SideC エピローグ ー 憎悪に巣食う鳥01 -
暗くなりかけた空は赤と黒が交わり、徐々に黒が勝っていく。闇に負けないようにと明かりを灯す家々。窓からあふれる光と幸せに満ちた声。道を歩くものは誰もいなくて……空腹を煽る様々な料理の香りが鼻をつく。おなかすいたなぁ。
「温かくて……和やかで……笑いがあふれて……本当に別世界……」
自ずと早まる歩みが私を光から遠ざけていく。やがて民家は見えなくなり、鬱蒼とした木々が視界の隅に移りだす。静寂と暗夜。星と月の明かり以外はなく、夜目が利かない者ではこの時間帯に森を歩くことはかなわないだろう。
まあ私にはあまり関係ない。"本日の成果"が詰まった袋をぶんぶんと振りながら歩いていると見慣れたぼろぼろの小屋。あれが私の家。私と……。
「ああ、先に帰っていたんだ」
眺める先にポツリと浮かぶ小さな明かり。窓越しに見えるランプの光とさながら芸術品のように整った横顔。艶やかに長く伸びた黒髪。私と違って大人びた美を感じさせるその容姿は女性から見ても……"妹"から見てもずるいなって思う。
「ただいま、姉さん」
「おかえり……"ハクア"。遅かったから心配したわ」
「大丈夫だよ。姉さんは心配性だなぁ。それに……私は強いんだから暴漢の一人や二人が襲ってきたところで返り討ちなんだから」
「だめよハクア。あなたは女の子なんだから。ほんと、見た目はとってもかわいいのに中は相変わらずじゃじゃ馬ねぇ」
「また私を子ども扱いして……私だって淑女でしてよ?」
はいていたスカートの端を持ち、依然見た姉さんの見よう見まねでお辞儀をしてみたけれど……なんか違う……。
「無理に淑女ぶらなくてもいいじゃない。ハクアの持ち前の天真爛漫な愛くるしさ、私は羨ましいけどなぁ」
「私は逆に姉さんの大人びた容姿にあこがれるけどなぁ。あと……胸の大きさにも」
恨めしそうな私の視線を感じたのか、姉さんは少し顔を赤らめて手にしていた本をテーブルに置いた。また勤め先の領主様のところで借りたのだろうか。なんだか難しそうな絵や文字が書かれた本をいつも読んでいて、正直そこは真似したくない。
「ご飯にしましょう。今日は美味しそうなお野菜を分けてもらったの」
「あ、わたしもネイグおばちゃんにウサギ肉の欠片をもらったの。あと木こりのダリおじさんからもこれ持ってけって……きのこがいっぱい!」
手にした袋をどんとテーブルに置き、中身を空けて姉さんに見せる。なんだか口元が緩んじゃう。ああ、なんだか飼い主の前でしっぽを振る子犬の気分だわ。
「本当にハクアは人付き合いが上手ね」
「姉さんのような貴族様とのお付き合いは苦手だけどね」
どこか険しい顔つきで私を見つめる姉さん。私も多分すごくむすっとした表情をしてるんだろうな……ああ、もうダメダメ。我慢できない。それは姉さんも同じようで口元が綻んでいる。
「本当に……こんなにも対照的な子が私の妹だなんてね」
「まったく……こんなにも私と性格も容姿も……髪の色ですら白と黒で真逆の人が私の姉さんだなんて。ねえ、"クロエラ"姉さん」
漏れ出す笑いにそれまで静かで冷たかった空間に火とは別の温もりが灯るのを感じる。ああ、この人が私の家族でここが私の家。もう寒空の下で住処も食べるものすらもろくになく、震えていただけの私たちじゃないんだ。
* * * * * *
「ほんっとうにあの二人は悪さばっかりしてて、ヴァイス様とはもう天と地の差……いえ、牛と蟻ぐらいの差だよ!」
「またなにか問題ごとでも起こしたの? ブランとバートは」
「そうなんだよ! 街中で徒党を組んで歩いてて、道を我が物顔で歩いてて"配達"の邪魔でしかないわ!」
そういって焼かれたウサギ肉にぶすっとフォークを突き立てる。ほんっとーに忌々しい。どこにでもいるのね、権力を振りかざす傲慢さだけを服代わりに着ているような馬鹿な輩は。
「気持ちはわかるけれど、あまりあの人たちに関わっちゃだめよ。ましてや、喧嘩を売るような真似なんて絶対にダメだからね」
「わかってるよ姉さん。私だって今のこの生活を守りたいから荒事は御免だわ。"印章術式"だって使えることはばれていないから安心して」
ほっと胸をなでおろし小さく息を吐く姉さん。そうだよね、それだけはばれてはいけない。私が解き放たれた孤児で……その共鳴した相手が姉さんだなんて……。
この国は良くも悪くも他国からは干渉を受けない。正確にはセブンスフォードの中央に位置する人族の国は他種族にとっての緩衝材。そして……他の種族は限られた時や場合を除いてこの国への入国は認められない。もし入国がばれようものなら各国の巡回騎兵に当たる組織に捕縛され強制送還……抵抗なんてしようものなら……。
「ごめんねハクア」
「なんで姉さんが謝るのよ!」
「私の星の紋章は心臓の位置する左胸だから目立つことはないけれど……あなたは左手の甲に星の紋章があるから……あなたに枷を科してしまって」
姉さんの視線は私の左手を包む包帯へと向けられる。そんな申し訳なさそうな目で見られるとなんだか居たたまれない。
印章術式の天恵の残量を示す紋章がどこに現れるかは人次第だ。ただし天魔族は必ずその紋章が心臓の位置に顕現する。そしてそれが天魔族であることのゆるぎない証明。他にも天魔族は体に様々な紋章を体に宿すことがあるとは聞くが、それ以外は特に外見的な見た目で天魔族と人族を隔てるものはない。
私は包帯の上からそっと左手の甲をなぞる。そうだ、私のこの印がばれると姉さんの存在が危ぶまれるかもしれない。だけど……。
「これは枷じゃなくて証だよ。姉さんと私の……姉妹の証。まあ、ばれたところでまた一緒に逃げればいいじゃない。それに、そんなことを言ったら私だって姉さんをこのセントガルド王国に無理やり連れてきたんだから。お互い様!」
「……ありがとうハクア」
「あーもうっ! 暗いのは無し無し! せっかくこうして今はあたたかな食卓を囲める生活になったんだから」
「……そうだね」
すっとおいていた匙を手に、スープをひとすくい口に運ぶ。その温もりをゆっくりと味わっているのだろう。テーブルに置かれたランプの光が姉さんの頬に流れた涙を照らし出したが、もの悲しいその光景をどこか美しいと感じてしまった。
拙作をお読みいただきありがとうございました^^




