SideB レイド戦の礼儀って大事だと思います22
ラパンについてわかったことは、奴は水瓶の能力がなくとも単純に強靭な肉体の持ち主でめちゃめちゃ強いということだ。知能というか理性が衰えているのか、動きがもっさりとしているのがせめてもの救いだ。
ラパンが力任せに振り下ろした両椀による槌のような一撃は生身で出しちゃいけない部類の爆音とともに俺たちが数秒前にいた場所を陥没させている。
「あれ食らったら身長マイナス1メートルとかじゃ済まなさそうだな」
攻撃が外れぽりぽりと頭をかくラパン。あいかわらず何を考えているのかそもそも何も考えていないのかわからないが、それでもクロエラに敵対する奴には容赦ないな。
さて、ラパンは相変わらずのそのそとこちらに向かいまた歩き出している。それだけならさほど脅威ではないのだが、相変わらず襲い掛かる雛が厄介だ。零華を抱えながらじゃ追い払うのも難しいし、雛相手にいちいち精霊術式を使っていては俺も零華のように夢の住人になってしまう。
雛に追われるように逃げていたら随分と村の奥に来てしまった。ほかの仲間とも少し離れすぎている……いや……もしかして誘導されたか?
建物を遮蔽物代わりに雛を撒くように逃げる俺たちに対し、ラパンは壁などお構いなしにとまるで障子を破るように軽々と突き進んでくる。それに便乗して雛も俺の苦労むなしく距離を詰めてくるし……まずくないかこれ?
正直厳しくて結構詰んでる状況だったのだが……"向こう"の方は先に決着がつきそうだ。
「エクス……カノン!」
摩子さんの怒号に似た詠唱が天を貫くほどの漆黒の柱と共に響き渡る。あれが……なるほど、たしかにレーザーっぽいな。そしてあれはタイミングさえ合えば避けようがないな。
摩子さんの放ったエクス・カノンはクロエラの左翼を抉り、その巨躯を大きく傾かせる。遠巻きでよく見えないが、落下し始めたその身を制御するため減速を始めている。だが、それは同時に背中に乗る力也にも好機となったようだ。
「悪いがその翼、もらい受けるぞクロエラ!」
クロエラの背に二本足で立ち腕を振り上げる力也。その研ぎ澄まされた爪から繰り出された一撃は残るクロエラの右翼を切り裂く。完全に切断とまではいかなかったが傷ついたあの翼で飛ぶことはもはや不可能。
再びクロエラの体をぐにゃりと黒い歪みが覆う。それと同時に縮小を始める黒い炎のような揺らめきは徐々に人の形……元のクロエラの姿へと変わっていく。
「……クロ……エラ」
それまでとは打って変わって素早い足取りで走り出したラパン。その行く先は両翼を失い空から落ち始めた最愛の者のもとへ。不覚にも背を向けた敵が目の前にいるというのに手を出せなかった……まあ零華を抱えてるからそもそも手が空いていないんだけどな。
空から落ちる姿は二つ。飛ぶ術を失ったクロエラともとより飛ぶ術のない力也。てかあいつ着地はどうするんだ?たぶんF子の支配眼はもう弾切れだぞ!?
「力也!」
クロエラよりも先に地面へと落ち行く力也。だがこれまた先ほどのクロエラのように力也を空間の歪みが包み込む。そして現れたのは大きなライオン……? いや、それよりも一回り大きいしその四つ足に生えた爪はいずれも異様に長く鋭い。なんだ? あんな動物見たことないぞ?
「あれは……ふふっ、完全変異……この世界でも使えましたのね」
「零華? ようやく目が覚めたのか」
「ええ……ご面倒おかけしたようですわね」
俺がゆっくりと降ろすと零華はまだ少しふらついていたが俺の方につかまるようにして何とか自分の足で立つ。そしてそれと同時にふと雛たちがいつの間にか襲ってこないことに気付く。いや……雛がいなくなってる?
