど、私たちを支えてくれると嬉しいわ」
母は私にも何か言葉を求めているようで、目線で私を促す。さて……こういった挨拶も苦手なもので……どうしたものか。あまり黙っていると彼女を委縮させてしまうかもしれないので早くとは思うがなかなか言葉が浮かばない。
「あ、あの……」
「うん?」
「ラパン様も大変そうですね。私、頑張りますからどうぞ姉さん共々お仕えさせてくださいね」
「あ、ああ……よろしく頼む」
不思議な感覚だった。なぜか初めて会った彼女に強く共感染みたものを感じてしまった。何度もぺこぺこと頭を下げながら落ち着かない足取りで姉であるクロエラの後を追い小さくなっていくその背から視線を外せないでいた。
「ふふっ、ラパンはああいった娘の方がタイプだったかしら?」
「よしてくださいよ母上。私のこの顔を見て少し怯えてたように見えましたよ」
「あら、あれは怯えているのではなく緊張していただけよ。それに……」
母は両手でそっと私の頬にふれ、まっすぐと私の目を見て口を開く。
「火傷を負ってしまったとはいえ、あなたは私にとって自慢の息子ですよ」
「……身に余る光栄です」
「ふふっ、まあクロエラもハクアちゃんもどっちも可愛いから"娘"になってくれたら嬉しいわ」
どうも母は私とクロエラを男女の仲に仕立て上げたいようだ。母の気持ちもわかる。誰にでも分け隔てなく接していた父とは対照的に誰に対してもどこか隔たりを感じさせる私にとってクロエラはそんな私に気兼ねなく接してくれる数少ない女性だ。そしてその妹であるハクアもまたどこか私にとってクロエラとは違った安堵感を感じる。
"あれは怯えているのではなく緊張していただけよ"
わかっている。いや、なぜかわかった気がする。彼女は隠しきれない私のこの醜い火傷の痕を見てはいない。それよりももっと内面的な私の部分を探っているかのようなどこか好奇心さえ抱いているように見えた。
「クロエラから私の話を聞いていたかもしれないのに、この屋敷に仕えてくれるだなんて……彼女に報いるためにもなんとしてもこのエイド家を守っていかないといけませんね」
「あらあら、頼もしい台詞ね。ふふふっ。でもあなたもまだ歩けるようになったとはいえ療養の身。無理はしないようにね」
母もまた職務のため自室へと戻っていく。その背が見えなくなって初めて私ははっと自身の言動を振り返る。
いつになく前向き。そしてまるで貴族、いや、領主のような台詞を吐いたものだ。我ながらどうしたと思う。なぜ今になってこんなことを言うように……。
「理由はどちらの娘のせいか……」
自ずと出た言葉を忘れるように私もまたその場を後にした。
* * * * * *
「ハクアはもう少し丁寧に掃除を……ほら、そこまだ汚れが残ってるよ?」
「う~……姉さんが厳しい」
「お給金をもらう以上お仕事はしっかりしないとね」
部屋を出てすぐに視界に飛び込んできたのは窓を前にじゃれるように身を寄せて掃除する二人の姿。
「あ、ラパン様! おはようございます!」
「おはようございます、ラパン様」
満面の笑みで大きく手を振るハクアと静かなたたずまいで深く頭を下げるクロエラ。本当に対照的だ。
二人が磨く窓の外には依然黒く変貌した"元"我が家であった場所。家事で半壊し住むには耐えないその有様に家臣や給仕たちがよく顔をそむけているのを見かける。だが私は……どうしてだろうか、ふと解放感じみたものをあの火事以来感じているのだ。
「君たちはあの館がまた元の姿に戻るのを望むか?」
ふと口を出たその言葉にどんな意味があったのだろうか。いや、そもそもなぜこんな問いが口を出たのか。
「ええっと、この"別館"も大変素敵ではありますがやはり生まれた家というのはそれだけで特別な思いも宿るものかと」
「……そうだな。あそこが私の生まれた家……だな」
おそらくクロエラは不思議に思っているのだろう。私が彼女であってもそう思う。どうして生家の再興を望まぬ貴族がいようか。いや、建物だけではない。エイド家の再興こそが領主の家系としての悲願のはず……なのだが。
「ありがとうクロエラ。今一度気が引き締まる思いになれた。朝の挨拶以上に目が覚めた気分だ」
「……はい? お力になれたようで何よりです?」
少々困惑している用だがそのしぐさがどこか子供じみていて新鮮だ。そうか……ハクアがきたことによって彼女も"自身の家"にいるかのように少しリラックスしているのかもしれないな。
クロエラは窓を拭き終えると掃除用具を手にまた次の場所へと向かい歩き出す。その動き出した背を見て慌てて自身の用具をまとめだすハクア。その必死な様子になんだか自ずと笑みがこぼれてしまう。
「ラパン様?」
「む……? すまない」
一生懸命に勤しむ者に失礼なことをしたか? そんな懸念から謝ろうと伸ばした手をすり抜け姉の後を追うハクア。すれ違いざまに聞こえた彼女の台詞……そして"声"に強く心臓が鼓動した。
"つらい場所なら無理に思い出さなくていいじゃない。自分がみじめと感じるような場所ならなおさら……"
聞き間違いかと振り向いた先でハクアはなんとかクロエラに追いついたようで、悪戯っぽく後ろからハグをしていた。その無邪気な笑顔は彼女にふさわしいといえる。だが……先ほど聞こえたその声質は目の前の少女のそれとは異質だった。
「そういえばクロエラからは"北"の生まれだとは聞いていたが……この村より北であればパルラか"ルーンバレル"辺りか? それとも……"聖国"か"公国"か? ははっ……それだと彼女たちは天人族か天魔族ということになってしまうな」
冗談とも言えない考えに今度は失笑が浮かぶ。
「ああそうか。公国といえば"境界都市アドゲート"や……"廃都エルディガーデン"もまたこの地よりも北方か。はは、"孤児"でもあるまいし……」
セントガルド王国の北には大国が二つ。西にあるのは天魔族が治める"クインテッド公国"。東にあるのが聖国ローファン……天人族の住む国だ。
そしてそのうちクインテッド公国とセントガルド王国の国境近くにある都は2つ。北への防衛機能を有する境界都市アドゲート。そして……セントガルドの西の果て、その先にある幻妖族の住むエンドニア諸国も交え三国の境界近くにある廃都エルディガーデン。治安の悪さは折り紙付きのスラム街だ。
「まさか……とは思うがハクアは……」
冗談から始まった推察だが、あの時の彼女は……あの声は……。
拙作をお読みいただきありがとうございました^^




