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SideC エピローグ ー 絶望をため込むもの01 -

 また領民の老夫婦がお礼だといい畑で採れた野菜を朝早くから持ってきた。かごに入ったそれらを受け取る給仕たちもにこにことして嬉しそうだ。


 こちらの視線に気付いたようで、給仕は手にしたかごを顔の高さまで持ち上げて見せ、さも美味しそうですねと言わんばかりにその顔に笑みを浮かべてくる。どう反応していいかわからなかったが、ようやく小さくうなずいて見せたころにはすでに給仕たちの視線は野菜を持ってきた老夫婦へと戻っている。


「なんだ、またわざわざ畑の野菜を持ってきてくれたのか? ははっ、ありがたい。これで今日の昼食にでも新鮮な野菜を使った料理が食卓に並ぶのかな?」


 中央の階段から降りてきた男を見て給仕たちははっとして深々と頭を下げる。それを軽く制し、気を遣うなと気さくに語り掛ける。高貴……とはお世辞にも言えない着崩した服装。衣装の品質は良いものなのにそれを感じさせないだらしない身なりに思わず小さなため息が出る。


 だがその身分を感じさせない気楽さが"父"が人を惹きつける要因なのかもしれない。そして……私には到底かなうことのない素質だ。わかっているさ。私自身に愛想というものがないことは。


 老夫婦と給仕の会話に自然と入っていく父の背。それをただ黙って見ている自身を思うとなんだか居心地が悪い。早く父に挨拶だけすまし退散するとしよう。


「おはようございます父上。それに……お二方も朝早くからありがとうございました」


 声には出したが、やはり私のくぐもった声では陽気に話すあの場に割って入ることなどできはしない。そう思っていたが父は首から上だけを振り向かせにかっと笑う。


「ははっ、今日も元気そうだな、"ラパン"。おはよう!」


 父が返事をしているのを聞き老夫婦も慌てて頭を下げてくる。どうやら給仕たちと違い二人は俺がいることに気付いていなかったのだろう。まあいいさ、元から影の薄い方だという自覚はある。いかんせん目の前の"光"が強すぎるのだろう。私など霞んで見えても仕方がない。


 無言のまま礼をして踵を返し、父が下りてきた階段を昇っていく。徐々に遠くなっていく声に少しズキンと胸が痛む。これもよくあることだ。


 このヴィルギラの村の領主にして領民のだれもが認める優れた統括者。それが私の父、エイド・ヴァイスだ。そして部屋に戻ろうとする廊下の向こうで開いた扉からちょうど姿を現した女性。こちらは父とは対照的に身なりに一切の乱れもなく、気品を感じさせる整った振る舞いを随所に感じさせる。


「おはようございます"母上"」

「おはよう、ラパン。ふふっ、その表情、もしかしてまた誰かが父を訪ねてきたのかしら?」

「ええ、かごいっぱいの野菜を持ってきてくれました。相変わらず我が家は父のおかげで食事の素材には事欠きませんね」

「あははっ、あの人のおかげじゃなくて領民の皆さんのおかげじゃない」

「……そうでしたね。いまならまだ玄関で談笑していますよ」

「そうなの? じゃあ私もお礼を言いに行かないとね」


 そういってすれ違う母からは楽しそうな鼻歌が聞こえた。角を曲がり母の姿が見えなくなったのち、そっと両手で自身の顔をなぞる。そんなにも表情に出ていただろうか? 相変わらず母もまた優れた社交性というか人のことをよくわかっていると思う。


 本当に……どうしてこの両親から私のような者が生まれたというのか。優れた領主と、それを仕事面でも家庭面でも支える良妻である"シルファ"。その息子がこんな愛想も笑顔もない"鉄仮面"だなんて……いっそ笑った仮面でもつけていた方が好感が持たれるのでは?


 今の暮らしに不満はないが不安はある。そしてまだまだ先のことだが、父や母が亡くなった後のことを考えると心臓の鼓動が不安定に……不規則に脈打つのを感じる。私の未来を表わすかのようなその不快なリズムをかき消すように、私は歩みを速めた。



* * * * * *


恵まれた生まれという言葉はあるが"恵まれるだけ"の生まれは言いようのない居たたまれなさ……今すぐこの場から逃げ出したいという焦燥感を募らせる。身分不相応な生まれという表現は変にとられるかもしれないが、私にとってはいい得て妙な表現である。


 才も人脈も人格も備えた父とそれに見合う器量と美貌を備えた母。民に慕われるのも慕うのもわかる。だが……彼らは私を慕ってくれているのだろうか。父と母の手前、私にも愛想を振りまいてくれてはいるが、二人がいなくなったら彼らは私を……。


「ラパン様?」


 はっと顔を上げた先で不安そうな面立ちで私を見つめる給仕服の彼女を見て私は思わずプイっと顔をそむけてしまう。彼女には今顔を向けたくないと思ってしまったのは幼稚なことかもしれない。いまさら背けたところでもとより私の顔は……。


「どこかご加減が悪いのですか? なんだか顔色が悪いようですが……」

「大丈夫だ"クロエラ"。少し考え事をしていただけだ」

「そうですか……」


 他の給仕と違い彼女は言葉数が少ない。表情もお世辞には笑顔とは言えず、無表情に近い。だが、冷たいわけではない。むしろ……


「あとでよろしければお茶をお持ちしましょうか? 朝食にもお顔を出されませんでしたし、軽食でよろしければご一緒にお持ちします」

「ああ、そうしてくれ。"助かる"……」


 自身の失言に思わず口を覆う。"両親を避けている"と思われただろうか。いや……おそらくだが、彼女はもう知っているのだろう。


「できれば新しいキャンバスを"二枚"準備してくれないか。あと、部屋の掃除をまた少しお願いしたい」


 私の依頼とその意図を察したのか、彼女の口元が刹那緩んだ気がした。立場を利用して彼女の仕事を邪魔してしまっているかとも思うが、目の前で深々と頭を下げる彼女を見てそんな懸念は消えていた。



* * * * * *


「相変わらず君の絵は私と違いどこか光に満ちた世界を感じさせるな」


 窓に向かい座る私の横で同じく並ぶ形で座るクロエラ。彼女は動かしていた筆を止め、そっと私へと顔を向ける。


「それは……そんなことはないですよ。それに、私なんかの絵よりもラパン様の方が写実にこの世界を描かれているかと」

「そうか……だとしたらやはり君の絵の方が"望ましい世界"だ」


 意地悪だっただろうか。ああ、彼女も少し困った顔をしている。中々謝罪の言葉が浮かばず続く沈黙が痛い。


 やがてクロエラがぽつりとつぶやく。


「望ましい世界……希望にあふれた世界を現実のものにするにはあるがままの世界を直視しなければいけません。私はただ望んだ世界に縋《すが》ることしかできませんが……あなた様にはその世界を現実のものにするお力があります」

「私にそんな力は……ないさ……わかっているだろう」


 そこまで言って私は顔を俯ける。またも私は……懲りない性格だ。こんなことを給仕である彼女に言えば応えようがないだろうに。


 おそるおそる視線を彼女に戻す。そこに待ち受けていたのは優しい微笑みだった。


「何も"ご両親"と同じ世界を描く必要はありません」

「え?」

「世界の見え方は……望む世界は人によって違います。そこに優劣などないのでしょう。ただ、あなた様が思い描く世界をどうかこの地に描いてください」

「……随分と広すぎるキャンバスだな」


 私のため息にクロエラはくすりと笑った。口元に手を当てたその姿に心臓が強く脈打つのを感じた。

拙作をお読みいただきありがとうございました^^

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