「完全変異は獣人族にとって奥の手のはず……はやく彼のもとへ私たちも行きましょう」
俺の肩から手を放し、ゆっくりと走り出した零華を追い、その横を並ぶように走る。
「どういうことだ奥の手って?」
「獣人族の変異術式は体の部位を変化させて戦う術式。でも一度使用するとその後は決められた時間クールタイムが発生しますの」
「それは力也も言ってたな。部位ごとにクールタイムがあるっていってたな」
「ええ、力也さんの場合は両腕と両足……それに尾ですわね。そして……それに加えて全身を獣に変える完全変異ですわ」
全部で5か所か。たしか一度の使用時間は10分でその後のクールタイムも10分とか言ってたな。なるほど、それらをうまく回せば継続して戦闘ができるのは強いな。
「うまく使う順番を考えれば変異術式の継戦能力は全術式でも群を抜いていますわね。対価がクールタイムだけというのは間違いなく強味……でも、完全変異はそれらを打ち消すほどのデメリットを持つ彼らにとっては奥の手。あの術式を使うとその後長時間、全術式が使えないと聞きますわ」
なるほど、全身変異なんてある意味最強かよと思ったが、世の中そんなに甘くないらしい。そういえば俺も依然力也の術式で黒猫になったが、その後しばらくは術式が使える気はしなかった。
ようやく元の広場まで戻るとそこでは随分とまた予想だにしなかった光景が飛び込んでくる。
「いけま……せんわ……ラパン様」
「…………」
ラパンはどうやら"間に合った"ようだ。その腕の中には血を流し肩で息をする弱々しいクロエラの姿。 それが"二人の最後"だと察しているのだろうか。周囲に立つ仲間たちは警戒を解き、その様子をただ黙って見ている。
「戻ったか、十字」
着地してすぐに完全変異を解いたのだろう。腕を組み力也もまた追撃することもせずクロエラたちを見守っている。
「ああ、そして終わったようだな……」
力也はこくりと頷く。俺がやれやれとその場に腰を下ろすとそれに倣い零華もその場にへたり込む。そんな俺たちの方へと有栖が心配そうな面して駆け寄ってくる。まあ無傷とはいえないがそれでも無事の部類だ。
「十字さん!」
「ああ、大丈夫だ。それよりなぜクロエラが"零華"を執拗に狙っていたのかがわからなかったが……そういうことか」
「……まさかラパンの弱点が水だったなんて……水瓶の化物だからと水はまず弱点ではないと除外してましたわ」
クロエラは自身を抱きしめるラパンの腕を振りほどこうとするもラパンは"腕の崩壊"も気にせずぎゅっとその身を抱きしめて離さない。
「放してくださいませ……私の……"私の血があなた様の身を溶かしてしまう"から……どうか私など捨て置いて……」
つまるところクロエラが恐れたのは自身への脅威である摩子さんではなくラパンにとって脅威となる零華の存在。そう……零華の精霊術式の"アクア"系統の術式を恐れていたのだろう。
「お願いです……これ以上私のわがままであなた様を……」
「……"ハクア"」
ラパンが初めてクロエラ以外の別の言葉を発したことに俺だけでなく周囲の仲間たちも驚いた様子だ。それに……クロエラもその言葉を聞いてか、その瞳からあふれた大粒の涙が皮肉にもまたラパンへと零れ落ちていく。
やがてラパンはクロエラを支えたまま地面に膝をつく。いや、垂れたクロエラの血がラパンの足を溶かして脆くしてしまったのかもしれない。
「あはは……あははははっ、そうですわね……これなら……今度こそいっしょに行けますわね……ラパン様」
血を流しすぎたクロエラの肌はより白く……生気を失っていく。もはや指すら動かせないのだろうか……ラパンに支えられるままなんとか自身をやさしく見下ろすラパンを愛おしそうに見つめている。
「ねえ? 獣人族の……お姫様?」
「……なんだ?」
視線をラパンから外すことなく、ぽつりとつぶやいたご指名に飛鳥ちゃんはぐっと何かをこらえたように応える。
「この世界で私を生み出したのは傲慢な権力者……愛すべき者を奪おうとしたお前たち……そして……その愛に気づいてくれなかった愛した人……」
「え?」
「この女もまた私ほどではないにしろ、この世界を……住人を恨んでいた」
「浦木先生……が?」
「努力の果ての報われなかった夢。そしてその夢にすがりつこうと必死にしがみついて得た場所で……待っていたのは権力者による理不尽な仕打ち。そして……絶望の果てにたどり着いた最後の地……芽生えた淡い感情さえも……また無邪気に奪おうとする輩たち……そうしてこの女の心は"私色"に」
クロエラが言う"権力者"というのはおそらく武藤のことなのだろう。なんの伝手で入社したのか知らんが会社内でもあの傲慢な態度で部下に接していたのだろう。というか……もしかして浦木とかいう先生もそこで働いていたのでは? そしてその後耐え切れなくなり飛鳥ちゃんの学校美術の教員に……。いや待てそれ以前に……。
「もしかして……浦木という女は画家でも目指していたのか? その夢がかなわずせめてその道の仕事にと武藤がいたデザイン関係の会社に?」
ぽつりと俺の口を出た疑問にクロエラはうっすら笑みを浮かべる。
「顔はいまいち冴えていませんけど……頭は少しは冴えているんですのね」
「だから褒めるか貶すかどっちかにしやがれ。あとクロエラ……おまえもわけのわからん黒い紙の絵を用いるあたり生前は画家を……?」
「……ええ、目指していましたわ」
依然として息も絶え絶えな様子だが、それでもその表情は死の間際とは思えぬほどに穏やかだ。
「でも……この女と同じ。その夢はあの忌々しい"二人"の傲慢な権力者連中が……いや……あいつらだけのせいではないのでしょう」
刹那憎しみにその笑顔が陰りを見せたが瞬時にまたもとの……いや、どこか悲嘆にくれた感じの自嘲染みた笑みにも見える。
「所詮私のものではない怨恨が……私の命をそうそう生き永らえさせることはない。だがそれでも……どれだけ醜い感情に染まろうと……少しでもまた……ラパン様のお傍にいれて……」
徐々に瞬きの回数も少なくなり、閉じた瞳がなかなか開かなくなってきている。虚ろな瞳ではあるが……それでもなお自ずとラパンへと視線が向けられているあたり、相当に奴のことを慕っていたのだろう。
「ごめんなさい……ラパン様……前の世界ではお伝えする勇気が……なかった……私は本当に……愚かで浅ましく……こんな姿になってまで……」
ラパンに理性や理解といった言葉が備わっているのかはわからない。だがそれでもクロエラの口を塞ぐように手を添え、その最後の時を看取るように黙り続ける奴の姿はどこか気品を感じる。
どくどくと流れるクロエラの血を浴び、ラパンもまた徐々にその身を溶かしていく。だがそれを気にする様子もなく、必死にクロエラの体を支え続けるラパン。
そのままどれくらいの時間が流れたのだろう。クロエラの瞳が再び開かれる様子もなく安らかな寝顔だけを残し……それをさも愛おしそうに眺め役目を終えたと悟ったのだろうか。ラパンもまたクロエラを支えることができなくなり、その場にゆっくりと倒れた。
「最後まで寄り添うとか……どんだけ仲いいんだよ……」
奇しくも向かい合うような形で倒れる二人。この場所に来るまでは正直こいつらには怒りしかなかったのだが……いまとなっては怨嗟の象徴であるクロエラが死んだからだろうか……そんな憎しみなどすでに消え、なんだか居たたまれない雰囲気がその場にいる俺たち皆を包み込んでいた。
拙作をお読みいただきありがとうございました^^




